「家族みんなをね、描いてたんだよ」

それだけ言うと、突然子供の目から涙が落ちた。4人全員がそれを見て、でも誰も何も反応しないのはそれが当たり前の反応だと分かっているからだろう。普通は泣いて不安で苦しくてどうしていいか分からなくて。そんな感情が頭の中を支配しているはずだ。

俺に完全にそんな不安定な感情がないのかといえばそんなことはない。怖いとはまた違うけれど。でも現実味がない上に、悩んでいてもどうしようもないという気持ちの方が何倍も何十倍もその感情に勝っている。

仕方ないと割り切れるのは強いからなのか、大人だからか。それでも目の前で泣く子供にも伝えたい。泣いても何をしても絶対に解決しないのならば、仕方ないと割り切らなくてはいけない。それが多分、幸せだから。

「ねえ、お兄ちゃんたち、なんでそんなに元気なの?怖くないの?も、もうバイバイしなきゃいけないのに…」
「……君は、怖いのかい?」
「だって、パパやママに会えなくなるんだよ?僕、やだよ。怖いよぉ……」

でもだからってこんな絶望の縁にいる子供にどんな言葉をかけてやればいいんだろう。かける言葉を選んでいると、溜め息混じりに門田が口を開いた。

「男ならめそめそ泣くな。そんなに好きならな、最後まで父さんと母さんと一緒に笑ってりゃあいいんだよ。お前の父さんや母さんはお前の前で泣いてたってのか?」
「な、泣いて、なかったよ。僕が遊びに行くって言ったら、笑って「早く帰ってらっしゃい。智幸の好きな料理作って待ってる」って、言ってた」
「だったらお前も泣くな。泣きたくなるのは分かるが、泣いても明日には全部なくなってる。怖がらせたいわけじゃないぞ?分かるな?」
「智幸君、っていうのかな?好きな人はいないのかい?」

門田の力強い言葉と、新羅の諭すような言葉に、涙を流しながら子供は何度かこくこくと頷いた。理解しているのかどうかは分からない。それでも、目元を拭いながら必死に理解しようと真剣な表情で耳を傾けている子供からはさっきまでの弱さは見えなかった。

「お父さんとね、お母さん」
「そっか。じゃあ一緒にいなきゃね。泣いてちゃお父さんもお母さんも心配しちゃうよ?」
「……うん」
「…兄弟はいるの?」

不意に臨也が口を開いた。また下手なことを喋るんじゃないかと不安になるも、臨也の顔には微笑みさえ浮かんでいる。さっきのあくどい笑みとはまるで違うそれに、子供は警戒を緩めたようだ。あれだけ泣いて、視界に俺達がはっきり映っているかは分からないが。

「小さい妹、いるよ。一人」
「妹のことは好きかい?」
「ちょっとむかつくけど、好き、だよ。お母さんたちの次くらいに、好き」
「じゃあさ、早く家に帰って妹に「バイバイ」でも「今までありがとう」でもなんでもいいから言ってやりなよ。お兄ちゃんなんだから、妹の前でだけは絶対に泣いちゃダメだよ。ね?シズちゃん」

確か、臨也にも双子の妹がいたはずだ。こいつの場合親が二人とも海外にいて、一年に何回かしか顔を合わせていないと言っていた気がする。一緒に暮らしている家族は妹たちだけ。自分とこの子供をどこかで照らしているのだろうか。ならば俺も言うことは一つだけだ。臨也と同じ一人の兄として。

「…お前の妹、もしかしたら泣いてるかもしれねえぞ。それなのにお前も一緒になって泣くのか?兄貴なら、妹に「大丈夫だ、安心しろ」くらい言えるだろ?」

酷いことを言っている自覚はある。死にたくないと泣く子供に「泣くな。他人の心配をしろ」と言っているんだ。でもそれが自分のためにも他人のためにもなるのは確かなんだから、せめてそれだけは分かってもらいたい。苦しくて寂しくて不安なままの誰も報われない終わりなんて、そんなのは辛いだけだ。

「難しいことを言ってるね。僕には兄弟がいないから二人の言っていることがよく分からないけどさ、泣いても何も解決しないってことは分かるよ。ほら、いいもの見せてあげる」

パカリ、と新羅が携帯を開き子供に見せると、泣いて赤くなった目を一度大きく見開き急に笑い始めた。突然の変わりように驚きながら新羅の手元の携帯を見る。何が画面に映っているのか俺からは全く見えない。さっきまでの雰囲気はどこへやら、子供と新羅は和気あいあいと画面を見て笑い合っている。なんだこの変わりよう。本当になんなんだ。

「あは、何これ」
「これはねえ、今まで撮り溜めてたこのお兄ちゃん達の変な顔だよー。別名不意打ち写真集。奇跡の一枚ばかりだからね。どう?元気になった?」
「ちょっと、元気になっ…あははっ!何これ鼻の穴が…」
「おい岸谷!何見せた!」
「えー、秘密ー?臨也に至っては中学時代のお宝写真も沢山あるよー」
「馬鹿!新羅の馬鹿!何、本当何見せたの!!場合によっては殴るよ!お腹を重点的にね!」
「それは古傷が痛むなあ」

騒ぎ出す輪にあえて加わらず、今度は笑い泣きしだす子供に近寄る。画像効果のせいか少しも警戒する様子を見せない。本当あいつは何を見せたんだ。

「大丈夫か?」
「…僕わかった、もう大丈夫だよ。お兄ちゃん」

へにゃ、と力ない笑顔を作る。こんな表情、本当はさせてはいけないのだけれど、こんな状況では仕方ない。泣いても笑っても同じように時間は過ぎるんだから。

「お父さん、今日仕事ないから一緒にキャッチボールしてもらう!それでね妹と一緒に遊んで、お母さんの作ったご飯食べるんだ。楽しみだよ。わくわく!わくわく!」

そう言って笑顔でくるくる回る子供の空元気に、俺も少しだけ力をもらった。その元気があれば、せめて悲しみに包まれながら夕食を食べることもないだろう。

「じゃあ僕帰る!バイバイ、お兄ちゃんたち!!」

手を振って走っていく子供の小さな背中はすぐに見えなくなった。ふう、と誰ともなく溜め息を吐く。

「臨也は帰らなくていいの?」
「余計なお節介だよ、馬鹿新羅。どうせ九瑠璃と舞琉のことだから俺がいようといなくても勝手に騒いでるだろうし」
「あれで存外、寂しがってると思うよ?」
「いいの。俺は兄である前に一人の人間だからね。たまには吹っ切れたい時もあるよ」
「君の都合で僕らは振り回されてたんだね」
「悪い気はしないでしょ」

2人の会話を聞きながら再び学校へと歩き始めると、門田に肩を叩かれた。

「こうしてみると、本当いつも通りだな」
「だな」
「これで全てが終わるなんて想像もつかねえよ。明日も明後日もまた4人でいそうな気さえしてる」
「俺だって未だに実感ねえよ。だからあの子供にあんなこと言えたんだろうし」
「だよなあ。俺も少しはやばいなとか思うけど、別に泣くほどじゃねえわ」
「ねえねえ二人とも!屋上でご飯食べよ!屋上で!」

門田との会話に割り込むように、臨也が大きい声で叫んだ。こいつの元気も空元気なんじゃないかと一瞬疑ったが、それにしてはどこか吹っ切れたようにも思える。空元気なんかじゃなくて、臨也なりに全力で楽しんでいるのだろうか。

「私は階段上るの疲れるから嫌だ、って言ったんだけどね。門田君おぶってよ」
「なんで俺が。それくらい自分で歩け」
「やだよー。動きたくないよー」
「さすが休日は家に引き込もっているだけあるね。やっぱり学校以外で長時間外にいるのは辛いの?」
「君が思っている5倍は辛いと約束するよ。門田君お願い」
「拒否する」



……俺達はもう少し、危機感を持った方がいい気がしてきた。





ぱちぱち


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