「臨也さんはただ、寂しいだけなんじゃないですか?」

人通りの少ない路地にある寂れた喫茶店の中で、向かい合う形で座る影が2つ。

1つは皮肉気な笑みを見せる臨也と、もう1つはそんな臨也を無表情のまま睨みつける正臣の影。
2人の険悪な雰囲気を感じとったのか、従業員は奥の厨房へと隠れており、店内には臨也と正臣しかいない。

臨也が注文したコーヒーを一口飲むのを合図にしたかのように、正臣の口から淡々と言葉の羅列が紡がれる。

「情報屋なんて事やって、皆を敵に回して、誰からも愛されない。相手にされない。だけど自分が愛する人間に愛されたい。そんな欲求を満たしたい。だから周りの人達を自分と同じ側へ引きずり落とす。…そうでしょ?」

コーヒーの入ったカップを静かにテーブルに置き、皮肉である正臣の言葉を全て正面から受け止め、臨也は笑みを深くする。
歪められた口元に、正臣は過去に受けた仕打ちの数々を思い出し、嫌悪感故の吐き気を覚えた。

(…善人面する時も、本性の時も、この人の笑顔は気味が悪い)

決して声に出す事の出来ないその思いを、せめて態度で示そうと臨也に向ける侮蔑の視線を強める。
しかし、当の臨也は正臣の視線に篭められた思いも全て知ったうえで、更に笑みを濃くした。

薄く綺麗な赤みを帯びた唇から覗く白い歯さえも、臨也のものだと思うだけで正臣の身体に得体の知れない悪寒が襲う。

込み上げる不快感はこの男の前では邪魔でしかない、と紅茶を飲み不安をも飲み込む。
そんな正臣の姿に何を思ったのか開きかけた口を閉じ、顎に手を当て何かを思案するような仕草をし出す。
そして溜息混じりに一言。

「何の事かさっぱりなんだけど?」

あくまでも白を切る臨也に、ふつふつと苛立ちを覚える。あの平和島静雄も毎日のようにこんな奴の相手をしているのか、と僅かに検討違いな事を頭の端で考える。

臨也はこちらが喋れば揚げ足を取るように人の心までも揺さ振る様なことを言い、相手を追い詰めていく。
しかし、何も喋らなければ臨也に勝つことは出来ないという事実に、正臣の重い口が開いた。
勝てる自信など、微塵も持ち合わせてはいなかったのだが。

「貴方の居場所なんてない。誰も貴方を受け入れない」
「皮肉にもならない、小学生の口喧嘩じゃないんだ。俺も要領良く話し合いたいからね。」

肩を竦める動作も、困ったように笑う表情も、一つ一つが芝居がかかっており、正臣の中の怒りを更に増幅させる。
実際、膝の上で握られている拳は震えており頭も嫌に熱い。

「で?本題は?そんな下らない皮肉を言いにきたってだけなら帰るよ?」

今回、臨也と話し合う本当の理由。知ってるのか知らないのか事も無げに聞いてくる臨也に、覚悟を決める。

「帝人にこれ以上構わないで下さい」
「嫌だね」

正臣の頼みを見透かしていたかのような素早い返答に、正臣は歯を食いしばる。

必要以上に何かを言ってはいけない。それがこの男に負けないための唯一の手段。勝つためではなく、負けないための手段といったところに自嘲の念さえ沸いて来る。

「君も帝人君も自分の意志でこっちに来たんじゃないか。俺は少し手助けをしただけだろ?」
「だから、それをもう止めろって言ってるんすよ…」
「君にそんな事言う権利はないし、俺がそれを聞く義務もない。商談決裂ってことで」

正臣の意見を左から右へ流すかの様な臨也の態度に内心燃え上がる怒りを抑え、臨也と対等の目線で喋ろうと躍起になる。
しかしそれを逆手に、臨也は正臣へとある提案を差し出した。

「彼を助けて欲しいなら、そうだなぁ。今、ここで、土下座でもしてみてよ。そのくらい友達を助ける為なんだから出来るだろう?そうしたら俺も、友達を助けたいという純粋な気持ちを汲み取ってやらなくもない。どうする?」

臨也の口車に乗るな、挑発には乗るな、と心の中で叫ぶ自我よりも怒りという単純な感情が爆発した。

「……っだから、そうやって相手を振り回すなって言ってんだよ…!」
「すぐに感情的になるのは控えた方がいいよ?」
「うるさい、死ね…!」
「君がするかしないかは勝手だけど、彼ならやるよ。それだけじゃない。寧ろ俺の事を君の言う通り殺すかも、ね」

どこか帝人を知っているかのような臨也の態度に、釈然としない何かを抱きつつ、感情に身を任せる。

「何も帝人のことを知らないくせに、あんたに知ったような口を聞いてほしくない!」
「へぇ?俺がたかがあんな一般人一人の情報を調べきれないとでも?」

くすり、と柔和な笑みを浮かべ携帯を手に取りカチカチと数度ボタンを押した後正臣に画面を見せる。
訝しげに覗くと携帯の画面には、帝人のモノと思われる情報が記されていた。家族構成から誕生日まで事細かに書いてある情報を愛でるかのように、一度画面を撫でた後ゆるやかな動作で携帯を閉じる。

「普段はこんな情報も商品になるんだけど、君みたいに可愛い後輩には無料サービスだ」

鳥肌が立つ。吐き気がする。怒りで白くなっていく頭が、目の前の男を不快な異物として認識する感覚。

今すぐにでも殴り倒したい。だが、いくら喧嘩慣れしていても勝てる自信など微塵もない。結局のところ、自分はこの男に勝てることなど出来やしないのだ。

分かっていた。
囚われているのは過去ではない。現在を生きるこの男に、囚われているだけだ。
永遠に勝てない相手。だからこそ抵抗したいという思いが強くなる。


気付けば、頼んでいた飲み物を臨也に投げつけていた。

「帝人はあんたなんかに、渡さない」

震える声でそう言えば、それすらも楽しむかの様に、濡れたせいで額に纏わり付く前髪をかきあげ何事もなかったかのような笑顔を見せた。
この状況ですら笑みを絶やさない臨也に、出会った当初から感じていた曖昧な不安が完璧な確信を持った不安へと変わる。

「俺、もう帰ります。代金はここに置いておきますんで」
「うん、その方が良いかもね。あぁ、紀田君一つ言い忘れてたことがあった」
「何すか……っ」

臨也の方を訝しみながら見ると、先程までとは意味の異なる笑みを浮かべていた。
殺したかった奴を自分の手でようやく殺せた殺人犯のような凶悪さと悦楽を含んだ笑みの対象は、正臣に向けられている。

「君が俺を嫌いなら、俺はそれ以上に君を嫌いになるよ。子供に好き勝手言われてへらへら笑っていられるほど、俺も大人じゃないからね。だからさぁ…」

僅かな間を溜めて、言葉が吐き出される。

「本気で泣かすから覚悟しろよ?くそ餓鬼が」

言葉を選び遠回しに相手を攻める普段の臨也とは違い、吐き出された言葉は実に素直なものでそれ故に今まで感じたことがない恐怖に支配される。

「肝に命じておきますよ」

カラン、と渇いた鈴の音が聞こえ、正臣が店から出たと同時に店員が店の奥から出てきた。
手にタオルを持っている事から、やり取りは見ていたんだろう。溜息混じりに観察対象にもならない人間の顔を見て、愛想笑いをする。

そしてぽつりと。

「…これだから人間を愛してるんだよ、俺は」





「なぁ、帝人。これはちょっとマジな話なんだけどさ」
「ん?何?」
「前にも言ったけど、折原臨也って奴には絶対近付くなよ?あーんま良い噂とか聞かねぇからさ」
「どうしたの?急に………大丈夫だよー。平和島静雄と折原臨也って人には近付いちゃ危ないんだもんね」

以前の忠告を覚えていたことに少なからず安堵の息を漏らし、念を押すように言葉を続ける。

「…もし、仮に接点が出来てさ、折原臨也って奴とこう…仲良くなったとしても、あんま深くまではいくなよ?」
「大丈夫だよ。確かに少し話したりはするけど、街中で偶然会った時とか、滅多な事でもないしさ」

偶然、という言葉に煮え切らない何かを感じたが、それを帝人に言ったところで何かが変わる訳ではない。

今、自分に出来るのは帝人への忠告だけだ。

「ん。分かってたら良いんだ。…よーし!じゃあ優雅にナンパと洒落込みますか!」
「うわ…不純だ」

あの臨也の事だ。
帝人に目をつけたからには自分の知らない所で接点を持ち、そこから徐々に壊していくのだろう。

そして、自分はそれを止める術を知らない。


(手のひらを見た時、何も残っていなかったのに気付いた。私たちが何か悪いことをしたのだろうか?どうして私たちが選ばれてしまったのだろう。)
ぱちぱち


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