・静臨要素若干有


 ブザーの音とともにいくつものボールが二人の手から放たれていく。
 臨也は元から運動神経が良いこともあり、難なくリングの中へボールを通していった。あのボールがわずかにしか大きさの違わない輪の中にはいるなんて僕には信じられない芸当だ。僕ならまず届かない。
 心底楽しそうな表情でボールを扱っている臨也の方が普段よりも健康的で高校生らしい。そんな爽やかな色を臨也が望むかは別として。
 一方で静雄は門田くんの言いつけに従い、高くボールを上げそれをリングの中へ落としていくという作業に徹している。臨也ほどではないが、静雄も順調にゲームを進めているようだ。
 ただ、
「入った……!」
一本入るごとに律儀にガッツポーズをしているものだから臨也との差は開いていくばかりだ。臨也の言う通り、結果は初めから見えていたのかもしれない。
「岸谷。……なんかよ」
「ん?」
「こうしてみると、俺らって高校生だよな」
「……そうだねえ」
 ゲーム終了のブザーが鳴り、肩を落とす静雄を慰める門田くん。その姿を見て思う。心の闇という言葉は僕たちから程遠いところにあるんだろうな。臨也に至っては全身が闇一色で染まっているし。
 うん、僕の世界は今日も平和だ。



 店の奥へと進むと、UFOキャッチャーの機器がならぶ一角に辿り着いた。見渡す限り景品の入った機械が置いてある。
 今日わざわざ貴重な放課後を使ってまでこの場所に来たのは他でもない、セルティのためだ。セルティが昨日言っていた言葉を頭の中で反芻させる。このような景品にセルティがどのような憧れを抱いているかはよくわからなかったが、間違いなくあのときのセルティは可愛かった。セルティはもちろんいつでも可愛いけれど、あのときの特別可愛いセルティをもう一度見たい。
 適当に目についた機械に走り寄る。中には幼い女の子向けだろうか、キラキラ輝くプラスチック製の宝石に見たてた塊やビーズなんかが入っていた。アームの部分がスコップのようになっていることから察するに、これで掬うのだろうか。景品といえど色々ありそうだ。目に付くだけでも、お菓子の詰め合わせ、ストラップにぬいぐるみ、中には腕時計なんかもある。これはすごい。
「俺これ知ってる。ガーってやって横に動かしてがしゃんってやつだろ」
「シズちゃん、ここは日本なんだから日本語で喋ってくれないかな。何を言っているのかさっぱりわからないや」
「だから臨也おまえは静雄を刺激するな。どうしてそうやっていつもいつも」
 後ろで三人が騒ぐ中、僕の頭の中にはセルティが可愛いといっていたねこのデザインが浮かんでいた。ところどころ曖昧だが、色や形状などは覚えている。でっぷりとした顔に茶色と灰色の模様のあったあのねこは何か名前でもあるのだろうか。僕ならばあれに『猫まんじゅう』という名前をつける。
「何探してるんだ?」
 景品に目を凝らしている僕に静雄が話しかけてきた。
「静雄、ねこといえば何を思いつく?」
「……にゃん」
「そういう路線じゃないんだけど……、まあいいや。ありがとう」
 ふむ、いないものだな。テレビの映像が流していたゲームセンターとここは違う場所だから無いのは当然といえば当然なのだが、景品なんてものはどこも一緒というわけではないのか。さすがにこんな情報を臨也が持っているとは思えないけれど頼るのもひとつの手段なのかもしれない。未だ門田くんに怒られている臨也に話しかけようとしたところで、袖が引っ張られた。何事かと振り返ると静雄が少し離れた場所を指でさしている。
「猫ってあんな感じか?」
 静雄の示している先には人間の胴体くらいのぬいぐるみが数個ぽてぽてと機械の中にあった。その形状、色、表情とどれをとっても間違いない。昨日セルティが可愛いといっていたねこだ。
「静雄、僕はいま猛烈に感動しているよ。欣喜雀躍に等しい喜びを感じている」
「もっと分かりやすくいってくんねえとわかんねえ」
「ありがとう」
「おう」
 本当に静雄には感謝しているよ。見つけるという第一段階を達成できたのだから。本番はここからなんだけれどね。



「まった落ちた! なにこれ、アームの力弱すぎるんじゃないの!? 無理だってこんなの諦めた方がいいよ」
「はいお金追加。このお金は全部僕が持つから安心してくれていいよ。それにこれはセルティへのプレゼントなんだからね。ほら、頑張って」
「それが悔しいんだよばかあ」
 ぎゃんぎゃん騒ぐ臨也の横で僕は硬貨投入口にお金を入れる。この調子でいくとお金が尽きる方が先な気がするなぁ。
 セルティへのプレゼントにあれが欲しいと三人に告げてからもう十分は経つ。自分の力で取った方がセルティへの愛は伝わるんじゃないかなと思い、初めこそ頑張っていたものの見当違いのところにアームが動き、それを十回繰り返したところで泣く泣く一番手慣れているであろう臨也に交代した。その結果僕のときよりはまともになったが、それでもまだぬいぐるみが手にはいるまでは遠そうだ。
 門田くんはこういうのが苦手なようだし、静雄に至っては未経験者だ。頼るだけ無駄というわけじゃないけれど。「絶対取ってみせるから俺が取れたらひとつ頼み聞けよ」と、そんなことを臨也に言われてしまった以上、他のひとに交代なんてできない。臨也の意思を尊重してあげる僕のなんと友達思いなことか。
「変なこと考えてるだろ」
 恨みがましい視線が肌にちくりと刺さる。それを適当にかわしてやれば、臨也はぼやきながらも再びガラスの向こう側の景品に目を向けた。
「臨也、大変なら代わるよ?」
「うるさいなぁ。俺が大丈夫って言ってるんだから新羅は黙って見てて」
「もう、わがままなんだから!」
 人の好意を素直に受け入れないところは相変わらずのようだ。忠告や助言なんて聞きやしない。
 むきー、という声をあげる臨也は必死な顔でねこを見ている。ふてぶてしい顔のねこにさらに怒りを増長したのか、声にならない声をあげながらボタンを押し位置を調節する。そしてぬいぐるみを挟み込むという段階で力が弱く結局掴めないまま、アームが所定の位置に戻っていくのだ。この流れをもう30回は見た。
 いつの間にか静雄と門田くんは消えていて、僕ら二人の周りにはドス黒い空気が漂っている。ごめんセルティ、今まさに心が闇に呑み込まれているよ。
「ちょっと……店員脅してくる……」
 不吉な、それでいて本当に実行しそうなことを呟き機械の前から臨也が離れると、それを待っていたのか女の子集団が入ってきた。かわいいー取れるかなあ大丈夫だって、などと楽しそうな声をあげながらお金を入れボタンを押す。5分ほど楽しげな声をあげて、撤退する頃には2つのぬいぐるみを抱えていた。
「俺、もう少しがんばってみる……」
「……応援してる」



「これ、もうあれじゃない? シズちゃんに壊してもらったほうが早くない?」
「発想が物騒だからだめ。それなら景品が落ちてくる穴に手を入れるべきだよ」
「それもやばいだろ」
 あれから数十分。臨也と交代でぬいぐるみに取り掛かったものの、男には興味ないと言わんばかりに一寸も動かなかった。
「なんで取れないんだと思う? やっぱり僕らが下手なのかなぁ」
「ここまでくると、気持ちが足りないんじゃない?」
「セルティへの愛が足りていないだって!? そんなまさか! だとしたら僕は……僕は!! 」
「ボタン押す時に横から見ないから距離感掴めてねえんだろ。新羅持っててくれ」
 静雄の声に振り返れば、今までどこに行っていたのか大量のお菓子の詰め合わせとぬいぐるみを持っていた。頭の上には小さい猫のぬいぐるみが乗っている。門田くんの姿は見当たらない。トイレにでも行っているのだろうか。
 言われたまま静雄の荷物を受け取る。もしかしなくてもこれは店内にあるUFOキャッチャーの景品だ。静雄がなぜこれを持っているのかと疑問に思った時、何を思ったのか突然静雄が臨也に抱きついた。
「う……、うわああああああ!?」
「っわああああどうしたんだい静雄! ついに頭がおかしく!?」
「やだああああ新羅たすけてええええ」
「うん、お前のことは後で殺してやっから今は黙ってろ。肋骨全部折るぞ。頭ゲームに打ち付けて頭蓋骨粉砕してやるか?」
 淡々とそう告げる静雄に臨也の悲鳴と動きがぴたりと止む。その代わりに臨也の体がぷるぷる震えだし目に涙が浮かび始めた。一方で静雄は平気な顔で機械を操作している。臨也の手の上に自分の手を重ねボタンを押したかと思えば、体を傾け斜めからゲームの中を覗き込む。そして何度か頷き、手を離した。
「うし、こんなもんでなんとか」
「シズちゃん鳥肌凄いから体押し付けないで」
「あん? てめえのケツの方がやばいだろうが。どうにかなんねえのか、気持ち悪い」
「もうやめてくれ! それ以上誤解を生む言動は懲り懲りだ! そんなつもりは毛頭ないから安心してね! 大丈夫だから! ねえ、新羅ならわかってくれるよね!?」
「るっせえな。それ以上喋んなら背骨叩き割るぞ」
 ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人の周りにいるお客さんからの視線を感じる。中には「ゲイか……」「ゲイカップル……」なんて声も聞こえてきて、友人としては笑うことさえできなかった。
 肩をぽんぽんと叩かれる。何も言わずとも手の主がわかり、こくりと頷いた。
「…………平和だな」
「門田くん……大丈夫? きちんと目開いてる?」
「開いているが現実じゃないところを見ている」
「じゃあ仕方ないね」
 投げやりで適当な言葉の応酬に乾いた笑いを混ぜながら、二人の背中を見る。嫌な想像が頭の中で膨らみ思わず吐き気を催してしまった。せめて僕だけは清らかな関係の友達でいよう。それ以上でもそれ以下でもない関係に。
「あれ、は、え、シズちゃん……なんで?」
「どうしたの臨也。そんな変な声あげて眠たいの?」
「だって……」
「コツさえつかめば誰でも取れんだよ。ほら新羅」
 静雄の手から何かが投げ渡される。その塊を受け取るともふもふとした肌触りを手に感じた。抱きかかえるようにしてその塊の正体を探れば、つい何分か前までガラスの向こうからふてぶてしい顔を向けていたねこがいた。
「す、すごいよ静雄。どうしちゃったんだい!?」
「そうだよ、どうしてシズちゃんが取っちゃうの!」
 臨也から離れ、ブレザーを払う静雄はきょとんとした顔で門田くんの方を見る。
「門田にやり方教えてもらった」
「教えたからって本来、そんな簡単に取れるものじゃないんだが……」
「教え方がうまかったんじゃねえの? 俺でもすぐわかったくらいだし」
「それにしてもなぁ、横から覗き込むとしか教えてないぞ? 飲み込み早いとかいうレベルじゃねえだろ」
 青は藍より出でて藍より青しという言葉があるが、こうもあっさり師を超えてしまえばこの言葉の意味も軽いものになってしまう。
 でもそうか、静雄でも取れたのか。ふうん、なるほど。
「じゃあ次は僕が取ろうかな」
「はあ?」
「これ臨也にあげる。僕からのプレゼントってことでいいよ」
「えっと、新羅?」
「いやあ、なんか静雄を見てたら僕でも取れるんじゃないかって思えてきてさ」
 やっぱり自分でとった方が愛を感じるだろうしと言葉を続ければ臨也と静雄に殴られてしまった。本当のことなのに。



「わーい、取れた!」
「死ね!」
「ばかしんら!」
「……よかったな」




ぱちぱち


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