・前半来神
・臨也視点→三人称



冷たい風が吹き荒ぶ、授業中の学校の屋上。自殺防止用の高い手すりを越えた向こう側に俺は居た。

「ねぇ、シズちゃん。もし俺が今ここから飛び降りたら泣いてくれる?」

ちらり、と俺の背中を無言で見つめる男を一瞥する。
その表情に怯えなどなく、ただ目の前で起こる出来事を哀れみにも似た表情で傍観しているだけだ。

死ぬつもりはない。
でも万が一、この男が「泣く」だなんて言った時には、笑いながら飛び降りてやろうかと思ったのは事実だ。
目の前で嫌いな奴がわざわざ自殺したのに悲しみに暮れる男。その滑稽な姿を見てみたい。

(死んでしまったら見ることなんて出来ないけどね)

遊びで一歩前に踏み込むような動作をすれば、慌てたように男は声を発する。

「こっちに来い!お前は嫌いだけど殺したいけど、それは違うだろ…」

このまま突き落とせば、あれだけ嫌いだった俺は簡単に死ぬ。それなのに殺さないどころか、俺を助けようとさえしている。

要するに、俺に死んで欲しくないと。そういう風に捉えても良いだろう。希望的観測ではない筈だ。

「本当、甘いよね。君は。なんで殺さないの、絶好の機会だろ。力を入れずともただ突き落とせば今の俺は簡単に死ぬよ?」
「自分でも思う。たかが手前一人に何をてこずってんだかな。確かに嫌いだよ、死んで欲しいけどよ。…それでもやっぱり死んで欲しくねぇのかもな」
「何それ、馬鹿みたい」
「うん、確かにそうだ。いや、それでいいよ俺は」

青い制服に映える金髪をなびかせながら、手が差し伸ばされる。見間違えようもなく、俺へ向けて確かに。

「おいで」


それだけで、全てが救われる気がした。





冷たい風が吹き荒ぶ、夜の池袋にそびえ立つビルの屋上。
自殺防止用の高い手すりを越えた向こう側に、男は居た。

「俺のこと殺したい?」
「あぁ」
「死んだら、君は喜ぶかい?」
「…お前が死んでさえくれれば、もう何でもいい」

淡々とした、尚且つ温度を伴わない冷えた声が夜のビルの屋上に響く。

「……そっか」
「もう俺達は餓鬼じゃねぇんだ。取捨選択くらいする。大事なものは取っておくし、いらないものは捨てる」

握りしめたのは自分の拳の中の思い出。純粋過ぎたあの頃を思い出し、一つ一つ消すように握り締めていく。力のない手で静かに、何度も何度も何度も何度も。

これから静雄の言う言葉を聞きたくないと言わんばかりに、臨也の手は何度も何度も同じ動作を繰り返す。

「お前はもう俺の大切な人の中には入ってないんだよ」

声に嫌悪の色が僅かに混ざり、臨也の目は見開かれた。
何かに怯えたようにも見えるその動作は、背を向けている静雄に届くことはない。それを分かっているから諦めたように瞳を閉じる。

「だろうね。だから俺がこんな下らないことをしているんだろう?」

一歩間違えれば死んでしまうという状況下でも、笑みは収まらない。楽観的な笑みではない。暗示している最大の意味は自嘲だ。

「シズちゃん、一つ聞いていい?」

その問いに静雄が答えることはないと知っているからこそ、臨也は直ぐに言葉を紡ぐ。

「どうして俺達、こんなことしてるんだろうね」

それは何も今現在のことだけではない。池袋を混乱に導いている張本人からの、あまりに自分勝手な独白。
他人を目茶苦茶に壊している道化師の本音に、断言出来る強い意志は見当たらない。

未だに何かを迷っているような臨也の口ぶりに、舌打ちを一つ漏らす。

「馬鹿なんだろ。お互いに」

何に対して言ったのか、臨也には分からない。静雄が何を考えているか分からないからこそ、泣き出しそうになった。
死んでしまえ、と思われていても、生きろと思われていても臨也の心がそれを察知することはない。

もう、彼も自分も昔のままではない。変わってしまったのだ。良い意味でも、悪い意味でも。

「ねぇ…、シズちゃん。最後にこれだけは答えてくれないかな…。ううん、相槌を打つだけでも構わない」

ぽつりぽつり、消え入りそうな声でそういう臨也の声は震えていた。

「俺は、あの頃に戻りたいよ」


臨也の言葉に目を閉じる。
幸せだったあの頃を思い出し、全て頭の中から消し去った。

そして一言呟く。
幸せだった過去を消し去った頭で、何が本音か分からぬ頭で。ただ一言。



「…………俺もだ」


誰もが夢見た桃源郷へ

ぱちぱち


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