「……一体なんだってんだ?」
「そんなの俺が聞きたいよ」
 三好くんの言っていた『楽しいもの』ってまさかこれのことなんだろうか。園原杏里が心の底から憎んでいるはずの俺を庇う、それを三好くんは前もって知っていたと? そんなことはありえないと思いたいのだが、こう考えるとその方が三好くんの言動としっくりくる。3人が接触して口裏を合わせていたという可能性も十分にあるのだから。
 とはいえ、何を目的にそんなことをするかまでは全く分からないが。
 今の状況で間違いなく言えるのは、俺の知らないところで何かが起こっているということだけだ。そして残念なことに俺は今回、渦中のド真ん中にいるらしい。それが池袋全体を巻き込んだことなのか、はたまたあの子たちの中での悪戯か、規模は分かり兼ねるが。
 ……正直に言おう。とても面白くない。予想外の行動をとるから人間は面白い。けれど、それが俺の知らないところで、しかも俺を中心に起こっているとなれば話は別だ。
 物語の裏には必ずそれを始めた誰かがいる。今回のこれは一体誰の仕業なのか。三好くんと園原杏里を結びつけること自体間違いなのかもしれないけれども。
 ぱちん、と泡が弾けたかのように我に返る。平和島静雄の前だというのに考えに耽ってしまっていた。悶々と考えていた俺を、シズちゃんは黙って見ていたのか、眉を寄せながら俺のことを睨んでいる。
 ああ、そうだ。シズちゃんは俺のことを疑ってるんだよな。何か予想外のことがあればすぐ俺に繋げる単純思考回路は羨ましくもあり、憎々しくもある。 俺だって全知全能じゃないんだよ、化け物め。シズちゃんの視線に返せる言葉が見つからず、無知さを痛感させられたような気分になった。
「なあにシズちゃん。俺の顔に何かついてる?」
「……なんで手前、キレてんだよ」
「はぁ? 誰が、俺が? え、そんな顔してた?」
「顔はいつものくそうぜえままだけどよ、なんか雰囲気っつーか」
「……別に、キレてないよ。シズちゃんじゃあるまいし、別に怒る理由なんてないしね」
 なんて嘘だけど。本当はちょっとだけ怒ってる。だって何も分からないんだもん。面白くない。
 辺りを見渡す。路地裏には俺達以外の通行人はいない。通りに出たらまた何か掴めるだろうか。せっかくの休日なんだからこのまま事務所に戻ってゆっくりするべきか、それとも好奇心に任せてもう少し池袋に残るべきか、いまいち決断を出せずにいる。
「おい、臨也」
「何? 俺こう見えて暇じゃないんだけど」
「後ろ」
「は、後ろ?」
 シズちゃんの言葉にゆっくりと振り返った瞬間、目の前をビュ、と何かが横切った。慌てて一歩下がり、突如目の前に現れた物体から距離を取る。
「しーねー!!」
 もう一度、何かが眼前に迫ってきた。それをしゃがんでなんとか躱す。頭の上を通過していったそれを確認してから、数歩後退り態勢を立て直した。
「……あはっ、さっすがイザ兄! 普通の人なら最初の一撃で昏倒しててもおかしくないのに! ……あ、そっか! もう、静雄さんなんで教えちゃったのさー? もう少しでイザ兄を亡き者に出来るところだったんだよ?」
 路地裏に響く甲高いその声に、はあ、とシズちゃんが大袈裟に溜め息を吐く。シズちゃんの怒りを孕まない純粋な呆れに珍しさを感じながらも、声の主である舞流の姿をしっかりと視界に入れる。
「お前さ、いい加減街中で出会う度に俺のこと蹴り付けてくんのやめてくれない?」
「どうして?」
「どうしてもに決まってるだろ。というかお前、九瑠璃はどうした」
「クル姉ならいるよ、すぐ後ろにね!」
 そう言いながら舞流が笑みを深めると、背中に固いものが押し付けられた。慌てて体を捻ると、無表情のままスタンガンをバチバチと鳴らすもう一人の妹の姿が目に飛び込んでくる。
「あれ、クル姉スタンガンなんて持ってたのー?」
「前……欲…………買……」
「へぇ……、いいなぁ。私も欲しいなぁ」
 能天気な声で会話する妹二人のやり取りをシズちゃんはぼんやりとした様子で見ていた。普通の人間ならば驚くなり怯えるなりするだろうに、慣れというものは恐ろしい。俺自身何も思わないあたりがそれを実証している。
 九瑠璃の持っているスタンガンは、以前奈倉を通して茜ちゃんに渡した改造されたそれより電力が強そうだ。2人から距離を取りつつ、舞流と久瑠璃の顔を睨む。あれをモロに喰らったら、体が動かないどころの騒ぎじゃないんだろうな、なんて思いながら。全く、油断も隙もあったものじゃない。

「でもなぁ、お前達がこいつを殺すのは……そりゃあ嬉しいけど、お前らの人生がこいつのせいで台なしになるってのは……」
 言いながらちらり、と俺の方を見る。素知らぬふりをしていると、視線はすぐに妹たちに戻された。
「大丈夫ですよー。もう私たち兄貴のせいで外も中身もめちゃくちゃだし」
「切……悲……泣…」
「小さな頃から色々されてきましたから。ねっ、イザ兄!」
 ダメだ、いい加減こいつらを黙らせないと話が進まない。シズちゃんはシズちゃんで急に険しい顔をしているし。と、思ったら今度は何か思いついたのか、ぱっと表情を明るくした。ころころ表情の変わる様にどこか親友の姿を思い出す。
「前に言ったろ。ほら、あれだ。そう、笑いながらダンプだ」
「そうだった!ダンプで後ろからドーンとね」
「前からでも後ろからでも俺は特にこだわらねえよ」
「……承」
 本人を目の前にして殺害計画を企てるのはどうかと思うんだけど。こいつらシズちゃんと絡むと悪のりするから嫌なんだよなぁ。シズちゃんの方は本気だし。
 苦手なものと苦手なものを足しても、良い物は生まれない。それならば好きなものと好きなものを足して良いものが生まれることを期待した方がまだマシだ。どちらの場合も確かな保証はどこにもないけれど。
 さて、どうしようか。この3人に追い掛けられたらさすがの俺でも身がもたない。話に夢中になっている隙を狙って、いつの間にかいなくなってましたパターンがベストだな。
 早く話が俺から違うことに逸れないかな、と待ってみる。3人で仲良さそうに話してるし、今なら逃げても平気、……といかないのが平和島静雄だ。
 今はじっとその時を待つしかない。
「もしイザ兄が死んだら幽平さんに会わせてくれますか?」
「気が向いたらな」
「会……見……触……欲」
「触りたいね……、肌とかすべすべなんだろうなぁ」
 ようやく話が俺から幽くんにズレたようだ。幽くんの話題はブラコンのシズちゃんは大好きだし、後は退路とタイミングさえ間違えなければばっちりシズちゃんから逃げられる。
 今の俺の中では、平和島静雄の前から逃げること、これが最優先されていた。
 足を悟られないよう静かに後退させる。そのまま背中を向けて一気に駆け抜けようとした時、
「よーしっ! じゃあ早速ドーン!」
「あ?」
「へっ? ……おぶっ」
 突然舞流が声を張り上げたかと思うと、ドスーンという衝撃を真っ正面から受け、後ろに倒れこむ。地面に頬を擦り付けてしまったため、裂けるような鋭い痛みが走った。
「んだ? この餓鬼?」
「友……」
「良き友!」
「……別にそんなに褒められた奴なんかじゃないんだけどなぁ」
「好意を素直に受け取らない捻くれボーイ!」
「うん。もうそれでいいよ」
 上から、若い男の子の声が聞こえる。呆れたような、それでもどこか満更でもないような声は以前何処かで聞いたことがあった。
「……君は、黒沼青葉?」
「どうも。あの時はお世話になりました」
 へらへらと新羅とは別の種類の笑みを見せながら俺の腹を跨ぐ黒沼青葉は、俺が声をかけたことにより一層体重を腹に預けてきた。
「ちょっと、重いんだけど」
「そうですか」
「じゃあはい静雄さん! 思う存分どうぞ」
 心底嬉しそうな舞流の姿を横目に、目の前にいる青葉くんが退ける気配のないことを察知して、シズちゃんからの暴力を覚悟する。
 痛いのはあまり好きじゃない。それがシズちゃん相手なら尚更だ。我慢はできるけれど、限界はある。
「青葉くんさ、退ける気にはならない?」
「嫌ですねえ。なるべくなら乗っていたいですし」
「その発言は聞き捨てならないな。それだと、発言を曲解されてもおかしくないよ。そこのところ、自覚しているのかな?」
「自覚も何も、そういうことですから」
「……また訳の分からないことを」
 にっこりと、舞流同様に笑う青葉くんの言葉に首を傾げているとふと九瑠璃がしゃがみこみ、耳に唇を寄せた。
「私……困……彼…………助……」
「ん?」
「彼……、変、兄……好……」
「は、なんだって? 理解できない、ていうかしたくない情報がはいってきたんだけれど」
「私……、全……言」
 九瑠璃の話を聞くとようするに、だ。青葉くんが俺のこと好きになっちゃって私たち困ってるの、助けて、ということだろう。うん、俺から言えるのはただ一言だけだ。
「俺にはどうにもできないよ」
「うーん、今日突然なんだよね。青葉くんずっとイザ兄の話しかしないの。それもなんか、思春期の女の子が話すような感じの内容でさっ」
「どうでもいいから、舞流。この子下ろしてくれ」
「さっきも、町中でイザ兄を見つけた時から追いかけようってしつこくて。静雄さんもいたから、じゃあ三人でイザ兄の動き封じようって言っていたんだよね」
「いや、聞けって」
「うーん、ねーねー静雄さん。静雄さんなら何か分かる?」
 そんな化け物に聞いても分かるわけないだろ、と言いたいのを必死に喉奥に流しこんだ。ナイス俺。今この状況で下手にシズちゃんを挑発したら、多分青葉くん共々ぷちっと潰されてしまうだろう。シズちゃんがどういう反応に出るのかを見ていた方が、まだ安心出来る。
 それにしたって舞流の話は何処かがおかしい。辻褄があっていないとか、そういう問題じゃなくて、話の内容がだ。俺を憎んでいる人間が俺の事を構い出す、これは園原杏里にも共通して言えることだ。黒沼青葉も、今俺の周りで起こっていることに繋がるのではないか。
「青葉くん、俺さ君に少し聞きたいことがあるんだけれど」
「なんですか」
「君さ、こいつらに会う前に誰かに会ったり何かしたり、されたりした?」
 園原杏里にも同じ質問をしなかったことが悔やまれる。もししていれば共通点から真実に辿り着けたかもしれないのに。
「そうですね、特に思い当たりませんが……」
 突然の質問に驚きながらも思い出そうとしているのか、思案げな表情を浮かべる。
「園原さんと、先輩に会いまし……」
「てめえ、もう黙れ」
 今まで黙っていたシズちゃんが殺気の篭った声でそう呟き、つかつかと青葉くんの前、正確に言うと俺の前に迫ってきた。顔には凶悪な笑顔が張り付いている。
「いいか。九瑠璃と舞流は付き合いも長えし、知らない顔じゃないから許してやる。でもなぁ、てめえはちげえだろ」
「えっ、え! 静雄さん、どうして突然怒ってるの?」
「ぽっと出てきてししゃりやがって、んな奴は、んな奴はなぁ……」
 舞流の声を無視したシズちゃんはじり、とシズちゃんが地面を力強く踏みしめた。目は飢えたケモノの如く爛々と輝いていて、一目でキレているのだということがわかる。
「おらっ!」
 声と共に体が一気に軽くなった。圧迫感から解放され小さく咳こむと、遠くの方で地面に何かが落ちる音が聞こえてくる。おそるおそる体を起こし、音のした方を見ると少し離れた地面の上で青葉くんがノックアウトしていた。
「……し、静雄さん。手加減は」
「したぞ」
 あの舞流でさえびびっちゃってるじゃん。本当、シズちゃんは自分の行動が周囲にどんな影響を及ぼすか自覚がないんだね。なんにせよ、助かったのには変わりないけれど。
「シズちゃんが手加減してなかったら今頃青葉くんの首と胴体がばらばらだったよ、……おっと」
 立ち上がろうとして、少しバランスを崩した。どうやらあちらこちらを擦りむいたらしく、力をいれるとびりびりとした痛みが走る。とはいえシズちゃんとの喧嘩ではこんな擦り傷なんかよりももっと酷い怪我をするし、気になるほどではない。
 ぺた、と尻餅をつくように地面に座り込んだ俺の顔をシズちゃんは怪しむような目で覗き込む。
「おい、どうした」
 ここで素直に「体が痛いんで見逃してください」なんて言ったらこいつはどんな反応をするんだろうか。俺の予想だと、絶好のチャンスだと言わんばかりに強制鬼ごっこが始まって、捕まり、フルボッコ。こんな感じかな。ああこわいこわい。そんな結末は死んでもごめんだ。
「……別に? たいしたことじゃないよっと」
 悟られないよう薄く笑い今度こそ立ち上がろうとした俺の目の前に、にゅと手が差し出された。俺よりも一回り大きくて厚い手は、紛れも無いシズちゃんのもので。
「……えっと……」
「ん」
 意図がわからず、手と睨み合いを繰り広げているとシズちゃんの手が更に差し出される。
「えーっと?」
「ん!」
「ええー……?」
 手を取れ、ということなのか。一体こいつは何を考えているんだ。いいや、深く考えないでおこう。断ったらそれこそ殺されそうだ。こういう時はなんと言えばいいんだっけ。
「あー……、ありがと?」
「ん」
「うん……え、んっ……ちょっと!?」
 突然、足が地面から離れた。
 手は握られたままで、米俵のように担がれているのだと認識した瞬間危機感がマックスまでふくれあがった。
「おいばか! 離せって、ちょっと、それはないないない! いくら寛大な俺でもそれ以上は許容範囲外!」
「降ろしてもいいけどよ、多分お前、その時は原形留めてねえぞ」
「……シズちゃん、俺のこと嫌いで気持ち悪いかもしれないけれど、今だけは見逃して。離さないでください、お願いします」
「当たり前だ、馬鹿」
 わけがわからないよ、シズちゃん。こんなのってないよ。
 生きた心地がしないって、正に今の状況を言うんだろうな。ここはシズちゃんに身を任せた方が良さそうだ。脱力し、全体重を預ける。
「つかさ、降ろしたらお前どっか行くだろ?」
「え、そりゃ……」
「じゃあ駄目だ」
「なんでだよ!」
 意味のない問答を続け、その間にシズちゃんは何かの決意をしたのか、くるりと方向転換した。そのまますたすたと池袋の町を闊歩しようとする。
「え! 静雄さん、イザ兄何処に連れていくの!?」
「ん? ああ、どこだろうな」
「静……兄……任…………迷……」
「ど、どうしよクル姉。なんかめちゃくちゃ楽しそうなことになってるよ!?」
 騒ぐ2人の姿が、だんだん小さくなっていく。あー、俺このままどうなっちゃうんだろう。もうしらないわからない。考えるだけ無駄な気がしてきた。
「イザ兄ー! 後で詳しくお話聞かせてねー!」
「忘……友…………探……」
「あっ、忘れてた! 青葉くーん!! 何処飛んでいったのー!? 青葉くーん!!」
 この一連の流れが偶然じゃなくすべて繋がっていたら、そのきっかけとなった多分黒幕と呼んでいい奴と一対一で対面したいものだ。
 九十九屋なら、何か知っているだろうか。聞くだけ無駄な気がしなくもないけれど、最終的にはあいつにでも頼ろう。液晶に映されたチャットのやり取りを思い浮かべ、一人静かにそう思った。




ぱちぱち


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