「またダメだった」
「あらら、残念だね」

ふわふわと飛び回りながら、楽しそうな表情で目の前のスクリーンを見る兄貴はどこまでも軽い。

今日の夢は最悪だった。静雄は臨也を見掛けるとすぐに逃げるように走り去り、それから一度も臨也の前に現れることなく夢が終わる。もちろん、夢の最後は死だ。定められた時間を迎える前に臨也は自らトラックへと飛び込んでいった。スクリーン越しに見る壮絶な死の瞬間はいつ見ても吐き気がする。

「…なんか最近さ、静雄も臨也もおかしくないかと思うんだけど?」
「何がー?」
「最初のうちは、臨也も死にたくないとか言ってたのに、今はこの通りだし。静雄もなんか…」
「最近よく臨也くんを殺しちゃうって?」
「そうそれ。なんだ分かってんじゃん」
「サイケはデリくんより物知りだからね!ほめるがいいよ!」
「へえへえ。で何でなんだ?何か兄貴知ってる?」

指先を顎に当ててわざとらしく考えるふりをした後、兄貴が口を開く。満面の笑みを張り付けたその表情には、正直恐怖さえ感じてしまうところだ。人が死ぬ瞬間をにこにこ笑顔で見ていられる時点で、どこか頭のネジが一本ぶっ飛んでいるとしか思えないのだが。

「静雄くんも臨也くんも疲れちゃったんじゃない?」
「まぁ、静雄に至っては何年間も毎日あんな夢見せられてるし普通は辛いわな。俺だったら頭おかしくなる自信あるぜ」
「そうならないのは愛の力なんじゃないのかなっと!」

急にスクリーンの映像が切り替わり、過去のものが流れ出す。それは確か、兄貴の気紛れで静雄に彼女がいる設定だった時の夢のはずだ。

「…これが一番わかりやすいんじゃないかなあ」
「何が?」
「静雄くん、彼女とかいないじゃん。なのに、初めからすんなり彼女さんを受け入れてたっていうか」

スクリーンには臨也の首を絞める静雄の姿が。臨也の方は苦痛に顔を歪めながら、それでも安心したように笑い、静雄は対称的に切羽詰まったような表情で臨也を睨み付けている。何年間も、それこそ死んだ後も変わらず愛し続けた人に殺されるのは、どれほど辛いことなんだろう。最近臨也に対する同情の念が強くなっているような気がする。俺がいくら哀れに思おうが心配しようが、臨也相手にはほんの少しも届かないんだろうけれど。

「静雄くん、ただ臨也くんを殺したかっただけなんじゃないかなあ。ほら、その口実は臨也くんが作っちゃったし」
「言われてみれば。でもそんなん無理矢理辻褄合わせただけじゃねえか。なんで静雄は臨也を殺したいんだよ」
「夢から逃げれるとでも思ったか、臨也くんに会いたくなかったから夢を終わらせたかったか。考えたらいっぱい理由はあるよ」
「納得できねえ」
「納得出来ないことなんてたくさんあるんだよ、デリくん」

そう言って微笑む兄貴を見ていると、静雄と臨也の幸せなんて永遠に来ることがないとすら思えてしまう。可哀想だな、と思うのと同時にどうしようもなく馬鹿だな、とも思ってしまった。考えたら分かるだろう、幸せなんてないんだよ。少しでも二人の幸せな結末を期待している自分が一番嫌になる。

「もう話だけでも出来たらいいと思ってる。でもお互いにこのままじゃいけないとも思っている」
「ふうん。助けてやりゃいいじゃん。いい加減。まぁ、俺は?ただ、見てることしか出来ないけどさ。兄貴ならなんとかできるだろ?」
「出来るよー。でもしない」
「なんで」
「面白くないから」

ああそうですか。貴方はそういう人でしたよね。いい加減、兄貴に良心や常識を求めるのが馬鹿らしくなってきた。兄貴の気紛れで成り立っているこの世界自体、常識が通用しないようなものだし俺も学習するべきなのかもしれないな。

「俺が考えてるのはね、臨也くんという重荷に静雄くんが耐えきれなくなって、静雄が自殺かなんかしちゃった後に臨也くんにタネ明かしするの。君のせいで静雄くんは死んだんだよ、って。君の見ていた夢は、静雄くんの夢でもあった、何年間も君は静雄くんに君の死を見せつけてたんだよって」

マジで鳥肌が立った。よくもまあ、そんなことを考えられるものだ。引きつった笑顔しか出てこない。

「趣味わっる。それなら俺はまだ臨也が勝手に諦めた方が救いがあるとは思うな」
「趣味悪いのはデリくんもだよ!お互いさま。それにどうせここまできたんだから楽しまないと!」

趣味が悪いのは貴方だけです勘弁してください。

「大体さ、思いを伝えられなくて、返事がもらえなくてとどまっているのに、あっさり思いを伝えて返事がもらえるなんて都合のいい話があるわけないじゃない」

そう吐き捨てるように言った兄貴の言葉に思わず納得しかける。叶えられなかった願いを叶えるのには、それなりの痛みや代償が伴うということなのだろうか。それにしても、たった「好き」という言葉くらい静雄に無理矢理言わせればそれまでじゃないか。そんな俺の心の内を見透かすように兄貴は笑いかけてくる。

「臨也くんねえ、静雄くんに「好き」って言えないんだ。それはもう物理的に。無理矢理好きって言ってもらうこともできない」
「はぁ?それじゃあ、いつまで経っても終わらねえじゃねえかよ。」
「終わるよ。いつか必ず」

いつか必ずなんて。臨也の精神的な死か、静雄の死以外に方法はないだろう。だって臨也の願いは叶うことがないんだから。臨也はこのことを知っているのだろうか。あいつのことだから、それでもいいとかなんとか思ってそうだけれど兄貴の期待する最後はどの夢よりも残酷で、どの夢よりも反吐が出る。なんのために今があるのか、静雄をただ苦しめるだけじゃないか。ただ臨也が苦しむだけじゃないか。

「静雄の方に脈は」
「ある」
「なんとか好きって言わせる方法は」
「静雄くんが言わないのには彼なりの理由があるんだよ」
「…兄貴」
「いいの」

静雄の意思を尊重したいのか、自分の理想の最後のためにあえて何もしないのか。兄貴ははっきりとそう告げた。スクリーンの映像はさっきまでとは違い、血塗れのままぐったりと力尽きた静雄とそのそばで頭を抱えて泣き叫ぶ臨也の姿が映されていた。

「今が良けれればそれでいいかな、って。話してるだけで幸せだなんて」

どうしてもうやだ死にたくない死んでほしくない幸せになりたい好きだと言いたい嫌われたくないただそれだけなのになんでどうしてどうして。

気持ち悪くなるほどの暗い感情がドロリと頭に流れる。これが2人の本音なのだろうか。こんな思いで夢を繰り返しているのだとしたら、本当に救いようがないと思う。だって結局幸せになれないのに。

「そういうことなんだよ」

そこでぷつりと映像が切れ、新しい映像が流れ出した。





ぱちぱち


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