これの続き
・デリック視点



すん、と鼻をすすると、乾いた空気が辺りを包みこんでいるのが分かる。
電脳空間といえど現実世界と変わらず四季は存在するらしく、冬の象徴ともいえる雪がちらほら降り始めていた。

雪が降るだけで馬鹿みたいにはしゃぐサイケの奴に雪合戦をやろうと誘われた気もするが、今現在俺が一人でいることからどうやら断ったのだろうと判断する。

最近、何もしないでいるせいか記憶が酷く曖昧だ。どこまでが昨日の記憶で、どこからが今日のモノなのか。その境界線が最早自分の中で薄くなりつつある。
それはもう自分が前日に何をしたのかさえ、思い出すのに苦労するほど。

そんな中、不意に現れた彼のことだけは今も鮮明に覚えているのだから、笑うしかない。

「寒ぃ…」

雪が降り積もるのをぼんやり見ていると、どこからともなく虚しさが湧き出てくる。
彼と出会う前から、俺は顔も名前も知らない人を待ち続けていた。

そうだ、初めは決して彼を待っていた訳ではない。
来る可能性が低い奴より、より可能性が高い彼に縋っているだけの話。

だが、もしも彼よりも先に本来の自分が待つべき人が現れたら自分はどうするのかといえば、そいつを放っておいても彼を待ち続けるだろう。

彼は約束したのだ。来てくれると。自分にはその約束を守る義務がある。

実際、何度も待つのを止めてしまおうかと考え、結局自分は待つ事を選んだ。
理由は簡単。一人は怖かったから。

サイケなんかは気を使う様に話し掛けたりもしてくれるし、マスターである臨也も一人で待つ俺に同情しているのか何かと優遇してくれる。
だがそれで孤独感が消える訳でもなく、善意からの施しを適当に受け流してただひたすら彼を待ち続けた。

どれくらい経ったのか、なんて過去の事はもうどうでもいい。来るか、来ないかそれだけだ。

「……寒い…」

胸が痛い。
不安やら恐怖やらが入り混じった暗く淀んだ感覚に、精神が飲み込まれそうになる。
もう彼は来ないのではないかという不安。そしてそれと同様に、待てば来てくれるのではないかという希望。

二つが相俟って、俺をこの場から動けなくしている。

「……さみしい、か」

早く来ないだろうか。
もしかしたら俺のことなんか既に忘れているかも知れないけれど。












いつの間に眠ってしまったのだろう。何もしていないのだから疲れてなど無いと思うのだが、どうやら熟睡していたらしい。降り積もった雪を見れば一目瞭然だ。

横たわっていた身体を起こし、服や髪についた雪をほろう。

寝ている間に彼が隣に居る、なんて幻想を何度抱いたか数え切れぬが、今となればそんなことを考えるだけ無駄だということも分かっている。
無駄な期待はするべきではない。そう思うと同時に、心が静かに軋んだ。

「………ん?」

不意にどこからか鈴の音が聞こえ、今日は何の日か思い出させる。

12月25日。
クリスマスの真っ只中だ。きっと、サイケは津軽と臨也は静雄と今日という日を共にしているのだろう。

「……くそ…」

憎しみたくはないが、いつまで経っても来ない彼に怒りにも似た感情を抱いてしまう自分がいる。

そんな自分が嫌で、彼に対する小さな罪悪感が一つ一つと確かに募っていった。
ただ待つ事しか出来ない。それは精神的に大きな負担となり、自分を苦しめる。

俯き、この現状を静かに受け入れるしかないのだ。

(あ、やべ泣きそうかも。…いいよな、少しくらい。誰にも迷惑かけねぇし)

ほろり、と温かい雫が目から落ちたのが分かった。
ぽろぽろと止まらない涙を流している自分があまりに滑稽で、あまりに情けなくて。

「っとに……いつ来んだよ」

ここら辺が自分の我慢の限界かな、なんてことを頭の片隅で思いながらずずっ、と鼻をすする。
すると、乾いた空気とは別に何か違う匂いが鼻を掠めた。
この匂いには覚えがある。目を伝う涙を袖で拭うと、ぼんやりとした視界に影が一つ。

「…どうかしたのか?」

そこには王冠を頭に乗せ、黄土色のマントを身につける臨也によく似た男の姿があった。
しかしそれが臨也ではないことは、格好やマントと同じ色の瞳を見れば分かる。

「お前…は?えっと、…え?」

突然のことに混乱しきった俺の頭に薄く積もった雪を丁寧にほろいながら、目の前の男は口を開く。
薄く笑う姿に邪気は微塵も感じられない。

「久々の再会なんだから、もう少し喜ぶべきだよ?あぁ、それともこの口調だから駄目なのかな?」

何を言っているのか分からない。いや、単に分かろうとしていないだけだ。もし全て自分の考えと一致したら、本当にそれは嬉しいことだと理解してはいるのだが、違った時のことも考え、そう易々と信じることなど出来はしない。
そんな俺をお構いなしに男は地に片膝を付き恭しく御辞儀をする。

「ただいま。お待たせ致しました」

そして俺の手の甲にちゅ、と音を立て口づけをする。
その姿をどこか夢の様に眺めた後、我に返りある結論へとたどり着いた。

「日々也…?」
「うん、ようやく君の前に現れることが出来た。僕もずっと君に会いたかったんだよ?いや…その前に、」

地面から立ち上がり、俺の両手を包み込むように握る日々也の手には温かさが感じられる。
悪戯をする子供のような、それでいて悪意を感じさせない無邪気な笑みを浮かべる日々也に対し、こちらは呆然とその場に立っているだけだ。

このような時に何を言えば良いのかすら、自分には分からない。でも日々也は、そんな俺の無愛想な態度に嫌な顔を一つもしなかった。
それどころか…、

「待っていてくれてありがとう」

そう日々也が言い切った瞬時沸き上がる幸福感や開放感に、気付いた時には日々也を抱きしめていた。

「待たせやがって、馬鹿。くそ…、なんつうか…本当待ったんだからな!」

いきなりの抱擁にも驚かず、それどころか微笑みさえ浮かべる日々也を力の限り抱きしめる。
オリジナルとは違い、自分に怪力が無いのはこういうところで便利だ。

「分かってる。だから僕もせめて今日が終わる前にと思って急いで来たんじゃないか」

そして一呼吸置いて、

「MerryChristmas。プレゼントは僕、とかベタなことしか言えないけどね」

すっかり余裕のない俺の頭を宥めるように頭を撫で始める。
心地好い。自分が求めていたものの存在は、これほどまでに素晴らしいものだったのか。

もう駄目だ、と自覚した時には泣いていた。みっともないが声をあげて泣く俺を落ち着かせるように日々也は背中をさすってくれた。

「…もういいよ。」

数分程度泣いてみると恥ずかしさや嬉しさが次から次へと込み上げてきて、一旦日々也を胸の中から解放する。

「本当、お待たせ」

申し訳なさそうに笑う日々也が愛しくて愛しくて堪らない。きっと日々也が運命の人なんだろうな、と直感的に悟る。
いや、もし運命の人でなくとも絶対に離しはしない。それほどまでに愛しくて、温かな存在。

「一つだけ、聞いていいかな?」

温かな空間に日々也の声が澄み渡る。頷いて肯定を示すと申し訳なさそうに呟きを漏らした。

「君の名前は?」

雪が降り積もるのをぼんやり見ていると、心の中からどこからともなく嬉しさが湧き出てくる。

幸せ過ぎて零れる涙を拭い、口を開いた。

「俺の名前は……」







(ってか、王子様だったんだな)
(僕のこと日々也様って呼んでもいいんだよ?)
(いや…、勘弁して下さい)
(なんだよ、つまんないの)
ぱちぱち


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