・来神時代
・近所のモブがいます


 ぽかぽかとした春の日差しが心地よい。つい最近まで寒さに負け教室で食べていた弁当をようやく屋上で食べられる季節になった。春になり学年はひとつ上がったが、だからといって俺たちがどうにかなるわけでもなく、去年同様屋上にて弁当を食べるという関係は何一つ変わらなかった。はっきりとした約束をしていなくても弁当を片手に屋上に行けば誰かがいる。そんな緩い空間を共有している俺らは友達といっていいのだろう。
 しかし友達だからといって、昼休み中ずっと話し続けるということはない。空腹を満たしている時はそれこそ無言に近いし、そのあとだってずっと何か喋っているというわけでもない。
 それは今日も例に漏れず、それぞれが弁当を食べ終わるとごろんとその場に横になった。まずはシズちゃん、ドタチン、それを見ていた新羅も同じようにして、最後に俺もみんなに倣う。食後すぐに寝転がると牛になるという言葉があるが、そんなものは痩せ型である俺には一切関係のないことだ。
 暖かい空気に誘われあくびが出る。くあ、と口を開け涙が滲んだ目をこすれば隣で寝そべっている新羅と目が合った。
「……なに、俺の顔なんて見てどうしたの」
「なんとなく」
「そう」
 暖かさのせいかほどよい睡魔が襲ってきてうとうとし始める。夏のように暑すぎず、そして冬のように寒くないこの季節が俺は好きだった。
 次の授業をサボるかどうか微睡む頭の中で考えていると、突然新羅が俺へと手を伸ばしてきた。なにをするのかわからず見守っていると、その指が俺の前髪を掴む。
「伸びたねえ」
「そうかな」
「うん。……んー」
「今度はなにさ」
 指先で前髪が弄ばれる。指が額に触れるくすぐったさに顔を背けると、新羅の指はするりと離れていった。
「猫みたいだなぁ」
「はあ?」
 急に何を言い出すんだ。
 突拍子もないことを言うのは中学時代から何度もあったが、今回のこれはその中でも特にひどい。
「一応聞こうか。どんなところが似てる?」
「えっとね、気まぐれで悪い意味でマイペースで自分勝手でプライド高くてね」
「殴ってもいいよね?」
 そんなことだろうとは思ったけれど。悪口となんら変わりない新羅の言葉を右から左へ流していると、同じように床に寝そべり空を仰いでいたシズちゃんの手が俺の腰に伸びてきた。そのまま俺を抱き込む。
 昼休みの休戦条約に俺と接触しなければならないなんてことはなかったはずだけれど、殴られるよりはこうされている方が数倍マシだ。食事直後の喧嘩ほど捕獲されやすいことはない。横腹痛くなるし吐きそうになるし。
 シズちゃんの体温につつまりながら再びうつらうつらしていると、喉元を撫でられた。本物の猫ではないので気持ちいいというよりはくすぐったいだけのそれに身じろぐも、抱きつかれていれば動くこともままならない。
「ね、シズちゃん、ちょっとくすぐったい……」
「そうか」
「静雄、猫ってね撫でてほしいときだけ撫でないと牙を向く生き物なんだよ?」
「あ? 俺が触りたいときに触ってなにが悪いんだよ」
「君、動物にストレスを与えそうなタイプだねえ」
 まず俺猫じゃないんだけど。なんて言い分はどうやら聞いてくれなさそうだ。うう、と喉の奥で唸っていると、体を横に転がされシズちゃんの体が背中にぴったりとくっついた。
「ねみい……」
「このまま寝ないで抱き殺される。それに俺は抱き枕じゃないから。はーなーせー」
「うぜえ」
「もがっ」
 シズちゃんの手によって口が覆われる。苦しいと手を引き剥がそうしても力で勝てるわけがない。爪をたて引っ掻いてみたが効果は今ひとつなかった。ならばと本当はいやだったが覆われている手のひらをべろりと舐める。唾液で濡れた舌を這わせると、シズちゃんの手はほぼ反射ともいえるスピードで離れていった。
「臨也てめえ」
「ドタチンー! 二人がいじめるー」
 会話に参加せず目を瞑ったままのドタチンに話しかけると、寝かけていたのかゆっくりと瞼が開かれた。俺の姿をみて再び目を閉じる。
 本格的に寝入ってしまったのかと思うとおいでと手招きされた。シズちゃんの腕から抜け出しドタチンの元に寄ると隣の空間を指し示し、一言「寝ろ」とだけ告げられる。
「俺眠たくない」
「俺が眠いんだ、寝ろ」
「授業どうするの」
「サボればいいだろ……」
 本当に眠いのか語尾が小さくなり、やがて寝息が聞こえはじめた。ドタチンがこうやって俺の前で無防備で眠っている姿を見る度、何か悪戯できないものかと考えてしまう。実際やって怒られた経験があるのでそんなことはしないが。
 言われたままドタチンの横で丸くなっていると、離れていった新羅がまあそばに寄ってきた。
「猫ってさマタタビ効くよね」
「そう聞くけどね」
「臨也はどうかな」
「新羅、お前も眠いなら寝たらどうだ?」
「ただの好奇心だよ。ひどいなあ。でも眠いのは事実だし寝ちゃおうかな」
 さっきのシズちゃんのようにぎゅ、と抱きしめられる。こいつら揃いも揃って俺を抱き枕か何かと勘違いしているのではないだろうか。悪い気はしないけれど。暖かいし、新羅いい匂いするし。
「静雄も来たいならおいで」
「行く」
「ちょ、ぐえ、くるしい」
 ドタチンと俺の間に割り込むようにシズちゃんが移動し、おれを抱きしめる。両側から抱きしめられ息苦しさにもがくも、二人とも俺を離す気はないらしくべったりとくっついていた。ぼんやりと、ドタチンもいつもこんな感じだったんだなと反省する。この光景を誰か第三者に見られたら間違いなく数時間後には噂になるだろう。立ち入り禁止の屋上に入る人間が俺たち以外にいるとはなかなか思えないが。
「しんら、あつい……あついよ……」
「なんか僕もあつい」
「俺も」
「じゃあ離れて……」
「静雄どうぞ」
「ぐうぐう」
「新羅」
「ぐーすぴすぴ」
 寝たふりして逃げやがったなこのやろう。



 猫がいた。
 にゃーにゃーと家の前で鳴いている猫を抱きあげる。首輪をつけているところを見るとどこかで飼われている猫らしい。そのせいかとても人間に懐いている印象を受けた。暴れることもせず抱かれたままの猫の鼻に自分の鼻をくっつける。
 はたと思いついて、昼間あいつらにやられたように喉の下をくすぐってやると、にいと鳴き声をあげながら気持ちよさそうに目を細めた。これと俺がどう似ているのだろうか。よくわからない。
「あら、臨也くん。遊んでくれてたの? ありがとねえ」
 猫と見つめあっていると、家の近くに住んでいるおばあさんが話しかけて来た。どうやら彼女の飼い猫らしい。
「あ、いえいえ。そんな」
 指をかぷかぷ噛む猫を返すと、飼い主の腕の中で安心したのか甘えたような声で鳴きはじめた。噛まれた指を見る。抵抗しているようだったが、痛みはなくいっそ気持ち良いくらいだった。拒絶したいわけではないのかもしれない。
「この子、かわいいでしょう?」
「はい」
「元は野良猫だったのよ。弱っているところを偶然見つけて、それからずっと飼っているの。もしかして私の元から逃げるつもりだったのかしら」
「……僕には、懐いているように見えますよ」
「あらありがとう」
 素直に可愛いと思った。そう返事をしたあとで、不意に自分と猫を照らし合わせてしまい自分のことをかわいいと言っているような錯覚に陥る。ちょっとだけ苦々しい気分になりながらも顔には笑顔を貼り付けていると、にゃあと猫が鳴いた。
「猫って、気まぐれというイメージがあるし確かにその通りなんだけれどね、それ以上に寂しがりやでもあるのよ。人がいないと寂しいさみしいって泣くの。甘えん坊なのよ」
「そうなんですか」
「臨也くんはしっかりしているからそんなことないだろうけど、猫はいくつになっても甘えたがりだから」
 なるほど、そういうものなのか。一つ知識を蓄えられたことに礼をいい、家に入る。
 なんだ、ますます俺とは似つかないじゃないか。新羅め、適当なことばかり言いやがって。



 そして翌日、再び屋上。シズちゃんに抱きしめられた状態で新羅と会話をすることにももう慣れてきた自分がいる。うっすらとかき始めた汗には気づかないふりをして、視線だけを新羅へ向けた。
「やっぱり俺は猫じゃなかったよ」
「誰かに何か言われたのかい?」
「いや、なんとなく……」
「……俺が昨日猫だって言った理由、続きがあるんだけど教えてあげよっか」
「うん」
 悪戯の種明かしをする子供のような笑顔を浮かべ、わずかに声を小さくした新羅が語りかける。
「気まぐれで、気に食わないこと合ったら容赦無く爪たてて、その上計算高い」
「また貶された……」
「まあ聞いておくれよ」
 あつく、火照った頬に新羅の手が添えられる。そこから涼しさを得ようと手のひらに顔を擦り付ければ、するすると耳を撫でられた。くすぐったさの中にある気持ちよさ、心地よさに浸っていると新羅の笑い声が聞こえてくる。
「猫って、寂しがりやなんだよ」
 昨日聞いた話が瞬時に蘇った。そして言葉は続く。
「まさに君にぴったりじゃないか」
 俺のことはすべて知っていると言わんばかりの態度に苛立ちを覚える。猫のように指に噛みついてやろうかとも思ったが、我慢し睨むだけにとどめておいた。
 何をおかしなことを言うのかと思えば。残念ながら昨日俺はしっかり者という称号を得たばかりだ。寂しさもなければ甘えたいなどと思わない。思うはずがない。新羅にそう言えば「しっかりしているのと淋しがりやは違う」と笑われてしまった。
「そういうプライドの高さも猫みたいだ」
「違う、言われたの」
「誰に?」
「……近所の人」
「面白いことを言うね。その人の何倍も臨也のことを知っている僕の言葉よりその人を信じるの?」
 そう言われてしまえば返す言葉もない。唇を尖らせていれば新羅はどこか優越感に浸ったような表情を見せた。うざいムカつく。
「ねえ、静雄はどう思う?」
「俺はどっちかというと犬派だ。言うこと聞くし」
「君の好みは聞いてないんだけどなぁ。門田くんはどっちだと思う?」
「ねこ」
「ほらやっぱり」
 数が多ければ正しいというわけでもないのに、ドタチンにいたっては適当に返事しましたという雰囲気丸出しだし。どうにかして新羅に反撃できないものかと考えていると、ドタチンがちらりと俺を見た。
「臨也顔赤えぞ大丈夫か? 静雄、離してやれ」
「…………」
「静雄」
 ドタチンの言葉に拘束が緩められる。それまで密着していた部分が急に冷たく感じられて思わず震えた。
「ドタチンが適温な気がする」
「はあ?」
 のそのそと四つん這いでドタチンの元に寄り抱きつけば、ぶっきらぼうな態度とは裏腹に拒絶されることなく受け入れてくれた。それどころかよしよしと頭を撫でられる。後ろでシズちゃんが何かを言っているのが聞こえるけれど無視を決め込んだ。
 俺が求めればそれと同等のものを返してくれるドタチンが好きだ。逆をいうと、俺が求める以上のことをしてくれないということなのだが。気まぐれでしか返してくれない新羅、一方的に与えるだけのシズちゃんとここが違う。壁にボールを放っているような虚しさを感じないといえば嘘になるけれど。
 思う存分ドタチンを堪能していると、新羅が突然起き上がった。少しの間空を仰いで、ひとり笑う。
「臨也は僕らがいなくなっても平気なのかなぁ」
「……新羅の中の俺はどんな奴なの」
「ねこ」
「ちがうのに……」
 何が何でも新羅は俺を猫として扱いたいらしい。そうならばいっそにゃんの一つでも言ってやろうかと自棄になる。もちろん、実際にやってなんかやらないけれど。
「俺から言わせてもらうと、いい加減みんな俺離れした方がいいよ。こうやってべたべたできるのもあと少しなんだから」
「うるせえ。どうするかは俺が決める。お前の意見なんざ関係ねえ」
「俺の場合はどっちかっつーとお前の方から近づいてくるんだがな」
「まあまあ、いいじゃないか。今だけを見て今を楽しもう」
 どすこい!という意味不明な掛け声と同時に新羅が俺の体に倒れこんできた。俺のお腹に頭を埋めるようにして、新羅は喉をこそこそとなぞる。
「新羅それくすぐったいんだって」
「僕がしたいことをして何が悪いのさ」
「おい新羅てめえ、俺に言ったこととやってること違うんじゃねえか」
「だって臨也はねこじゃないんだろう?」
 にやと意地の悪い笑みを浮かべてみせた新羅はつう、と指を滑らした。
「ふぎゃ」
「じゃあ俺もやる」
「二人で何かに取り組むなんて小学校振りだね!」
「懐かしいな」
「ぎゃードタチン助けてえ」
「眠いからうるさくだけはしないでくれ。バイトで疲れてるんだ俺は寝る」
「薄情者、んがぐ」
 シズちゃんに口を塞がれ、ドタチンから引き剥がされる。最後の良心が!と思う暇なくきゃっきゃと新羅と二人俺の体を撫でられた。全身を弄る感覚にくすぐったさを覚え抵抗するも、二人は小学生のころの思い出に浸りながら俺を解放する気はないようだ。


 残念ながら俺は寂しくなんかない。この温もりがいっぺんに消えて喪失感を抱くだろうけど、それも最初のうちだけだ。俺は過去にとらわれ続けるほど弱くないのだから。
 でもたしかに。今だけを見て、今を楽しもうか。きっとそれが幸せで、俺たちにできる最善のことだ。
 先のことなんて考えず。今この瞬間だけを。


ぱちぱち


back



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -