・来神時代


「セールティ、何見てるんだい?」
『新羅』
 お風呂上り。未来の彼女であり伴侶となる予定のそれはそれは美しいセルティが、何やら真剣な様子でテレビを見ていた。セルティが見ているものを共有したくて画面を見れば、警察と学生が揉めている場面が映し出されている。
「これは……」
 画面には、『不良少年の心の闇に迫る!』という陳腐な内容の煽りが表示されている。セルティがこんなものに興味を示しているだなんて意外だな、と感慨深い気持ちになっていれば、カタカタとPADに何かを打ち込み僕の眼前に突きつけてきた。
『不良になったらだめだぞ!』
 うん、かわいい。
 今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られるが、付き合ってもいないのにそんな愚行を働けばセルティに嫌われてしまう。こういうのはきちんと段階を踏んでからでなければ。ああ、でもかわいいよセルティ!
『心に闇を抱えていたらすぐに言うんだ』
「大丈夫だよ。僕は清廉潔白な心の持ち主だからね。それに俺にはセルティがいるからさ、いつでも心は浄化されまっさらだよ」
『また冗談を……。本当にお前は面白いやつだな』
 肩を揺らして笑う仕草を魅せるセルティはテレビの展開が気になったのか再び見始めてしまった。テレビに負けてしまったようでどこか悔しい。
 ぽたぽたと髪から雫が垂れる。このままでは風邪をひいてしまうと髪を乾かそうとしていたら、急にセルティに腕を掴まれた。
「セルティ?」
 わずかな期待を胸にそう問いかければ、疑問を浮かべたセルティが再びPADに指を滑らせる。
『なあ、映画館とかゲームセンターとか、コンビニとかって不良の溜まり場なのか?』
「映画館は初耳だけれど、その他のところはまぁ……そうかな」
『……残念だ』
 そう言ってがくりと肩を落としてみせる。意気消沈したセルティは、力なげにテレビを指差した。そこには先ほどと同じように、不良と呼ばれる子たちが警察官と言い合っている場面が映し出されている。しかしさっきと違っているのは、その舞台となっている場所だ。夜のネオン街から建物内に変化したそれは、僕の見間違いでなければゲームセンターのように見えた。
「行きたいの?」
『行きたいというか……その、』
「僕に遠慮なんてしなくていいんだよ。行きたいところがあったらどんどん行ってくれ。可能な限りその願いを叶えるから」
『そんな大層なことじゃないんだ、ただな』
 セルティの指が映像の一部分をくるくると囲うように動く。その指が示した輪の中には、
「……UFOキャッチャー……」
『買えば早いということはもちろん承知だ。でも、こういう風にして手に入れたものというのは感動も一押しというか……』
 もじもじ体をくねらすセルティは両手の人差し指を合わせ顔を俯かせた。恥ずかしがっているセルティを襲ってしまいたいという欲を拳を握りしめながら耐えつつ、セルティの次の言葉を待つ。
「……というか?」
『あのねこ、かわいい』
 ぶつん。僕の中で何かが切れた。




「それからの僕の頑張りは常人のそれを超えるよ。自らの欲望を耐えるということは相当大変なことなんだ。それに僕の場合、敵は人間の三大欲求の一つだからね。愛ゆえに沸き起こる性欲が愛の力によって押さえつけられる。この欲望は愛へと昇華され、そしてまた同じサイク」
「うるせえ。俺に対する嫌味か。鼻にいちごミルクぶち込むぞ」
「結局お前は何が言いたいの。性欲魔人ということを俺たちに伝えたいわけ?」
「わあ、びっくりするほど冷たくて泣きそうだよ! 門田くんならこの気持ちわかってくれる?」
「……飯くらい静かに食え」
「ひどい!」
 昼休みといえばお弁当。お弁当といえば野外。野外といえば屋上。
 そんな安易な考えを最初に思いついたのは誰だったか。僕たち以外の人間がいない屋上には外気に混ざりそれぞれの昼食のにおいが漂っている。
 毎日訪れるこの時間は、学生にとって煩わしい授業というものから長時間解放され、なおかつお腹も満たされるという幸せと形容するしかないものだ。その時間を共有している僕たちは、友達と呼ぶのに相応しいのかもしれない。
 臨也の付き添いとして昼食を共にする門田くんとも、最近ようやく一対一で話ができる仲になった。これが僕の学校生活にどういう影響を及ぼすかはわからないが、番長とも囁かれる門田くんと仲良くしておいて損はないだろう。それに彼は良い人だ。お人好しという言葉をつけるのもおこがましいくらいの。でなければ、僕らなんかとわざわざ屋上でこんな時間を過ごすこともないだろうし。
 閑話休題。今回僕が昨日の夜の話を始めたのにはきちんとした理由がある。
「別にね、僕の一人我慢大会を聞いてもらいたいわけじゃないんだよ」
「うそつき。絶対そうだったろ」
「臨也はこの手の話になると手厳しいなぁ」
「ふん」
 聞く耳すら持とうとしない臨也の耳に僕の話はどう届いたのだろうか。自分にとって都合の悪い話を聞かないのはこいつの悪いくせだ。今回の話のどこに都合の悪さがあったのか、話した僕自身でさえ感知していないが。
「話を戻すよ。本題はここからなんだ」
「言うなら早くしろ。静雄がもう限界だ」
「急かさないでほしいなぁ。君たちが放課後、まっすぐ家に帰るような人間だと見込んで頼みがあるんだ」
 そう言うと、興味を持った臨也が僕をじっと見始めた。何が言いたいかわからないんだろう。特に臨也には。中学時代でさえ数回しかなかった僕にとっての非日常に、今からみんなを巻きもうとしているのだから。
 ブレザーのポケットから財布を取り出し、用意しておいたものを抜き取る。
「今日の放課後、僕と遊ばないかい?」
 見せつけるように持っている一万円札四枚が、風にパタパタと揺れた。




「そうならそうとはっきり言ってくれればいいのに」
「ごめんねえ」
 ゲームセンターの自動ドアの前でぽつぽつ文句を言う臨也の顔は、遠足を心待ちにしている子供のようだ。楽しみな気持ちを隠しきれていない。中学時代も放課後は部活以外──それも一年生の夏で活動停止になったが──でしか臨也と時間を過ごさなかったし、こうやって遊ぶことが楽しいんだろう。まだ臨也に普通のことを楽しいと思う心が残っていればの話だが。
「俺、こういうところ初めてきた……」
 臨也に負けず劣らずの調子で目を輝かせているのは静雄だ。僕ら三人は三人しか友達と呼べる人間がいない。僕はこんなだし、臨也と静雄が仲良くゲームセンターに来るだなんて地球が粉砕して塵になってもありえないことだ。臨也ならば他にも人脈があるから来たことはあるだろうけれど、静雄は違う。
「それにしても、岸谷マジでいいのか。俺今金全然ないんだが……」
「いいよいいよ。僕もバイトでたくさんお金貰ってるし。だからその分、もし静雄と臨也が喧嘩しちゃったらよろしくね」
「了解。そんなもんで釣り合う額とは思えんが……」
 今日遊びに付き合ってもらうお礼として、みんなには一万円を渡した。臨也はいやいやと首を振り受け取らなかったけれど、これから僕がみんなにお願いする内容にはある程度の出費は免れない。それでもいいのかと訊ねてみれば、それでもいいなんて真剣な顔で返してくるものだから臨也がこの時間を精一杯享受しようとしている心意気が伝わってきて、思わず笑ってしまった。
「俺の顔に何かついてる?」
「……君の周りがキラキラ輝いて見えるなと思って」
「そういうのは俺に言うより片思いの相手とやらに言った方がいいんじゃないの?」
「別に口説き文句じゃないんだけどなぁ」
 そんなことを話していたら、女の子の団体が僕たちの後ろからお店に入ろうと割り込んできた。それを合図に僕たちもお店の中へと入る。そういえば僕もゲームセンターなんて初めてかもしれないな。もし何かわからないことがあったら臨也にでも聞こう。



「どうして千円札を用意しないんだよ」
 臨也の呆れた声が聞こえる。どうやら早速やらかしてしまったらしい。UFOキャッチャーが一ゲーム100円だとは知っていたけれど、その他のゲームも100円硬貨で払うとは思わなかったんだ。
 店内の傍にある両替機でひたすら札を硬貨に変えていく。臨也に万札と千円札とを交換してもらい、それを機械に通すという作業を何回も繰り返す。財布の中はぱんぱんに膨らんでいた。
 静雄と門田くんは店内を探索したいという静雄の申し出を受け入れ、二人でぷらぷら歩いているはずだ。ここからでは二人の姿は見えないが、広すぎない店内だしすぐに見つかるだろう。
「君は行かなくていいのかい?」
「べつに」
「ふうん。……それにしても、ちょっとうるさいね。こういうものなの?」
 様々な機械がゲームの説明を流していたり、学生であろう客の声で店内は外では考えられないほどの騒音に満ちていた。この空間が好きな人ももちろんいるだろうけど、どうやら僕には合わないみたいだ。
「うん。基本はね。それにここ、客層も偏ってるしなおさらだよ」
「偏ってる?」
「あまり良い人間が集まる場所じゃないんだよ。一部の人間にとっては出会いの場になっているし、ナンパスカウトカツアゲ……あと、援交の待ち合わせ場所にもなってるみたい」
「さすが臨也だねえ。僕の知らないことをよく知っている」
「知っていることを知っているだけだよ」
 最後の千円札を機械に飲み込ませる。吐き出された硬貨を財布に詰めると、ずしりとした重さが伝わってきた。臨也の言う通り、八千円分だけ両替してよかったと思いながら半分の硬貨を渡す。僕一人が持つには多過ぎる量だ。
 さて、どうしようか。



「なんか、すごいな」
「シズちゃんの感想小学生みたい」
「お前はそうやってすぐ静雄に絡むな。静雄も勝手に歩くな!」
「だってすげえ」
「だとしてもだ!」
 門田くんを連れてきて本当によかった。僕一人じゃ二人をどうにもできなかったもの。どうにかする気もないんだけれどね。喧嘩したら放っておくし。
 各々の音が好き勝手に流れている不協和音の中をぞろぞろと歩く。臨也の言っていた通り客である人たちの人相は良いとは言えない。中には普通の女子高生なんかもいるけれど、その子達を狙っている輩がその倍いることも事実だ。臨也曰く、ここが特別悪いだけで他のところでは子供が親から離れて遊んでいるくらいだというから、どう評価を下していいかわからないというのが本音でもある。わかっていたのになぜ止めなかったか訊くと「面白いから」という答えが返ってくるあたり、あいつは折原臨也だ。
 店内にはUFOキャッチャーとプリクラ、その他パチンコを模したものやさまざまな種類のゲームが置いてある。どれがどう面白いのかいまいちわからなくて適当に歩いていると、先頭を歩いていた静雄がある一点を見つめていた。そこに視線をやると、機械の上にバスケットシュートが備えられている。これもゲームの一つなんだろうか。
「何シズちゃん、あれやりたいの?」
「やりたいっつうか、興味ある。なんだあれ?」
「普通のバスケットと同じだよ。ボールを入れればそれが得点になるの。あ、そうだ。勝負してみよっか。ちょうど二人で対戦できるようになってるし」
「てめえとなんて絶対い」
「別に勝てないならいいんだよ? 俺だって無理にやろうって言ってるわけじゃないしね。やる前から結果がわかっているし、逃げたってしかたないよ」
「よしやるぞ」
 臨也の単純な挑発に乗るから君たちはいつまで経っても喧嘩するんだよ、と言おうとしたがそれよりも先に臨也がお金を投入口へいれる。自分の分は自分の財布から、静雄の分はさっき渡したお金から、と分けていれるところは几帳面な臨也らしいと思えた。
 お金をいれた瞬間、ごろごろとバスケットボールが転がってくる。制限時間がパネルに60と表示されるのを静雄はいつになく真面目な表情で見ていた。
「静雄、いいか。壊したら面倒なことになるから、ゴールにボールを投げるんじゃなくて、ゴールに落ちるように高く上げろ。そうすりゃ大丈夫だから。たぶん」
「その分タイムロスにはなるけどね。まあ、壊されるよりはマシか。臨也も頑張ってね」
 もし壊れても、最初から不備があったと言い張ればなんとかなるかもしれないが、それは最終手段にしておこう。ようは壊れなければいいのだ。
 それにしても、二人とも本当に楽しそうな顔をしているなあ。こうして見るとこの二人の歪みを忘れてしまう。
 ──ビー、とゲーム開始のブザーが鳴った。



ぱちぱち


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