「お、返事きた……ん?」
 携帯の画面を見る。そこには、ただぽつりと『今臨也と一緒か?』という文字の羅列が表示されていた。あまりに素っ気ない返答と、突然の質問に戸惑いながらも、何か打とうとボタンに指を添える。
 ――窓の外にいた三人組は、あれは俺の勘違いでもなんでもなく、門田と岸谷と平和島だった。あの三人が何をしていたかまではさすがに分からないが。
 別に、三人でいること自体はあの時の状況からして何も不思議ではない。しかし今重要なのは一緒にいる理由だ。その手掛かりを得ようとしても、臨也から与えられる情報だけでは正確に把握しきれないのもまた事実だ。
 この状態の臨也を放置し三人だけで仲良く遊ぶ、という考えは俺の中には存在しない。それでも実際に三人で歩いている姿を見てしまえば、その考えに多少は自信をなくす。絶対的な現実の前ではもしかしたらといった可能性は意味を成さない。
 嫌な考えが広がる。平和島が臨也に言い放った言葉や口調、態度が全て本心だとしたら。あの三人が臨也に抱いていたであろう感情は全て俺の勘違いで、本当はそんなものなど微塵も存在していなかったとしたら。そうしたら、俺はどうすればいいんだろう。臨也を慰めることの出来ない俺は、こいつに何をしてやればいいんだろう。
 ああ、駄目だ駄目だ。思考回路がおかしくなっている。それもこれもウジウジしている臨也のせいだ。感情は移るというが馬鹿に出来ないな。臨也につられて、俺まで暗くなってどうするよ。
「奈倉」
「ふぉ」
 考え事をしていたからか、突然の呼び掛けに応答しようとして変な声が出た。顔を上げると、にっこりと笑っている臨也と目が合う。綺麗な弧を口元とは逆に全く笑っていない瞳に耐え切れず、視線を臨也の首元に落とした。笑顔に恐怖を抱くという感覚はこいつといて何度も経験したことがあったが、今回のこれは桁違いだ。
「俺を放置して携帯とは何様のつもり? ちなみに相手はどこの誰?」
「いやー、ただの友だ」
「へえ、お前に友達なんていたんだ。何それギャグ? えっと、何。俺の悪口でも打ってんの?」
「いやいやいや! いたって普通の話です」
「ふうん……。お前みたいなクズでも友達とか出来るんだ。人間ってすごいよね」
 『友達』という言葉に反応した臨也は、俺にねちねちと嫌味を浴びせ続ける。俺は馬鹿か。さっきから地雷を踏んで臨也の機嫌を悪くさせている。こういうミスをやらかすから駄目なんだよな。少し反省。
「まあ、いいや。内容なんてどうでもいい。……なんかさぁ、無言で携帯弄られると苛々するから、せめて電話にしてくんない?」
「……わかりましたよ」
 これ以上、機嫌を悪くさせるわけにはいけない。文字の入力画面を電源ボタンを押して消し、電話帳を開く。発信ボタンを押す瞬間まで臨也の2つ目は俺の手元を凝視していた。全く、やりにくいことこの上ない。
 臨也に見守られる中、トゥルル、という固定の発信音が三回続く。特に何も考えることなく臨也の言葉に従ってしまったが、後からでも門田に連絡を取ることは出来たよなと今更な後悔をしていると、ぶつんと相手に繋がった。
 ここからが俺にとっての試練だ。相手が門田だと悟られないように、臨也の目の前で通話しなければならない。天気が晴れていたならば一旦席を外して店の外で電話という手も使えたかもしれないが外は雨だ。じゃあせめてトイレでとも考えたが、今のこいつならトイレにまで着いてきかねない。結局、どこに行ったってこいつは着いてくる。
 何はともあれ今は電話だ。目の前のことだけに集中しよう。最悪、さっきの質問の答えだけを言って適当に切り上げることも出来るのだし。
『……はい、どうした?』
「あー、もしもし。悪い、今ちょっとメール出来なくてさ。電話しても大丈夫だった?」
『大丈夫だが、周りの音とか煩くねえか?』
「問題ねえよ。普通にそっちの声聞こえてるし」
「…………奈倉なんて死ねばいいのに」
 何か聞こえたが気にしない。とりあえず掴みはオッケーだろ。門田の方からすれば突然メールが出来なくなった理由が気になるところだろうが、なんというか、察してくれ。
『で、さっきのメールのことなんだが』
「うん。今いるよ」
『そうか、どうせまだキレてるだろ? 悪いな、お前一人に臨也を押しつけちまって』
「別にそんなこと気にしなくていいって」
『本当に悪いな。……つかよ奈倉。いきなりだが、一つ頼まれちゃくれねえか。今ちょっと困ってるんだ』
「え?」
 なんだ、突然。その頼みとやらを聞けば門田たちの考えがわかるのだろうか。
 臨也は俺を観察することに飽きたのか、またテーブルに突っ伏している。多少通話が長引いても大丈夫だろう。ようやく進展の光が見えてきた。
「いいよ。何?」
『……さりげなく、臨也に何が欲しいのか聞いてみてくれ。俺達が聞いた、って言わないで、あくまでさりげなく』
「まぁ……、いいけど。なんで? あ、言いたくないなら勿論言わなくていいから。ただ気になっただけだからさ」
『……誕生日だろ、もうすぐ』
「お前の?」
『違えよ。臨也のだ。……今岸谷と静雄と、臨也に渡すプレゼントを買いにきてんだよ。でも勢いだけで飛びだしたっつうのと、相手が臨也だってので何買えばいいのかさっぱり分からなくてな。悩んでてもどうしようもねえから、いっそお前が臨也と一緒にいるなら聞いてもらえたらと思ってたんだが』
 頭の中でパチパチと音を立てて、臨也から与えられた情報と推測、事実が組み合わさる。なんだよ、そうか。簡単なことだったんだ。
 門田の言葉を聞いて、全て理解出来た。要するになんだ。臨也の誕生日プレゼントを選びたいから三人揃って店に行って、そのために自分たちについてこないように臨也を突き放すようなことを言って。俺が見たあれは、きっと移動中だったんだろう。そう考えると全て納得がいった。
 サプライズというやつか。それならば多少強引なやり方になっても、臨也を真実から遠ざけなければならない。少しでも計画がバレてしまうと、その時点で何もかもが台なしになってしまうだろう。勘の良さもこういう時は厄介なものでしかない。それにしても、もう少し上手い躱し方あっただろうとは思うのだが。
「苦労してんね、お前らも。そういうことならいいよ。気にすんな」
『すまんな。で、分かったらよ、夜でもいつでもいいからメールくれや。なるべく早い内のが嬉しいが』
「了解。今日の夜には連絡す……れ?」
 突然、手元から携帯が消えた。驚いて横を見ると、いつのまにか隣の席に移動していた臨也の手の中に俺の携帯がすっぽり収まっている。
「え、ちょ、待っ」
 やばい、と思った時には既に遅く、臨也は俺の携帯に耳を当てていた。好奇心半分、苛立ち半分といった表情で呟くように携帯に向かって「誰?」と声を発したかと思えば、次の瞬間、臨也の顔から表情が消える。
 ああもう終わりだ。しかもバッドエンド。無言の臨也から目を逸らしながらそんなことを思う。
 この場をどうやって乗り切ればいいのだろうと考えるも、良い考えなどが浮かぶわけもなく、むしろ考えれば考えるほど胃が痛くなってきた。
「……なんで」
「は、いってえ!!」
 臨也の言葉の意味を問おうとしたら、急にぎゅい、と腕を抓られた。いたたたた。あまりの痛みに目に涙が滲む。もうだめだ。おしまいだ。これから起こるであろう修羅場を想像して、俺は静かに目を閉じた。
「やあ電話の向こうの君。俺が誰か分かるかな。分からなくても別にいいけれど。それにしても、こうやって奈倉には連絡するんだね。何、俺を一人にして、挙げ句の果てには俺と一緒に帰った奈倉まで巻き込もうって魂胆? 残念でした。奈倉は一生俺の物だからね。ドタチンたちの方にはつかないよ。大体さあ、そんなに俺のことが嫌になったんなら直接言ってくればいいじゃない。こんな風にこそこそとやらないでさ。ドタチンいっつも俺には怒るくせに自分のこととなったら棚に上げるんだね。…………はあ? 誤解? あーあーあー! 聞きたくない聞きたくない。「実は、」なんて聞きたくない! もう嫌い。ドタチンも、新羅もシズちゃんも、だいっきらい。ばーかばーか! ……新羅にかわる? ……傍に新羅いるんだ? あー、そっかそっか。本当に三人でいるんだ。ますます苛々するんだけど。…………いいよそんなの。どうぞゆっくりしてきてください。ええ、もう僕のことは構わずに。それでいいんじゃないんですか? ……なんで敬語かって? ノリですけどなにか!」
 うわああああやめろ臨也、やめてくれ。違うんだって、門田たちはお前を嫌いになったとかそんなんじゃなくて、ただお前を喜ばそうと。これはやばい。ど、どうしよう。どうすれば、どうすれば。これ以上事態が悪化する前に臨也の暴走を止めなくては。あーもうこいつ女かよ面倒くせえな!!
「大体、なんで奈倉なんかに電話……え、シズちゃん? ドタチンは!? ドタチン出して! シズちゃんと話すことなんて何もない、っていうか死んでくれ! …………はあ!? マジうざっ。奈倉と一緒にいるだけでなんでシズちゃんに怒られなきゃいけないの……わっ!?」
 べらべらと喋り続ける臨也の手首を掴み、不意打ちを喰らって驚いている隙を狙って携帯を奪う。そしてすぐに肩と耳の間に携帯を挟め、空いた手で臨也の口を塞いだ。この間五秒。本当にナイス俺。手首から手を離すと、口を覆う俺の手を外そうと必死に藻掻き始めた。だが残念。純粋な力でいえば臨也より俺の方が強い。細かろうが力はそれなりにあるんだよ。
 電話からは臨也の名前を叫ぶ平和島の声が聞こえてくる。ぶっちゃけかなりうるさい。
「平和島、門田に安心しとけって言っといてくれ。つかお前もあんまりキレんなよ。多分迷惑になってっから。じゃあな!!」
『奈倉! てめえ、臨』
 何か平和島が言っていた気がしたが、構わずに電話を切る。これ以上会話続けていても、臨也の機嫌が直らない限り状況は悪化する一方だ。それになんか俺、あまり平和島から良い印象を抱かれてないっぽいし。
 臨也の口を覆っていた手をそっと離す。その手で携帯を閉じ、臨也に取られないようポケットに突っ込んでおくことも忘れない。自分の携帯で連絡を取られたら、その時はその時だ。
 ふう、と一息つくや否や、肩に鈍い痛みと小さな衝撃を受ける。その方向に目をやると、臨也の頭が見えた。蹴りに噛み付きに頭突きか。満身創痍だな、俺。ガスガスと頭突きを喰らう度に臨也からふわふわと、女がつけるような香水の甘い匂いがした。どうしよう、すごく嬉しくない。男が良い匂いでも全然嬉しくない。そりゃあ、臭いよりはマシだけど。臨也の頭突きをされるがままに受け止めながらそんなことを考えているとぴたり、と急に臨也の動きが止まった。
「いいもん。皆が俺に飽きようが俺が一方的に好きでいられたらそれで……でもムカつく。何あいつら」
 結局そこに戻るのか。
 あーあ、どうしよう。今の俺は、臨也の誤解を解くことも更に混乱させることも出来る立場にいるわけだ。でも門田に「言わないでほしい」と言われた以上、俺の口から真実を伝えるわけにはいかない。それに同じ言うでも、あいつらが自分の意思で臨也に本当のことを言うのと、俺が今ここで言うのとでは、意味が全く違ってくる。
 大体、今の臨也にいくら俺が本当のことを言ったところで信じてくれるかは不明だが。「俺、どうすりゃいいですかね」
「俺に三発殴られろ」
「いやー……」
 さっきの電話がどうやら止めになったようで。ぐだぐだぶつぶつ怨嗟の念を呟く臨也の頭は、頭突きを止めたにも関わらず俺の肩から離れない。
 本日何度目かの溜息と共に窓の外に目を向ける。耳に流れこんでくる憎悪の言葉を少しでも浄化しようという試みだったのだが、ふと外を濡らす雨の強さに目がいった。
 雨の強さに比例して、臨也の心は萎んでいく。むしろ、臨也の心によって雨が酷くなっているのかもしれないな。自転車で、しかもこの雨。完全に雨が止むまでここで臨也と仲良く雨宿りだ。さて、どうすっかね。この生き物。

ぱちぱち

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