「またダメだった」

自分の血の臭いが鼻にこびりついて離れない。夢なのだから少しくらい嗅覚が不明瞭でもいいんじゃないかと思いながらも、シズちゃんに抱き抱えられた肩の痛みにそっと微笑む。生きてる時には感じることのできなかった痛み。これが例え俺の夢だとしてもこの痛みは俺だけの物だ。誰にも共感させはしないし、誰にも渡さない。

遡ることのできる僅な時間、定められた時間までに願いを叶えることが出来なければ俺は死んでしまう。夢はリセットされ何度も何度も俺が止めてくれと願うまで何度も何度でも繰り返される。

「もう何百かな、いや何千回かな…」

とうに数えることを放棄したので正確な数は分からないが、 気が遠くなるほど俺は死を繰り返してきた。最初は死ぬことに恐怖し、それでも何十何百と回数を重ねるうちにそんな感情もどこかに消え失せ、今ではどの死に方が一番楽かを考えている自分さえいる。夢は無限だ。何度繰り返しても、減るものが少ない。


「……今でも好きだよ、シズちゃん」

だからどうか。一瞬だけでも、俺を見て。







「またダメだった」
「うん」
「今日もまた臨也が死んだ」

今朝に見た苦々しい夢の内容を思い出しながら、奥歯を噛み締める。変な夢のせいで早く目覚めてしまい再び寝る勇気も持てなかった俺は、仕事までの間新羅の家で厄介になろうと思っていた。インターホンを押すと、ガチャリと扉が開き俺を招き入れる。

「セルティは朝から仕事なんだ」

廊下を歩きリビングへと辿り着くと、そこに制服姿の臨也が治療を受けている姿が現れ、一瞬にして消えた。

臨也が死んで早くも8年が過ぎる。俺ら高校生の時に死んでしまった臨也。何故死んだかどうやって死んだのかはもう記憶にはない。事故だったことは覚えているが、詳しくと言われると何も言えなくなる。

臨也が死んだ日の翌日に見た夢の内容を今でも覚えている。「死にたくなかった」と泣きじゃくる臨也の姿。それに俺は何も声をかけてやることが出来ず、ただ無言で臨也を見つめていた。

また次の日も次の日も何年経っても、毎日毎日俺の夢の中には臨也が出てきた。初めのうちは臨也を亡くしたストレスだとか色々自分の中で納得付けていたが、何年という月日が流れるとそんな甘いことも言っていられなくなる。

そして俺を一番苦しめるのが、夢の終わりはどれも臨也の死で終わるということだ。抗おうとして何度か臨也を守ろうとしたこともあるのだが、翌日にはまた夢の中で臨也が待っている。

「なあ、新羅」
「なんだい」
「これってよぉ、復讐みたいなもんかな」
「なんの」
「さぁ、分からねえけど」

何度も何度も、それこそ何百何千と同じ夢を繰り返してきた。疲れてしまった、というのが本音だ。新羅も初めのうちは「疲れてるんだよ」と慰めの言葉をかけてくれていたが、それが何ヵ月何年と続くと下手に慰めるよりもとでも思ったのか、進んで何かを言うことはなくなった。

「…理由は忘れたけど。夢の中であいつ自分から死ぬこともあるんだよ。最初は死にたくないとかなんとか言ってたくせに、どういうことだ?」
「静雄、それは」
「……疲れた。あれから何年も経つのに、なんで俺一人毎日毎日こんな夢ばかり見続けるんだよ」

夢がせめて幸せなものであったのならば、俺もここまで悩まなかった。でもそうじゃない。臨也は何度でも死んでしまう。どうしてだ、なんでだ。臨也は俺が自分の死を喜ぶとでも思っているのだろうか。いつか夢の中でも言ったことがある。でも、そんなのは間違いだ。嘘だ。

あの日から、何もかもが止まっている。高校を卒業して就職してからも、決して親しい間柄の友人を作ろうとは思わなかったし、ましてや彼女なんて作りたいと考えたこともなかった。

「…僕からすれば君が羨ましいよ」

不意に新羅がそんなことを言うものだから驚いて顔を向ける。するとそこには普段の新羅からは想像もつかないくらいに脆い笑顔が浮かんでいた。

「もう写真を見ないと、顔さえ思い出せない。声も話し方も、もう忘れちゃった」
「新羅…」
「だから君が羨ましいよ」

短くて、それでも鉛のように重い沈黙の後、さっきまでとは違うあっけらかんとした様子で新羅がにやり、と笑顔を作る。

「静雄は臨也のことが好きだったからねえ」
「な!…くそ……っ」
「ほら、否定しない。まだ好きなんだ?一途だよね、本当」

冗談めいた口調でそう言う新羅に舌打ちを一つして、自分の気持ちに素直になる。

そうだ、俺は臨也が好きだ。好きだったし、今でも好きだ。だからこそ臨也が死んだ時には我を忘れるほど大泣きしたし、今だって悲しいという思いはある。だからこそ、俺は臨也を忘れたかった。それじゃないと俺は前を向いて歩けない。でも、臨也はそんな俺を嘲笑うかのように毎日毎日飽きもせず夢の中に現れる。忘れてほしくないなんて、そんな温い思いではないだろう。臨也がそこまでして俺の前に姿を現したいのか、俺がそこまでして臨也のことを忘れたくないのか。どちらかなのか、はたまたどちらでもないのか。今の俺には分からない。

「好き、なのに。夢が終わればいいと思ってる…。でも夢を見なくなれば、俺も臨也を忘れて、」
「静雄」

白衣がふわり、と翻って俺に近付く。そして微笑みながら俺の頭を優しく撫でた。

「静雄は悪くないからね。自分を責めちゃ駄目だ」

違う新羅。これは俺の問題だ。だって俺は、何もしてやることが出来なかった。好きだったのに思いを伝えることすら叶わなかった。せめて夢の中だけでも、と考えたことはある。でも臨也から拒絶されるのが怖くて結局言うことが出来ない。何百何千という時の中で一度も思いを伝えられていないのは、俺がどうしようもなく臆病だからだ。臨也は俺のことを嫌っていた。もし夢の中ですら拒絶されてしまったら、どうやって生きていけばいいのかわからなくなる。

「不器用なんだよ、君は」

気が付けば新羅に抱き締められていた。優しくて、温かい。そんな人の温もりに触れ、思わず新羅の胸にすがりつく。頭を撫でる新羅の手つきがどこまでも優しくて、気が付けば久々に声を上げて泣いていた。

『シズちゃん』

夢の中で会えるだけで、幸せを感じる自分が憎い。俺と話す度、俺の名前を呼ぶ度にあんな泣きそうな顔をするくせに。俺は助けることも出来ないし、忘れることも出来ない。

それが悔しくて、やりきれない。





ぱちぱち


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