ドン、と何かが当たる音がして目の前の景色が赤く染まる。甲高い悲鳴が響く中、赤い赤い海の真ん中に倒れているのは紛れもなく臨也の姿だった。





目を開くと、よく見知った天井が視界に飛び込んできた。首と額にじっとりと嫌な汗がにじみ、それを拭いながら辺りを見渡す。間違いなくここは俺の部屋だ。何も物音がしないところを見れば、家族は全員どこかに出掛けているのだろう。

「…くそ、嫌な夢見ちまった」

蒸し暑い部屋の中、見ていた夢のことを思い出す。

いつものように街中で臨也と喧嘩して、いつものように追いかけて。そこであいつは転んで足を挫いた。その隙に俺に襲われると思ったのか無理矢理立ち上がり、せめて少しでも距離をとろうと横断歩道を渡って。まだ信号は青だった。それなのに、居眠り運転なのかアクセルとブレーキを踏み間違えたのか、勢いを緩めることのないトラックが横断歩道に突っ込み、そして。


臨也の身体は宙を舞うこともなく地面をごろごろ転がって、鬱血や出血で赤や青に彩られたただの物体に成り果てる。それに悲鳴をあげる通行人を押し退け、臨也へと近付く。顔だけは綺麗で、でも他は見ることすら躊躇ってしまう有り様だ。

そんな臨也に俺は。







「何それ、不愉快」

昨日の朝に見た夢を臨也に話すと、むっすりとした表情をされてしまった。当然か、自分が死ぬ夢なんて誰も聞きたくないだろう。それでも何故か臨也に伝えなければいけない気がして気が進まないながらも言ってみたのだが、どうやら俺の選択は間違っていたらしい。

「死んでほしいのはわかるけどさあ。俺だってシズちゃんに死んでほしいし?」

いちいち苛々させるようなことを言う奴だ。臨也を捕まえようと手を上げたところで、ふと考える。もしこのまま喧嘩をしてしまえば、あの夢の通りになってしまうんじゃないか。夢の通りに臨也は。別にいいじゃないか、俺はこいつを殺すために今まで追いかけてきたのだから。そう頭の中では思うものの身体はそれを実行しようとはせず、手はゆるゆると力なく下ろされる。

「あれ?殴らないんだ」
「てめえなんかに触れたら手が汚れる」
「うわ、ひっどーい。俺こう見えても毎日朝晩2回はお風呂に入ってるんだよ?」
「なんか、ノミ蟲菌がつく」
「もう、本当殺したいな」

と言いつつ、けらけら笑うだけで何も仕掛けてこないのは夢の内容が気になっているからなのか。夢にしては日にちが経った今でも、妙にはっきりとその光景や臨也に触った時の感触を覚えている。

「不思議な夢だった」
「昨日の夢でしょ?シズちゃん案外記憶力いいのかもね。もしくは俺が死んだっていうことがそんなに寂しかったとか?」
「それはないから安心しろ。笑いはするけど、寂しくなるとかは絶対何がなんでも、地球が半分に割れてもないから」
「例えが子供みたいだよ」

そう言って臨也は急に、歩いていた足をピタリと止めた。俺もそれに合わせて立ち止まる。間に走る僅かな緊張感。臨也は俺に何か言おうとして、はくはくと口を開いたり閉じたりしていたが、結局何も言うことなく口を閉じ寂しそうに笑った。

「…行こっか、シズちゃん。もうすぐ夜になるよ」

再び歩き出す臨也に歩調を合わせて俺も歩く。
空はもう真っ暗だった。







「変な夢を見た」
「へえ、どんな?」
「夜道を歩いていたらお前が死んだ」
「抽象的過ぎてさすがの俺でも首を傾げらざるをえないなあ。とりあえず、君の夢の中で俺は死んだのね。うん、でもそれって今この状況で言うことじゃなくない?」

そう言って困ったように笑う臨也の両足は、俺がそうしたせいで骨がボッキリと折れていた。立ち上がることも出来ない臨也の胸ぐらを掴みあげ、路地裏の更に奥へと投げてやるとゴミ箱に衝突し何度かピクピクと痙攣した後そのまま床に這いつくばった。

「あは、きっつ…。何、俺死んじゃうの?」
「ああ、そうだな。お前は死ぬよ。だってさ、俺がお前を殺すんだから、よおっ!」

前髪を掴みあげ臨也の上半身を無理矢理起こし、鼻がくっつきそうなほどまで顔を近づける。血の臭いと臨也から香る臭いとがぐちゃぐちゃに混ざり合い、それすらも俺を苛立たせた。

「なんで人の女取りやがった」

最近、向こうから告白され付き合い始めた女。まともな食事をしない俺を心配して夜飯を作りに来てくれたり、怪我をして帰ると泣きそうな顔で手当てをしてくれる優しい奴。俺には勿体ない、とさえ思っていた彼女が今日になって急に「別れたい」と言い始めた。理由を聞いてみても、何も言わない。嫌な予感がして、そしてそれが外れて欲しいと思いながら臨也の名を口に出すと、突然泣きながら「ごめんなさい」と謝ってきた。そして「今でも好き」だとも。

それからどうやって臨也を捕まえたのか覚えていない。気がついたら臨也は無様に俺の手の中で血を流し、ぐったりとしていた。

「取った、なんて人聞きの悪い。彼女が君じゃなくて、俺を選んだだけの話だろう?」

にやにや笑いながらそう言う臨也への殺意は最大に膨れ上がり、優しく臨也を地面へ降ろす。それに怪訝そうに首を傾げた臨也の肩を思い切り踏みつけた。簡単に地面へ倒れた臨也の上に乗り両手で首を締めつける。じわじわと力を加えていくと、臨也の目に涙が浮かぶのが見えた。


ああ、どうしてこいつは今から死ぬというのに安心したような顔をしているのだろう。まるで死にたかったような、俺に殺されたかったような。そんなのは俺の都合の良い考えか。







変な夢を見たんだ。お前が今日この場所でこの時間に死ぬ夢。その夢では俺は何もしないで、出来ないでただ立っているだけだったんだよ。笑えるだろう?

そうかと思えば理由は分からないけれど、俺がお前を殺すんだ。首を絞めてじわじわ。なのにお前は抵抗一つしないで、まるでそれが正しいとでも言うように笑ってるんだよ。変な夢だろ?本当に変な夢だ。

だから今お前を守れて満足だよ。ああ、泣かないでくれ。くそ、身体動けよ。これくらいいつものことだろうが。なんで動かない、なんでどうして。俺が死んでしまったら、誰がこいつを守るんだ。動いてくれ、頼む。

臨也の声が、段々聞こえなくなってきて、顔も見えなくなって。ああ、これも悪い夢だったら良かったのに。






「何、またダメだったの?」

ふわふわという擬音が似合いそうな、俺と同じ顔の男が無遠慮にそんなことを言ってくる。顔には純粋過ぎるほどの無邪気な笑顔を貼り付けて。

「いい加減、諦めた方がいいんじゃない?といっても一回死んじゃってるから君は死んだままってことになるけどね!人間にも幽霊にもなれないなんて。ご愁傷さま!」
「一回どころじゃなくて、何百という数を死んできた自信はあるけど?」
「そっかー。じゃあサービスで存在自体なかったことにしちゃう?もちろん、静雄くんの記憶からも!臨也くんは何回死んでも例え殺されても静雄くんのことがずっとずっと大好きなのに、静雄くんは臨也くんのことなんか綺麗さっぱり忘れちゃうんだよ!それって素敵だよね!」
「サイケ」
「うん、なになに?」
「いい加減、黙れ」

そう吐き捨てるとサイケはむ、と頬を膨らませばたばたと腕を振る。まるで子供だ。言動にはいちいち人の心を抉るような鋭ささえあるというのに。この仕草が演技かどうかに考えをシフトする前に、サイケは舌を出してぷいっと後ろを向く。動作一つ一つが演技くさい。

「そんなことばかり言うから好きになってもらえないんだよ!もう知らない!サイケ、津軽のところ行ってくる!」
「兄貴は相変わらず声でけえな」

サイケと入れ違いにデリックが現れ、そっと息を漏らす。サイケ相手だと精神力も何もかも根こそぎ持っていかれるような気がする。実際、少しはサイケに吸収されているのかもしれない。そのぐらいあいつと喋るのは疲れる。

「いや、にしても。静雄も普通あれくらいで殺すか?彼女の一人くらいであんなになっちまって」
「…彼女がいるなんて聞いてないんだけど」
「いや、居ないだろ。単純じゃつまらないから、っていう一種の遊びみたいなもんじゃね?」
「何それ、下らない。それにあんなにシズちゃんが幸せなのに、俺が出来ることなんて限られているじゃん」
「知らねーよ。じゃあさっさと未練たらたら残さないで死ねばよくね?俺も、毎回毎回同じような物語見るの疲れてきたし」

ずきずき胸が痛む。

繰り返し繰り返し死を経験しても、俺の欲しかったものは手に入らない。俺はシズちゃんに助けてもらいたいわけじゃないんだ。勝手な我が儘。生きている時に叶わなかった願いを死んだ今叶えようとしている。誰も幸せにならない。俺だけの自己満足ストーリー。

でも、いいじゃない。死んだ後くらい幸せになったって。





「好き、って言ってもらうためだけによくもまあ」

「生き返ったりなんてしないのに、自己満足のためによくあそこまで頑張れるよ。馬鹿みてえ」

「早く諦めちゃえばいいのにな」

目の前のスクリーンに映るものは、今までと何も変わらず。その映像に同情しつつ、スクリーンに唾を吐き捨てた。






ぱちぱち


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