「取れてよかったー」
 ああ、早くセルティに会いたいなぁ。僕の力で手に入れたものをプレゼントしてそれを大切にするなんてシチュエーション、まるで恋人同士みたいだ。そんなことになったら猫まんじゅうに感謝してもしたりない。
「ちなみにその猫だぬきに何円使ったの」
「どうだろ。一万円は使ってないよ? 数えてないからはっきりとはわからないけど、あれから両替行かなかったし」
「……買えばもっと安く済むのにね」
 呆れたように言う臨也の腕のなかにも猫まんじゅうが収まっている。よくよく見てみると、僕のとデザインが異なるようで人を小馬鹿にした表情が印象的だ。臨也が持っているべきものだと思わずにはいられないほどしっくりくる。
 静雄にいたっては景品を持ちきれず、わざわざ店員に紙袋をもらう始末だ。いくら静雄が重さを感じていなく平気な顔をしているとはいえ、他人から見ればその量の多さには目を見張るものがある。門田くんが気を遣って紙袋を一つ持っているけれど、それにしても多さは変わらない。四人でこの大荷物は帰るのが大変そうだ。
 欲しいものは手に入ったしここらへんでお開きにするのもよかったが、それじゃあちょっと芸がなさすぎる。というか今でさえ不機嫌オーラを漂わせている臨也が爆発してしまう。どうしようかと店内を適当に歩いていると、UFOキャッチャーとは反対側に女の子たちが集まっているところがあった。あそこには何があるのかと目を細めていると、つんつんと腕を突かれる。
「ねえ新羅」
「どうしたの臨也」
「あそこにあるのプリクラだよ」
「あ、そうなんだ。だったら女の子たちがたくさんいるのも納得だね」
「俺も撮りたい」
「はい?」
 それまでは喋ってもむっすりとしていた臨也が、急に弾んだ声をあげた。目をキラキラさせて、さきほどの静雄みたいな表情をしている。機嫌が直ったのはいいことだが興味を持つ対象が対象だった。
「あの女の子たちの中に行くの? というかプリクラなんて……写真でいいじゃん……」
「大丈夫。俺が保証する」
「えぇー……、門田くんと静雄はどうなのさ」
「写真とか苦手でな。パスしたいが……」
「じゃあこれからドタチンと一生口聞かないよ? 授業中、出席番号順で作業しろって言われても俺無視するから」
「それは困る」
 元から臨也に甘い門田くんが脅しにより更に甘くなってしまった。ならばと静雄を味方につけようとすれば、そわそわきらきらと夢と希望に満ち溢れていたので今回はおとなしく僕が折れることにした。
 散々付き合ってもらったし、これくらいはしてもいいのかもしれない。そんな気持ちがないわけではないのだが。
「今は男でこういうの撮るの普通だよ? 世間知らずだねえ」
 ぷーくすくすと笑いながら勝ち誇った顔を見せる臨也はどうやら勘違いしているらしい。別に男だ女だという問題ではないのだ。問題はそこではない。



「新羅目でっか! 宇宙人じゃん」
「だから嫌だったのに……」
「最近のこういうのってすごく詐欺れるからね。ほーら肌も真っ白つるつる。顎も細くできるし、足だって長い。もちろん目もね……ぶくく」
 元々人より顔立ちが幼いのは知っていたけれどここまでとは思わなかったし、これこそ技術の無駄遣いなんじゃないかと思う。こんなことに精魂尽くすくらいならば他のことにその熱意をぶつけるべきなのだ。
 女の子たちの間をくぐり抜けプリクラ機の中にはいると、真っ白な証明が当たり一面に備わっていた。あまりの眩しさに顔を顰める僕を横目に臨也は慣れた手つきで画面を操作していく。途中途中「肌の色はー?」とか「目の大きさはオススメでいいかな」とか言っていたけれど、何を基準にしたオススメかもよくわからなかった。門田くんも静雄ももちろんわかるはずもなく臨也に弄らせる。とりあえず顔だけ写ればいい、という投げやりな考えのもと撮影に及んだわけだが。
「僕は男らしくありたい」
「まぁまぁ。んふふ、これは良い思い出だ。どう? シズちゃんとドタチンはいるー? 一応4人で分割出来るようにしたんだけど」
「あー……、じゃあ一応……。つってもこういうのってどうすればいいんだかいまいちわかんねえんだよなぁ」
「俺もほしい」
「臨也僕にも一枚ちょうだい」
 これは本当にゲームセンターに行ったという良い証明になる。もちろん思い出にもなるしね。これで写真写りが良ければ言うことなしだったのだけれど、そこは黙っておこう。半笑いの臨也から渡されたそれを財布の中にしまおうとしてふと財布の中に千円札と万札しか入っていないことに気づいた。小銭がないと少しだけ不安になる。これは両替機の出番だ。
「ちょっとお金両替してくる。もう何もやりたいことないなら先に外に出てていいよ」
「じゃあ、待ってるから早くきてよ?」
「うん。じゃあ門田くん、二人をよろしくね」
 猫まんじゅうを門田くんに持ってもらい、店の外に向かう三人の背中を見る。わずかに見えた外は薄暗く、時間の経過を表していた。
「セルティ、喜んでくれるかなぁ」
 一人になった途端、頬の筋肉が緩んだ。どんな反応をするのか今から楽しみでしょうがない。
 に、しても。薄暗くなった店内の雰囲気が来た直後と少し変わっていた。ナンパをしている男たち、仲間内で不穏な空気を漂わせている集団。親子くらいの年齢差がありそうなサラリーマンと女子高生が体を寄せ合いながらこそこそと何かをしている様子さえ見える。この店内に蔓延る空気がいつの間にこんなに変わってしまっていたのか。みんなといるときは気づかなかったが、一人になるとそういうものに目がいってしまう。
 たしかに臨也が好きそうな空間だ。ここには純粋な喜びや希望が見当たらない。つい何分か前まで僕たちのいた世界が楽園だとしたら、ここはどう例えればいいのだろう。
 両替機の前に着き財布を開く。そういえば静雄と門田くんから残りのお釣りを全て返してもらっていたのを思い出した。門田くんからは使っていない一万円が、静雄からは八千円が。使った分は明日学校で返すと言っていたし、結局みんな僕からお金を貰おうとしなかった。律儀だなと思う。お金くらい別にいいのに。
 千円札を一枚だけ機械に通し硬貨に変える。そういえば臨也が僕にしようとしていたお願いとは一体なんだったのか。結局ひとつも取ることはできなかったけれど、小さなお願いだったら聞いてあげてもいい。
 そう思いながら出てきたお金を財布にしまうと、背中を強く小突かれた。静雄でもついてきたのだろうか。そう思い後ろを向くと、見慣れない制服を着た男の子たちが数人僕を囲うようにして立っていた。
「お前さっきガン飛ばしてきただろ」
「金、持ってるだろ?」
「俺ら電車賃なくてさぁ、困ってたんすわぁ」
「えっと……」
「早い話があれだよ。金、だせや。二、三万でいいからよ」
 なんてこった。こんなにテンプレ通りの台詞があっていいものなのか。
 こうして僕は人生初のカツアゲに巻き込まれた。



 最後の最後でこんなことに巻き込まれるなんて僕も運がない。
 僕より身長の低い子達がぴいぴい何か言うのを流しながら聞いているふりをする。
 この時代に本当にカツアゲをするような奴なんていたのかとある種の感動を感じるくらいには身体的にも精神的にも余裕があった。というか、臨也や静雄のような奴と長い時間を共にしていたらちょっとしたことじゃ動じなくなる。それに、本職の方々相手に治療をしているのだから、こんなもの小鳥の囀りと何も変わらない。
 立ち去りたいのは山々なのだが、周りを壁のように囲まれてしまえば僕の力ではどうにもならない。余裕があるとはいえ、大勢対一人では分が悪すぎる。適当にやり過ごして助けがくるのを待つのが妥当だろう。
「おうおう余裕ぶちかましてんなぁ、ああ?」
「ほら金だよ、金金。ちょっとでいいからさぁ」
「お金なんて持ってないよ」
「さっき財布ん中見えたんだよなぁ。高校生にしてはすっげえ金持ちじゃん? ちょっとぐらいお兄さんに分けてくれてもいいんじゃないのかなあ?」
 お金を渡すのは正直構わないけど、なんかこの子たちに負けたみたいで嫌なんだよなぁ。というかこの人たちが年上なのか年下なのかもいまいちわからないのに年下扱いされているし。やっぱり僕の顔は幼いのだろうね。それこそカツアゲしたらお金を取れると思われるくらいには。
 早く静雄でも臨也でも門田くんでもいいからきてこの場をぶち壊してくれないものか。この際なんだったら猫まんじゅうでもいい。
 延々と同じ言葉を聞いていては欠伸の一つも出てしまう。立っているのもだんだん億劫になってきた。
「てめえ、聞いてんのかよ?」
「なめてんじゃねーぞくそ眼鏡!」
「あー、腹立つ。おいてめえこっち向けや」
 言われるまま顔を向けると、なんと頬を殴られた。口ばかりで手をあげてこないと思ったら勇気ある行動に出たものだ。標準がもう少し上だったら眼鏡が壊れていたところだった。危ない危ない。
 目の前の子達がどんな心の闇を抱えているのかはしらないが、そのせいで僕にまで被害が及ぶのは正直面白くないなぁ。
「聞いてんのかよっおらっ」
 頬の次は腿を蹴られる。これも静雄に比べたら全然痛くない。どうやら僕の感覚はあの二人のせいで麻痺してしまったらしい。早くこないかな、誰でもいいから。あぁ、うっとおしいうっとおしい。
「おい眼鏡、てめえ痛い目見ねえとわかんねえみたいだな」
 だんだんイライラしてくる。
「おーい聞いてまちゅかー? ダメだこいつ怖くてビビってら」
 そういうわけでもないんだけれど。
「黙ってるならお金いただきますよー?」
 うーん、それは嫌だな。
 自分から動くことは嫌なんだけれど仕方ない。この世の何が善で何が悪かなんてことには全く興味ないが、セルティとの時間を遮る奴は須らく悪だ。悪なのだ。
 手前で僕を睨みつけている奴の顔をしっかりと見据える。こういう人種ってどうして目を合わせるだけで闘争心を燃やすのだろうか。臨也と静雄じゃあるまいし。こういう人間に対して取るべき行動は、
「もう一発いっぐぼっ」
 殴るよりも蹴るほうが威力はつよい。それで相手の、男としては誰もが急所としているところを蹴りつければ大抵の人間はおとなしくなる。当たり前のことなのだけれど。
 蹴ったほうにまで被害が及ぶことが厄介だ。靴の上からでも伝わった嫌な感触に顔を顰め、びくびく痙攣している奴の上を通りできる限りの全速力で逃げる。
 僕だって殴ったり蹴ったりくらいできるさ。普段やらないだけで。でなければあの二人の友人なんてやっていられない。友人である僕に対して報復という八つ当たりをしてくる奴らのなんと多いことか、この子たちは知らないんだろう。知られていても困るのだが。
 一歩遅れて聞こえる罵声や足音などに振り返ることなく入口へと向かい走る。後ろから伸びてきた手に掴まりそうになっていると、目の前に金髪が見えた。
「平和島静雄……」
「なんでこいつがこんなところに!?」
「新羅、遅かったから迎えにきたんだ
けどよぉ、顔……どうした?」
 ざわめきながら動きを止めた彼らを一瞥する。平和島静雄は彼らにとって恐怖の対象なのか小さく震えてさえいるようだった。僕と静雄が友人だなんて彼らは知る由もない。
 静雄は不器用だけれど友達思いのいい奴だ。そんな奴に何を言うべきか、その結果どんな未来が待っているか僕には痛いほどわかった。だからこそ、笑顔で吐き捨てる。
「この人たちにカツアゲされて殴られた!」
「俺のダチに何手ぇ出してんだてめえらああああああぶっ殺す! 一人残らず殺す! 逃げんなごらぁ!」
 予想通り。阿鼻叫喚地獄絵図。まあでもこれで邪魔なものはなくなった。万々歳というやつだ。



「助けてくれてありがとね」
 臨也と門田くんと別れた帰り道、静雄と二人きりになったときに改めてお礼を言う。照れ臭いのか僕に顔を向けることなく「おう」と短い返事をしただけで、それ以上何も言ってこなかった。
 元々喋る方じゃなく、むしろおとなしい人間に分類される静雄は必要最低限のことしか喋らない。そこが静雄の良いところだとしみじみ思った。
「……あ、金。さっきも言ったけどきちんと返すから」
「別にいいのに。あれくらい。門田くんも臨也も本当に律儀だなぁ」
「律儀っつーかさ……」
 そう言い、少し黙って考える素振りを見せる。唇を軽く尖らせ、何を言っていいのか悩んでいるようだ。静雄は遠回しに自分の感情を伝えたり、言葉遊びをするような性格ではない。いつだって自分の言葉でまっすぐ表現する奴だからこそ、手助けをするこもなく僕も黙って言葉を待つことにした。
「俺ら友達だろ?」
「そうだよ?」
「どこの世界に友達に遊ぶ金貰う奴がいるんだよ」
少し間を開けて、
「臨也も言ってたけどさ、せっかく遊ぶんだから自分の金で……。んんん? だから、えっと……、わけわかんねえ」
 頭を横にゆらゆら揺らせながら言葉が降りてくるのを待っているらしい。
荷物で手が塞がっていなければ頭の一つでも掻いていたかもしれないな、と悩む静雄の姿を見てぼんやり思う。
 何度か躊躇いながらも静雄は首を傾げつつ、静かに語り始めた。
「お前とか臨也みたいに言葉知らねえから感じたままでしか言えねえけどよ、俺今日めちゃくちゃ楽しかった。行ったことのないところ、やったことのないことやれてよかったよ。だからこそ自分の分は自分でなんとかしたいと思うし、そうじゃなくてもそういうお金のやり取りはダメだろ」
 どうやら僕は叱られてしまったらしい。渡す側としてはたかがお金という感覚なのに受け取る側ではまた勝手が違ってくるんだね。友達とは難しいものだ。物でどうにかなる関係じゃなくて、それを超えたところを重視するべきらしい。
「そっか、うん。なるほどね。大丈夫、君の気持ちは伝わったよ、ありがとう」
「おう。それに、ここでお前から金取ったらさっきのクソみたいな奴らと一緒になるしな」
 実際あの後、何があったかに気づいた臨也が彼らから治療費としてお金を巻き上げるということが起こっていたのだけれど、口を開かないでおこう。トイレに行く振りをして戻ってきた途端にひらひらとお金を見せつけてくるものだから、思わず昼休みの自分の姿を思い出してしまった。静雄の発言からいくと臨也も彼らと同じ扱いになってしまうね、可哀想に。
「あっ」
「どうしたの?」
「話変わるけど、臨也もめちゃくちゃ楽しかったって言ってたぞ。またこうして遊びたいって。お前に言うなって言ってたけど、こういうのは言ってもいいよな」
「臨也が?」
「おう。どうせそんなことはもうないんだろうけど、ってグレてうざかった。だからお前呼びに行ったんだよ」
「また、ね」
 今回のこれはセルティのためにみんなを巻き込んだだけに過ぎなかったのだけれど、その中で各々が特別な思いを抱いてくれたのならそれもいいかもしれない。
 それにしても臨也の奴、僕にはそんなこと一言も言わなかったのに。素直じゃないなあ。



「…………なんてこともあり、その猫まんじゅうは僕たちの元へと舞い降りたんだよ」
 セルティに頬の手当てをしてもらいながら床の上を陣取っている猫まんじゅうについて語る。頬は血も出ていないし、平気といえば平気なんだけれどせっかくセルティがやってくれるというのだから甘えないわけにはいかない。
「気に入ってくれたかな」
『ああ、今日から抱いて寝るよ』
 僕のほうがセルティに抱かれたい。むしろ僕がセルティを抱きたいのに! ここにきて猫まんじゅうが敵になってしまった。
『でもそうか。みんなでこれをなぁ』
「うん。取ったのは僕だけどね?」
『わかってるよ。にしても、お前もたまには友達と遊べて楽しかったんじゃないのか。話を聞く限りじゃ、静雄と臨也も楽しんでいたみたいだしな』
「たまにはこういうのもいいかも、とは思ったよ」
『お前はもう少し友達と遊ぶ時間を増やした方がいいのかもしれないな。こういうのは学生のうちにしかできないものだぞ。こうやって、私の行けない場所の話を聞くだけで私も行けた気分になって楽しいしね』
 びび、と電流が走ったような気がした。頭の中でかしゃかしゃ何かが音をたてながら構築されていく。
「……楽しい?」
『うん』
「僕が遊べば、セルティも楽しんでくれる……?」
『あぁ、もちろん。そのためにもお前がもっと友達と外で遊……おい新羅、話聞いてるか? おーい……』



「ねえねえ、今度はプールにでも行ってみない? 映画館でもいいし、カラオケでもいいよ! 僕としては全部行きたいな!」
「一体どんな心境の変化? まあ、新羅が行きたいなら俺はどこでもいいけどー」
「カラオケ……プール……だと?」
「岸谷、俺もか?」
「君がいなかったら二人の喧嘩を誰が止めるんだい?」
「だよなぁ……」


終わらない青春賛歌



ぱちぱち


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