「ねえシズちゃん」

今回もまた「好きだ」と言うことも言われることもなく、約束の時間が目の前に迫る。今回はどんな死に方だろう。道路が近いからトラックにでも轢かれるのかな、それとも人が多いから誰かに刺されちゃうのかな。

まだ一緒にいたいのに。俺だけが見ている夢なんだから、もうずっと覚めなくてもいいのに。覚めない夢はないとばかりに、俺の死は刻一刻と近付いてくる。

「どうした?」

好きだよ、ずっと君のこと。そう素直に言えたらどんなに良かっただろう。何度言おうとしても言えなかったこの言葉は、今回も変わらず声になることはなかった。気持ちを伝えることが出来ないのが、こんなに辛いだなんて。

「俺、今幸せだよ?」

シズちゃんが息を飲む音が聞こえた。好きという気持ちを伝えることが出来ないのなら、とせめて今の素直な気持ちを伝えてみたのだけれど。

こんなこと、始めてだ。どう反応するのか少し怖い。俺の気紛れにシズちゃんは無言で俯いた後、ぽんと手を頭に乗せてきた。そして乱暴に撫で回す。

「そうか、うん。よかった」

たったそれだけ。けれど涙が出るほど嬉しくて、その手を素直に受け入れる。でもここで泣いてはだめだ。ぐっ、とこらえるけれどシズちゃんの顔は見れなかった。多分今顔を見たら絶対に泣いてしまう。

「……シズちゃんは?」
「何が」
「今、幸せ?」

少しでも気持ちが同じであればいいという思いを抱きつつ訪ねてみる。もしかしたら否定されるかもしれない。けれど俺の思いを受け止めてくれたシズちゃんならば、幸せを否定したとしても俺を拒絶したりしないだろう。

俺が生きている時の、本当のシズちゃんに同じ質問をしてみたかった。どんな表情でどんな答えを返してくれるんだろう。「お前が死んでくれたら幸せ」なんて、彼なら言いそうだな。だって彼はそういう奴だったから。優しくもないし、少しも俺の気持ちに気付いてくれなかったし。だから俺は今、偽物の君を相手に恋愛ごっこをしているんだ。

そう、例え偽りでも君と結ばれたかった。また今回も叶わなかったけれど。

「……少ししんどいけどな。幸せだよ、俺も」

だからシズちゃんがそう言った時、思わず顔を上げた。どんな表情でそんなことを言ったのか知りたくて。ぼやける中、穏やかに微笑むシズちゃんが映り込み涙がぽろぽろとこぼれた。もう堪えきれない。そんな顔、生きてた時には一回も見たことないよ。

胸が苦しい。これが俺の見ている幻影だと、気付きたくない。これが現実だったらどんなに幸せだったろう。今とはまるで比べものにならないんだろうな。

「やっぱり、俺、死にたくなかったよ…」

思わず零れた本音。どうしてだろう、今回の夢は何かが少しおかしい。今まで蓋をして隠してきた感情が溢れ出して、俺の口から漏れていく。

どうして俺は死んでしまったんだろう。自殺なんかじゃない。ただのありふれた不幸な事故。無理矢理終わらされた物語を今強制的に続けているのは、自分の死にまだ納得がいっていないからだ。

俺が死んだ後の世界はどうなっているんだろう。その世界でシズちゃんは誰かにこんな風に笑っているのか。そう考えたらまた涙が出てきた。離れたくなかったのに、もっとずっと一緒にいたかったのに。でもこのシズちゃんに言ったところで何の解決にもならない。それだけは、ぐっと言うのを耐えた。

「シズちゃん…?」

無言のまま、手の動きさえも止めたシズちゃんを不審に思いぼやけて何も見えない視界の中で必死に目を凝らす。ようやく見えたと思ったら、シズちゃんは目を見開いてその場で固まっていた。どうしたの、と声をかけようとして突然両肩を掴まれる。痛い、力の加減が全く出来ていない。急にどうしたんだろう。

多分、俺の表情は怯えていたと思う。それを確信づけるように、シズちゃんは一度息を飲んだ。何か言うのを躊躇うように、それでも肩を掴む力は少しも緩まることはない。

「俺だって…、俺だってなあ!」

大声をあげたシズちゃんは、自分でも驚いているようだった。それでも言葉を止めることはなく、全てを出し切るように吐き出す。

「死んでほしくなかった!まだ今も、生きていて欲しかったよ!あれから何回も何回も夢に出てきて、お前が死んで!それを見て俺が辛くないとでも思ってんのか!?勝手に何度も死にやがって、それで死にたくない?ふざけんな!!なあ、お前はどうしたいんだ?俺にどうされたい?何を望んでる?なぁ、臨也、教えてくれよ……」

シズちゃんの言葉が理解出来ない。なんだろう、何かがおかしい。頭が冷たくなって、心臓がバクバクと音を鳴らす。そして一つの可能性が頭を過ぎった。でも、そんな、まさか。その可能性を上手く言葉で表現することが出来ず、ただ黙ってシズちゃんを見ることしか出来ない自分に歯痒さを覚える。

「なぁ、なんとか言ってくれよ」
「俺、は…」

突然嫌な予感が全身を駆け巡った。もしかして、もう時間なのか。そんな、折角何かが掴めそうなのに。ようやく進めそうなのに。

悲鳴が聞こえ、辺りを見渡す。それまで忙しなく動いていた人の波が動きを止め、様々な表情で空を仰いでいた。周囲から一際大きな悲鳴が聞こえてくる。それを煩く思いながら俺も同じように上を見上げると、空に突然鉄柱が何本も現れ、真っ直ぐ俺達目掛けて降ってきた。

「…シズちゃん避けて!!」

精一杯の大声をあげるも、シズちゃんはその場から一歩も動こうとしない。このままじゃシズちゃんまで巻き込んでしまう。こうなったら仕方ない、シズちゃんから離れようと背を向ける。

俺が死ななきゃ意味がないんだ。今までだって、俺が時間以降生きられたことはなかった。どんなに逃げても結局最後には死んでしまう。ならば今だって。理不尽がまかり通る世界だ、鉄柱の軌道くらいどうにでもなる。要は俺が死ねばいいんだから、シズちゃんまで犠牲になる必要はない。

「臨也」
「え、うわ…!?」

走ろうとして、腕を後ろに引っ張られる。そのままバランスを崩し、シズちゃんの体にぶつかったかと思えばぎっちりと体を固定された。それがシズちゃんに後ろから抱きしめられていると気付いたのは、それからすぐ後で。制服越しに伝わる体温だとか、そんなのに気を取られている場合ではない。シズちゃんが死ぬのだけは例え夢の中でも嫌だ。

「駄目だ!いいから離れろって!!」
「…別にいい」

妙に穏やかなシズちゃんの声に恐る恐る振り返る。至近距離で見たシズちゃんの目からは、さっきまでの俺と同じように涙が溢れていた。拭おうともしないで、ただひたすらボロボロと涙を流している。

「お前と、一緒に死ねば良かったんだ」

俺を抱きしめる手の力が強くなる。もう、逃げることなんて出来ない。

「終らせよう、全部」


次の瞬間走った痛みよりも、流れる血の熱さよりも。シズちゃんのその言葉だけが脳裏にこびりついていて。

そしてそこで世界が眩んだ。





ぱちぱち


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