・来神
・門田視点



「もうすぐ夏休みだね」


涼しいとも言い難い風を浴びながら弁当を食べていると、あっけらかんといった調子で岸谷がそう一言言い放った。



Does the wish
     reach the sky?



人口密度が高い蒸し暑い教室でわざわざご飯を食べるよりも、と進入禁止用に掛けられていた鍵を破壊し屋上の戸を開いたのが10分前。室内独特の熱気とは別に、屋上は空からの日差しが眩しいくらいに照り付け正直教室と状況はあまり変わらないようにも思えた。風がある分まだこっちの方がマシとも思えるが、その風だって温いような涼しいようなといった微妙な案配で。

教室に戻るという提案を出したものの、「人の多い所に行きたくない」と汗を掻きながら呟く臨也の意見に特に反論する理由もなく、そのまま屋上に居座ることにしたのが7分くらい前。

屋上に腰を下ろし、弁当を広げた頃には俺達の身体は汗でじんわりと濡れていた。へばり付くTシャツを脱ぎたい衝動にも駆られたが、生憎ここは学校だ。袖を捲し上げるだけで我慢する。

パタパタと扇子か何かで涼しい風を浴びれればいいのだが、残念なことに持ってきた扇子は屋上に着くなりこの暑い中喧嘩し熱中症を引き起こしている馬鹿、もとい臨也を扇ぐという役目を果たしている。本当に具合悪いのか自分で扇ぐこともままならないようで、ぐったりと力無く横たわる臨也を弁当を片手に俺が扇いでやっている状態だ。

静雄は静雄でダラダラと尋常じゃない量の汗を流し、脱水症状を起こしかけていた。岸谷からミネラルウォーターを貰い全て飲み干したにも関わらず、まだ喉が渇いたとばかりに不機嫌そうな顔をしている。

そんな二人に普段と何も変わらない笑顔を見せる岸谷の台詞が冒頭のそれだ。

「夏、海!いや、海だけじゃない。その他諸々僕達が青春を謳歌するには持ってこいの季節じゃないか!」
「…お前の青春って、どうせ片思いの奴といちゃつくことなんだろうがよ」
「へ?何、それ以外に何かあるの?ていうかいちゃつくなんて表現じゃ僕の愛が軽く見えるから止めてよ。僕の愛は言葉なんかじゃ表せられないんだから」
「……お前に友情なんかを期待した俺が馬鹿だったよ」

少しでも頭上からの日差しに堪えようと、日差し対策に自分のブレザーを頭から被っている静雄が半目で岸谷を睨む。しかしとうとう暑さにやられたのか、屋上の床にバタリと倒れて込んでしまった。「うう」と汗を流しながら唸る静雄の顔を覗き込み、にやにや笑う岸谷の顔にはやはり汗一つ浮かんではいない。

「恋愛は素晴らしいものだよ。例えば、そうだなあ。今の時期でいうと織り姫と彦星とかかな?ロマンチックだよねー、ああいうの」

ペラペラと語り出す岸谷に静雄はうんざりといった表情で小さく「なんでこいつは元気なんだよ」と呟いたのを俺は聞き逃さない。普段うるさい奴が黙りこくり、静かな奴が喋り出す光景に違和感を覚えるが、こいつの場合元から恋愛話になると人間が変わったように生き生きしだすのでまあ、なんというか慣れたものだ。

「あれだろ、七夕。願い事が叶うやつ」
「七夕って誰と誰が何をする話?」
「何って、あれだろ。織り姫と彦星…」
「その二人が?」
「……天の川で会うんだろ」
「まあ、合ってるっちゃあ合ってるけどね」
「ああ、もううっせーな。いいんだよ、あれだろ。とりあえず願い事が叶うんだろ?」

臨也ほどではないが理屈っぽい岸谷の物言いに静雄が嫌気をさした辺りで、すんなり岸谷が身を引いた。このバランスを分かっているからこそ小学生の頃から仲が続いていたのだろう。

それに比べ臨也は、と臨也に思考を巡らせたところで今まで閉じられていた臨也の瞼がゆるりと開いた。

「シズちゃんが死にますよーに」
「はあ?」
「俺の願い事。シズちゃんが死にますように、って」

唐突に臨也が声を上げたかと思えば、今だに頬を赤くしたまま視線だけを静雄へと向けている。静雄と臨也の距離は手を伸ばせば届く距離で、実際に静雄は臨也へと手を伸ばしていた。殴るのかと思いきや、汗のせいで臨也の額に張り付いた髪をただ退けてやるだけの静雄に俺だけではなく臨也も反射的に閉じた瞼を開き、疑問を顔に浮かべている。

実際殴られるとなれば、俺が静雄の手を受け止めるくらいのことはする。今も浮きかけた右手が悲しく宙をさ迷っている状態だが、気にしないでおこう。

「お前が死ねよ。いや、俺がお前を殺してやるからな。安心しろ」
「わあ、なんかそれプロポーズみたい。嬉しくて反吐が出る」
「こら、なんでそうお前らは何でもかんでも喧嘩に繋げるんだ」
「だってシズちゃんがー」
「だっても何もない」

気力を取り戻したのか、不敵な笑みさえ浮かべる臨也に扇子を持たせる。それくらい元気があれば、自分で風をおこせばいい。そして少しくらいは気休めになるかと手の平を臨也の首元へ当ててやると、気持ち良さそうに目を細めた。火照る身体とは別に何故か掌だけは冷えるという不思議な体質なのだが、思いがけないところで役に立つものだ。

「冷たい」
「手だけはな」
「ちょっと貸してて。あー、本当気持ち良い」

そう言って俺の手を頬に当て擦り寄る仕種さえしてくるものだから、ほんの少し、ほんの少しだけ邪な感情が湧き出る。暑さのせいだと無理矢理自分を納得させるも、猫を連想させる臨也の様子に可愛さというものを感じるのはやはり曲げようのない事実だ。これはきっと親が子供に対するようなもので、それ以外の不埒なものではない、はずだ。

「………チッ」
「静雄?」
「俺の願い事。門田が爆発しますように」
「なんでだ!?」

何故俺が爆発を要求されなければならないのか、自分の行動を省みていると、未だ汗一つ掻いていない岸谷が面白くて仕方ないという笑みを浮かべる。

「青春だねえ」
「新羅の口からそれ聞いてもなんか胡散臭い」
「失礼な。僕だって青春を謳歌してるよ。はあ、早く家に帰って愛する人に会いたい…」
「まーた、始まった…」
「僕はあれだから、七夕の短冊には彼女と恋人になれますように、って書くって決めてるんだ」
「何の宣言だよ」

淡々とした臨也と新羅のやり取りを聞きつつ、静雄からの視線にも耐えつつ、臨也の首に触れつつ。どうしてこんなことをしているのか疑問を感じたが、そんなものは考えるだけ無駄だ。いっそ、今の状況を開き直るのが正しい選択だと思う。だからといってこの状況を楽しめるだけの器を生憎俺は持ち合わせてはいないが。

「門田くんは?門田君は何願うの?」
「あ?」
「七夕なんだから。他力本願でも叶えば結果オーライってやつだよ。言うだけタダだしね」
「……平和な毎日が過ごせるように」

こいつらと一緒に居る以上無理なことは分かっている。こいつらと居ると決めたのは俺自身だから後悔はしていないが、少しだけ平和な生活が恋しい。他力本願結果オーライ。叶えられるなら叶えてみればいいんだ。この願いを叶えるのが織り姫だろうが彦星だろうが、はたまた神様だろうが、こればかりは無理な願いだとは思うが。

「それ無理!シズちゃんの傍に居る以上無理だよ!平穏な暮らしがしたいなら、今直ぐシズちゃんから離れることだね」
「くそノミ蟲ぶっ殺すぞ」
「いたいけな男子高生にノミ蟲は酷いなあ、あぶっ」

予想通りケラケラと笑う臨也に静雄が頭に被っていた自分のブレザーを投げつける。その瞬間俺の手を掴んでいた手が離れ、何処か急に寂しくなってしまった。

「何これ…、うわ!シズちゃんの匂いがする!キモい!」
「うるせえ、黙れ死ね!お前の顔見たくないんだよ!それでも被ってろ!!」
「いやだよ、鬱々しい。これナイフで切っちゃていい?」
「くそ!お前の汗掻いた顔見てたらこっちまであっついんだよ!」

そう言って再び無理矢理被せようとする静雄に臨也がじたばたと反撃するが、本調子じゃないせいか静雄に頭を押さえつけられ大人しくなってしまった。大人しくなった臨也に満足したのか、ブレザーの上からめちゃくちゃに頭を撫で回す。ぶっきらぼうなその行為に、臨也は反論するが静雄はお構いなしだ。

「静雄君優しーい。ほらほら門田君このままだと負けちゃうよ?」
「……何が」
「いや別に?ふふ、楽しみが増えたなあ」

静雄と目が合う。ふん、と鼻で笑うような表情にふつふつと黒い感情が沸き上がるが、これ以上現状を面倒にする要素は排除していく。この感情が嫉妬だなんて。気付いてはいるが納得したくない。嫉妬だと認めてしまえば尚更面倒なことになるのは考えなくても分かる。静雄を敵に回すのはあまり気が進まないし、勝てる自信も、ない。


もし、願い事が2つまでだとしたら1つは平和な暮らしがしたいというもの。もう1つは。

(少しでも、静雄の心が嫉妬に苛まれますように)

負け戦とは分かっている。だからこそだ。ただで負けるつもりはない。少しくらいは静雄にも悩んでもらわなければ。

「臨也」
「ん?何ドタチン」
「ジュース奢ってやるから一緒に自販機行かねぇか?お前も暑いだろ?」
「本当?行く!俺、久々に炭酸飲みたいなー」
「……門田」
「お、なんだ静雄?お前も飲みたいのか?いいぞ、買ってきてやるから待ってろ」
「本当、門田君って何気に良いキャラしてるよねえ」
「……新羅!」
「静雄も落ち着いて。んー…でも、なあ。静雄も大切だけど、ごめんね?」

にこり。岸谷が浮かべた笑みは今までのどの笑みより期待に満ち溢れていて、そして何より目だけが笑っていなかった。

「臨也、僕も行くよ。さっき静雄にミネラルウォーター飲み干されて喉渇いてたんだ。それに奈倉君に用があるし、臨也が着いてきてくれた方が不本意ながら有り難いんだけど」
「不本意って…。あ、俺も奈倉に用があるんだ。どうしようかな、ジュース」
「門田君に買ってきて貰えばいいじゃない?ちょうど静雄も喉渇いてたらしいし。出来たら僕の分もお願いしたいなあ。いい?門田君」
「あ、あ。構わないが」
「ありがとう。じゃあ臨也行こうか。多分今頃教室でご飯食べてるだろうし」
「うん。じゃあドタチンごめん、よろしくね」バタンと戸が閉まる音が聞こえ、屋上に静雄と二人きりになる。突然のことにお互いこの微妙な空気をどうすることも出来ず、ただ顔を見合わせているだけだ。とりあえず分かることは、どうやらお互いにライバルを勘違いしていたらしいということだ。

「…勝てる気、しねえよ。本当」


空は快晴。きっと夜には綺麗な星が見えることだろう。
ぱちぱち


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