・来神
・門田視点→新羅視点



静雄と臨也は付き合っている。それがいつからか、どういう経緯かは俺には分からない。気付いた時には付き合っていた、こう表現するのが妥当だろう。

だからといって二人の関係が特別変わったわけでもなく、それまでと同じように校舎や校庭を走り回って喧嘩という名の殺し合いを繰り広げている。他人から見れば二人が付き合っているなんて夢にも思わないだろう。

でも、本当に何も変わらなかったわけじゃない。むしろ、大きく変わってしまったことが一つだけ。

静雄が、俺達にまでも嫉妬の炎を向けてくるようになった。


恋愛なんて人それぞれだ。ましてや他人の恋愛に首を突っ込むなんて無粋窮まりない。分かっている、分かっているんだけどな。俺なら臨也をもっと幸せにできるのにとかなんとか考えてしまうのは、やっぱりそこら辺を割り切れていないからだろう。

正直な話、俺も臨也のことが好きだった。それは、臨也が静雄と付き合いだした今も変わらない。

想いを伝える気はもうない。ただ傍にいられれば臨也が誰を好きだろうと構わなかった。友人として隣にいられたらそれだけで満足だったのに。しかし、そんな俺のささやかな願いすらも許さない人間が一人だけいた。


静雄だ。




「ドタチン慰めて」

5限目の授業をサボり、屋上で一人読書に耽る俺に話し掛けてきた臨也はぐずぐずと涙声でそんなことを言ってきた。乱れた制服に、擦り傷だらけの身体。生憎俺はサディストじゃない。そんな臨也の姿を見ても興奮なんてしないし、それどころかあまりに痛々しい姿に内心舌打ちを漏らす。

「それ、どうしたんだ?」
「シズちゃんと喧嘩してた。あいつ本当に手加減してくれなくてね、今回は本当死ぬかと思った」

予想通りだ。予想通り過ぎて最早笑えてくる。俺の腰掛けているベンチに、ゆっくりと腰を下ろす臨也はその動作すらきついのか痛そうに顔を歪めてみせた。

「あいつ、ドタチンに近付くなって言うんだよ。新羅はいいのにドタチンは駄目なんだってさ。本当意味わかんない」

「ドタチンは優しいのにねえ?」なんて同意を求めてくる臨也に適当に返事を返す。優しいからなんじゃねえのかな。多分。

静雄にはきっと、俺のこの気持ちは見透かされている。臨也に関することだけあいつの勘はずば抜けてるし、現にあいつから嫉妬される割合は岸谷よりも俺の方が何倍も高い。

別に手を出そうとか、そんなことは思っていないのに。ただ思い続けるのも許されないなんてな。付き合っていると、そういう外部からの刺激に敏感になるのだろうか。こればかりは俺にもよくわからない。

「静雄は?」
「知らない。帰ったのかも。もしかしたら俺のこと探してるかもだけど…」
「こんなところ見付かったら火にガソリン注ぐのと変わんねえよ…」

立ち上がり、さてもう今日は帰ってしまおうかと持ってきていたカバンに手をかける。大方今回の喧嘩の原因は静雄の嫉妬に臨也がキレたと、こんなところのはずだ。

それならば今すぐにでも学校から離れた方がいい。逃げるとかそんなんじゃなくて、今ここに静雄が来れば確実に修羅場は免れない。俺が何発か殴られるくらいならまだしも、目の前で俺が原因で臨也が殴られるのを見るなんて胸糞が悪いどころか、それこそ静雄をぶん殴ってしまいそうだ。

別に静雄のことは嫌いじゃない。俺と臨也に嫉妬する静雄は大嫌いだけれども。

「…帰るの?」
「帰る。もう今日は静雄の機嫌直らないだろ」
「……多分」

しゅん、と落ち込んだ臨也に何か声を掛けてやろうとして、上手い言葉が見付からず口を閉じる。頭の一つでも撫でてやりたかったが、以前のように軽々しく触れることを控えてきた俺に今更そんなことが出来るわけもない。

臨也は静雄のものだ。それは臨也が静雄を選んで、静雄が臨也を選んだからこそ成り立つ関係であって、俺が入れる隙間なんて少しもない。

臨也に背を向けると、布が擦れる音がした。振り返らなくても、臨也が立ち上がったことが分かる。分かったところで俺が何かをすることはない。そのまま足を進めようとすると、臨也が小さい声で俺に問い掛けてきた。

「俺、ドタチンと一緒にいられないのかな」

その言葉に足を止める。

お前より俺の方が一緒にいたいよ。こいつは何も知らないんだろうな。今の言葉が俺の中でどういう意味を持つかも、どれだけ今俺がお前を愛おしく思っているのかも。ゆっくり息を吐き落ち着こうとするも、情けなく震える息に歯を食いしばる。ああ、苦しい苦しい。

「身動きとれないのが嫌なら別れればいい。それでもお前は静雄が好きなんだろうが。そんなもんだよ、高校生なんて」
「…じゃあドタチンはどう思う?シズちゃんのこと普通だと思う?」

確認するように臨也がおずおずと尋ねてきた。声に力は篭っておらず、ただ弱々しい。

それを俺に聞いてどうするつもりなんだろう。普通じゃないと言ったら?言ったからって何かが変わるわけじゃない。

「大切にされてんだろ?あいつも不器用だからな。そこら辺はきちんと向き合って受け止めてやれ」

安心させるようになるべく穏やかな口調を意識してそう言ってやる。決して振り返らなかったのは、振り返ってしまえばこの言葉が嘘だとバレてしまうからだ。笑える余裕がない。

だって全部嘘だ。そんなに俺が優しい人間なわけがない。俺ならばもっと大切に出来る。俺だったらもっと優しく甘やかせて、やりたいようにやらせてやる。それが俺には出来る。そんなことばかり考えているんだから。

「………いっそよ、」
「え…?」
「…なんでもねえ。きちんとそれ岸谷に手当てしてもらえよ」

臨也に背を向けたまま、屋上の戸に手をかける。「じゃあな」と短く挨拶をして屋上を後にし、飲み込んだ言葉を何度か自分の中で反芻させた。「俺と二人で逃げようか」なんて。何処にも逃げれはしないのに。






「静雄が怪我なんて珍しいねえ。はい、終了と」


授業も終わり、教室で帰り支度をしていると突然顔中切り傷だらけの静雄が何処からともなく現れ、僕の席へと寄ってきた。傷口からは血が滲み、周りの生徒達は明らかに喧嘩後の静雄に近寄りたくないのか次々と教室から出ていった。

見事に僕たち以外誰もいなくなった教室で、とりあえず傷口にばい菌が入らないように消毒してやる。いつも思うんだけど、この消毒って静雄に効いてるのかな。

「臨也と喧嘩でもしたのかい?」
「なんで臨也なんだよ」
「だって、最近君と喧嘩するのなんて臨也くらいじゃないか。違う?」
「………知らねえ」

これは予想以上に不機嫌みたいだ。触らぬ神になんとやら、ここは臨也の話題を出すのはやめておこう。どうせ喋りたくなったら向こうから勝手に話してくるんだから。

「新羅」
「なに?どうしたの?」
「どうやったら、臨也が俺から離れないようにできる?」

ほらきた。

「離れるとは、別れるという意味で捉えていいのかな?それによって大分話す内容が変わってくる」
「そうだよ」

それ以外に何があるんだと言わんばかりに睨みつけてくる静雄に肩を竦める。いや、その通りなんだけれども。どうやら今の静雄に友との会話を楽しむ余裕はないらしい。ならばすぐに答えを出してやろう。

「知らないよ、そんなの」

にこり、と笑顔つきで答えてやれば静雄の口元がひくりと動いた。だって本当に知らないし。それは僕より臨也に直接聞いた方が早いんじゃないのかなぁ。
言ってあげないけど。

「臨也って、ほら。何考えてるか分からないから」
「……好きなんだよ」
「ん?」
「臨也が好きなんだ」
「…知ってるよ。臨也も静雄のことが好きなんだよね?だから君達はなるべくしてあの関係になった。違うかい?」
「だよな。臨也は俺が好きなんだよな…」

段々と、静雄の言っていることが分からなくなってきた。ちょっとやばいかな、なんて心配していると案の定静雄の目に嫉妬の色が滲むのが見えて、溜め息をこぼす。

静雄の嫉妬は、生半可なものじゃない。臨也が自分の元から離れていくのを恐れるあまり、臨也をがんじがらめに束縛している。その嫉妬の対象になるのは主に門田くんだ。本当可哀相に。

「門田はさ、あれ、絶対臨也のこと好き、…だよな」
「心配し過ぎじゃない?門田くんも、恋愛とか興味ないようなこと言ってたよ?」

あ、少し返答が早過ぎた。
否定したとしても自分の考えが正しいと思っている静雄には通じないから、別にいいか。

それにしても本当よく気付いたものだ。門田くん、僕以外に自分の気持ちは明かしてないと言っていたし、門田くんを見ていても全くそんな素振りは見せない。持ち前の勘、だろうか。

「新羅」
「…ん?」
「お前はさ、裏切るなよ?」
「………」
「お前のこと信じてるからな」

静雄の勘はよく当たるなぁ。でも残念。僕は恋愛的な意味で臨也を好きなわけじゃない。あくまでも友人として臨也が大切なだけだ。大切な友人を他人に渡したくない、ただそれだけ。

静雄が僕に対して嫉妬をしないのは、ここら辺をきちんと分かっているからだろう。それが例え無意識だとしてもだ。

「僕は大丈夫だよ、静雄。僕が君を裏切ったことなんてあったかい?」
「ねえけど…」
「君が臨也を好きだと知っておきながら、臨也を好きになるなんて。そんな君を裏切るみたいなこと絶対にしないから」


全く、愛が重いったらありゃしない。


きっと誰もが泣いていた

ぱちぱち


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