それから屋上で適当に喋りながら買ってきた物を食べ、職員室の中を荒らしたりと特別教室を中心にひたすら学校中を探索していった。新羅の写真も軽く百は越えているだろう。

廊下を歩いていると、窓から差し込む夕日が眩しくて目を細める。いつのまにか空は青から橙へと変化していて、どこからか鴉の鳴き声が聞こえてくる気さえした。

「もう夕方だね」
「そろそろ帰った方がいいかな?あいつらにご飯作ってやらなきゃだし」

時間は17時。確かに夕食時だ。そのまま玄関まで来て、振り返る。もう誰も足を踏み入れることもなくなるこの校舎は、世界が終わった後一体どうなっているのだろう。俺達と一緒に何処かへ消えるのだろうか。誰もいない校舎がこんなに寂しいものだとは思わなかった。

ここで誰かが「帰りたくない」なんて言えば、ちょっとドラマチックだったかもしれないな、なんて呑気に考えながら外に出る。吹き抜けた風が冷たくて、少しだけ切なさを覚えた。また、明日もいつもの日常が待っている気さえする。そんなものはもうどこにもないのに。

「帰る前にさ、少しだけ校庭に行こうよ」
「別にいいけど、なんかあったっけ?」
「気まぐれだよ、気まぐれ」

気まぐれ、その気まぐれのおかげでこうやって最後に馬鹿をやって笑っていられたのだとしたら、臨也の気まぐれには感謝しなければならない。夕日に染まる校舎を、しみじみとした表情で新羅が何度も何度も角度を変えて撮る。もうすぐお別れだ。この学校からも、こいつらとも。

いつもこの時間帯ならば運動部が使っているはずのグラウンドも今は砂埃一つたっていない。

「今日は久々に学生って感じがして楽しかったよ。ありがとう」
「臨也に礼を言われるなんて、今夜は槍が振るかもね」
「それもいいかも。まぁ、ほら。最後の最後で言い残したことがあって後悔するくらいなら少しくらい素直になってもいいかなってことさ」

穏やかに微笑みながら話す二人の会話を聞きながら、夕日を見る。紫から橙にかけてのグラデーションがやけに綺麗で、何故か涙が出そうになった。これが本当に最後だ。後7時間もすれば今日の記憶も全部何処かへ消える。駄目だ、今は下手なことを考えてはいけない。今、この時を楽しまないと絶対に悔いが残る。

「こうして見ると、本当世界に俺達だけしかいないように思うよね」
「確かにな」
「でしょ?やっぱドタチンは分かってくれるなあ」

目を瞑り、空を仰ぐ臨也を見つめる。明日には全てなくなってしまう俺達の存在を、空はどんな思いで見ているのだろうか。哀れみか、それ以外の何かか。どうしても思考が変な方向へ引っ張られてしまう。

「言いたいことはたくさんあるんだよね。でもさ、今一番言いたいのは、」

すう、と臨也が息を飲む音が聞こえた。一瞬の沈黙の後、臨也が口を大きく開く。

「世界が終わるだって?本当、ばっかみたい!やっぱり神なんていないんだよ。このっ、ばあああああか!!!」

そんな臨也の腹の底からの叫びを聞いて、俺もと言わんばかりに新羅が空を仰ぐ。

「せっかくもう少しで結ばれそうなのにさ!今日で全てが終わりだなんて!!愛してるよセルティ!死んでも大好きだ!ずっと君だけを愛してる!!」
「くそ、お前ら…。最後くらい静かにしてろよ馬鹿野郎があああ!!」

新羅の後に続き門田も叫び声をあげる。そうだ、今はこのグラウンドという小さな世界に俺達だけ。全力で叫んでも誰にも何も言われない、全てを吐き出す絶好のチャンスだ。大きく息を吸う。これから全て吐き出すんだ。思い残すことがないように、限界まで息を吸い込む。

大体世界が終わるってなんだ。どうして終わらなきゃいけない。誰の都合で何のために。誰に断りをとって終わろうとしてるんだ。相手が形あるものだったならば容赦なく力を出して衝突しただろうに、生憎そんなものはどこにもない。悔しい。悔しくて悔しくて、こいつらに二度と会えないのが寂しくて。

「ちっくしょおおおおお!!」

腹の底からありったけの声を出すと、喉がビリビリと痛み出した。無駄にある肺活量のせいか、やけに長い間声が出る。でもここで止めてしまったら負けのような気がして、どうしても止めることが出来ない。段々と声が掠れ、限界が近付いてきた。俺達のこの声は、世界に少しでも届いているのだろうか。

「あはは!シズちゃんすっごい!そんなに大きい声だったら地球の裏側まで届くよ!すごいすごい」

肺の中の空気を全て出し切りようやく口を閉じると、思わずゲホゴホと咳込んでしまった。小さく「あー」と呟いてみる。よし、声はまだ出る、大丈夫だ。

「はー、うん。じゃあね、もう帰ろっか?」
「だな」
「臨也に賛成ー」
「時間だしな。俺も幽に遅くならないうちに帰るっていってあるし」

出来ることならばこのままずっと4人で居たいが、俺にはこいつらと同じくらい大切な家族がいる。それはこいつらだって同じだ。引き止めたって未練が残るだけ、分かってはいるけれどやっぱり少し寂しい。でもだからといって、寂しがってる顔なんて出来ない。最後くらい笑って別れたい、という言葉の意味がようやく分かった。俺も出来ることならば笑って帰りたい。

校門まで歩いて一度立ち止まる。これでこいつらとの関係は終わりだ。

「じゃあね!」
「うん、ばいばい」
「じゃあな」

3人別々の方向を向いて帰ろうと足を進め出す。言うなら今しかない。

「…またな!!」

3人揃って振り返り、驚いたように目を丸くして俺を見る。また会うことなんて出来ないのは痛いほど分かっているし、生まれ変わっても友人でなんて無理に決まってるのは百も承知だ。

それでも、言葉にしてしまえば叶う気がして、奇跡が起こる気がして。

死にたくないんじゃない。ただこいつらとの関係がなくなるのが嫌で、なかったことになるのがとても苦しくて。別れなんてもっと先になると思ってた。こんな形で終わってしまうなんて思わなかった。日常がなくなることがこんなに辛いものだと、今まで気付かなかった。

「…君たちなんか特徴あり過ぎるから何処かでまた会ったとしても、すぐに見つけられるよ!」
「そうだね。特に静雄なんか金髪で目立つだろうし」
「お前らの賑やかさもなかなかのもんだぞ。外見より目立つ」

笑いながら言葉を交わす3人に言い知れぬ心地好さを覚える。でも、もう手放さなくてはいけない。いい加減覚悟を決めなくては。

「振り返っちゃ駄目だよ、シズちゃん」

俺の心を見透かしたようなタイミングでそう言われ思わず臨也を見ると、赤い瞳と目が合った。今まで見たことがないぐらい純粋なその目は、臨也の本当の姿なんだろうか。にっこり微笑むその姿を見て、同じ男なのに綺麗だなと思ってしまった。女に抱く綺麗とは意味が違う。景色を美しいと思うような、そんな綺麗さだ。

「多分、その気持ちは君だけじゃないから」

そう言って臨也はそのまま振り返ることなく歩き始めた。臨也も、同じ気持ちなんだろうか。寂しくて今にも泣きそうで。振り返りたいのに、振り返れなくて。俺一人だけじゃない。俺もいい加減、前を向いて歩き出さないといけないな。

「帰る」
「うん、そうだね帰ろう」
「…だな。帰るか」

黙って俺を見守っていた新羅と門田を見る。俺の視線に気付いたのか新羅は薄く笑った。

「大丈夫だよ。僕たちも君と同じだから」





ぱちぱち


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