「一雨きそうだな……。通り雨だったらいいんだが」
「タイミング悪いマジうぜえ」
「僕折り畳み傘なら持ってるよ?」
「いや、さすがに三人はきついだろ。身長的にも、体格的にも。それより適当に店入っちまった方がよくねえか? 傘も買えるし、なんか見つかるかもしれん」
「それもそうだねえ」


 学校を出てから数分、あんなに穏やかだった春の空が急に色を変えた。曇天、灰色の雲がかつて青だった空を覆う。今にも泣きだしそうな空模様って、きっとこんな空のことを言うんだろうな。太陽が隠れた空を見ていると、どことなく気分が沈む。
 あの時、「気分が悪い」と告げ教室を出ていった臨也は一体どんな表情をしていたんだろう。俯いていてよくわからなかったが、もしかしたらこの空のようにどんよりと暗い顔をしていたのかもしれないな。
 はあ、と溜め息を吐くと同時に、ぐう、と誰かのお腹が鳴った。二人を見ると、静雄がお腹を押さえながら唇を尖らせている。

「めちゃくちゃ腹減った」

 こんな状況だというのに静雄は静雄だ。そのマイペースさが羨ましいよ。まったく。

「相変わらず静雄は呑気だねえ」
「?」

 おっといけないいけない。八つ当たりをしてしまうところだった。
 雨が必ず止むように、いつかは臨也の機嫌も直る。誕生日がそのきっかけになればいいだけの話だ。過ぎたことは仕方ない、と門田くんも言っていたのに、やっぱり僕は駄目だなぁ。心のどこかでこのまま臨也が自分から離れていくんじゃないか、って臆病になっている。全く僕らしくない。臨也が僕らの元に帰ってくることはもう決まっていることなのに。
 それにしても確かにお腹が減ったな。僕だって健全な男子高校生だ。昼ご飯を食べたくらいじゃ夕飯までもたない。間食、というか一日四食食べる勢いで食べ物を摂取しないとお腹が空くというわけで。

「じゃあさ、買い物終わったらどこか寄ってく?」
「俺は大して腹減ってねえし、どっちでもいいぞ。ただ、雨が降る前には帰りてえな」
「天気予報じゃ今日も明日も晴れだったし、降ったとしてもにわか雨程度じゃないかな、とは思うんだけどね……静雄?」

 隣にいたはずの静雄の姿がいつのまにか消えていて、門田くんと同時に振り返る。僕らの数歩後ろで立ち止まっていた静雄は、道路を挟んだ向こう側にあるファーストフード店をじっと凝視したまま、一向に動こうとしなかった。あそこは僕の記憶が正しければ静雄の行きつけの店だったはずだ。お腹が空いている時に近くを通ったら、そりゃ見ていたくもなるよね。でも僕らの目的は仲良くハンバーガーを食べることじゃない。

「ハンバーガー……」
「だーめ。我慢してよ。臨也のためなんだから」
「ぐぐぐ……」

 奇妙な声をあげつつも、臨也のため、というワードに渋々と足を動かした。臨也パワーは絶大だ。後で静雄には何かを奢ってあげよう。

 ……今頃臨也は奈倉くんと二人で下校中か。いや、もう家に着いたのかな? あの状態の臨也を相手に大丈夫かなぁ、奈倉くん。ほんの少しだけ心配。






「はっくじ!! うお、鼻水出てきた」
「……何そのくしゃみ」
「そんなこと言われてもどうしようもねえです」
「ま、どうでもいいけど。俺にはうつさないでね。うつしたら看病してもらうから」
「病人に看病させるってどうなんですか、それ」

 はあ、なんかすっげえ疲れた。
 あれから臨也は、多少落ち着きはしたたもののまだ本調子とは言えず、テーブルに突っ伏したまま顔を上げようとしない。元俺のサンデーはとっくの昔に完食してるし。
 あーあ。臨也のつむじを見ていたって、髪が真っ黒だな、とか艶あるな、とか男相手に面白くない感想を抱くだけだ。つまらない。いっそ、嫌がらせとして髪の毛一本くらい抜いてやろうかな。ぷちっと。
 臨也を見ているくらいなら、と外の景色を見る。今にも雨が降りそうな空が窓の外に広がっていた。
 今日の朝は天気が良かったから自転車で登校したのに。このまま雨に降られては帰りに困ると、外に置いてある自転車に思いを馳せつつ、放課後臨也に二人乗りを強要されてここまで来た経緯を思い出す。運転するのはもちろん俺。後ろに乗るのはもちろん臨也。「細いから掴まりにくい」だとか「運転が雑」だとか、我がままお姫様根性爆発させて、それでも落ちないようにがっちりと俺に掴まっていた臨也の指定したお城は平和島行きつけのファーストフード店。理由はなんと平和島が来るかもしれないから、といったものだった。
 ……今思えば、無理矢理にでも臨也の家まで送っていった方が良かったんじゃないのか、これ。いや、今更後悔したところでもう手遅れなんだけどね。わかってるけど考えちゃうというか、仕方ないというか。

 ――つーか、あれ?

「んー……?」
「なに」
「いや、なんでも」
「変な声出すなばか」
「……さーせん」

 外を見続けていた俺の視界に、見覚えのある青色が飛び込んできた。道路を挟んだ向こう側の歩道。その色を目を凝らしよく見ると、それは独特の青さをもつ来神高校のブレザーのようだった。青だけじゃない。その近くにはまだ他の色がある。黒い学ランに白いワイシャツ。そして何より、目立つ金髪。見慣れた三人組のようにも見えるが、俺の気のせいだろう。気のせいだ気のせい。
 ……気のせいということにしたいのに、見れば見るほどあの三人にしか見えなくなるのはなぜなのか。答えは、はい。あれが本人たちだからですよね。
 え、つかマジであいつら何やってんだ。お前らのせいでこいつはこんなに落ち込んでいるのに。ていうか平和島、なんかこっちずっと見てないか? 何、こっちくんの? おい止めろって。今三人揃って入ってきたら終わるぞ。俺とこの店が。
 内心ドキドキしながら三人の動向を見ていると、こつんと脛に何かが当たった。次の瞬間、突然手を真っ正面から引っ張られる。驚いた俺の視界に、臨也の不機嫌そうな顔が飛び込んできた。

「こっち向いて」
「……え、あ、はい……」
「……よし」

 一体何がよしなのか。うっすらと満足そうな笑みを浮かべた臨也は、そのままテーブルに突っ伏してしまった。こいつは何がしたかったんだろう。少しの間臨也の頭を見つめ、そして我に返る。再び窓の外を見た時にはもう、三人の姿はなかった。


 代わりにぽつりと雨が降りはじめる。





 結局あの後すぐに雨が降り始め、とりあえずと入ったお店の中を探索中。
 目についたものを手に取り、あーでもないこーでもないと議論を交わしては場所を移動するの繰り返し。傍から見れば商品を冷やかすだけの迷惑な客かもしれないが、僕らは本気だ。なんたって年に一度しかない友人の誕生日プレゼント選びなんだから。
 そんな僕らが今いる所は、女子高生や子供たちをターゲットにしたであろう、可愛らしいポップや今流行りの音楽で装飾されたぬいぐるみ売り場だ。もさもさとした肌触りのぬいぐるみたちを手に取り、話を進める僕らは他人から見たらどんなふうに見えるんだろうか……。知りたくない気もする。

「ていうかよ岸谷。お前去年とか、中学の時は何あげてたんだ?」

 不意に、可愛らしい白いうさぎのぬいぐるみを持った門田くんがそう訊いてきた。その顔にぬいぐるみとかびっくりするほどアンバランス。
 じゃなくって。なんだって? 今まで臨也の誕生日に何をしてきたのか、だって?

「それなんだけどねえ」
「ん?」
「あいつさ、僕の物しか欲しがらなかったんだよ」
「へえ」
「はあ!?」

 門田くんの返答に被さるように、驚きと少しの怒りが混ざった静雄の声が耳に届いた。爪や口から血を流しているグロテスクなデザインのピンク色のくまと、門田くんが持っているのと同じ白いうさぎのぬいぐるみをそれぞれ手に持ち、戦わせていた静雄がゆっくりと僕の方を見る。

「……どういうことだ」
「君の方こそどういうことだよ。何やってるの? 頭大丈夫? この年になってぬいぐるみで遊ぶとか、僕まで仲間だと思われちゃうから半径ニメートル以内に近寄らないでね」
「うっせえ変態眼鏡。こいつらは戦う運命にあるんだよ。あ、くまが俺でうさぎが門田な」


 うん、なるほど。よしスルー。

 で、えっと、臨也の誕生日だっけ。
 中学生の頃の記憶を呼び覚ます。中学時代に迎えた誕生日は全部で三回。
 とはいえ一年生の時は生物部を作ろうと臨也を誘い、そして全力で拒否されていた時期だから省いて。
 二年生の時が初めて二人で迎えた誕生日になるのかな。確かあの時は「誕生日プレゼント何が欲しい?」と訊いた僕に臨也は、当時僕が好んで読んでいた本が欲しいと答えた。
 昔に発行されたものだから店頭じゃなかなか買えないかもしれないけれど、本屋から出版社へ直接取り寄せてもらうことはできるはずだ。わざわざ僕が読み古した本でいいのか、と訊いたところ「初版じゃなきゃやだ。新羅は本の扱いが丁寧だし、新羅のがいい」と妙な理屈をこねられ、それでもあの頃の僕は臨也の言葉を欠片も怪訝に思うことなく、そういうものかなぁと納得。そしてその本を連休明けに渡した。それが、僕が初めて臨也へと送ったプレゼント。懐かしい話だ。

 三年生の時もプレゼントは本だった気がする。そしてやっぱり僕のお気に入り。多少迷ったけれど、セルティに「友達の誕生日にプレゼントなんて、そういうのいいな。憧れる」なんて言われちゃあげるしかない、と結局あげてしまった。その時の臨也は喜んでいたように思う。

 高校に入って迎えた初めての誕生日は、確かセルティに「誕生日パーティーとかいいな」と言われて、パーティーほど豪勢じゃないけれど臨也を家に招いて祝ったんだっけ。
 そう考えるとすごいな。何年間も臨也の誕生日を欠かさず祝っていたんだ。

 ――ということを所々かい摘まんで説明すると、ぬいぐるみを持ったまま、体格の良いお兄さん二人は険しい顔になってしまった。
 それにしても。もう僕らの年になると、通路に面した比較的誰もが手に取りやすい場所に、ぬいぐるみの特設コーナーがあったからといってそこに長時間、それもぬいぐるみを持ったままいるのはよろしくないと思うんだけどな。気にしないのかな。僕はすごく恥ずかしいんだけど。
 そんなことを考えながら二人を交互に見ると、二人の表情がそれぞれ変化した。静雄はどこか面白くなさそうに顔をしかめ、門田くんは明らかな疑問を顔に浮かべている。何か言いたそうだな、と思った矢先、予想通りに門田くんから質問を投げ掛けられた。

「なんか、また妙な話だな。それ、ただ単にお前の物が欲しかったってだけじゃねえのか? 話聞いてっとそういう風に聞こえるんだが。むしろそうとしか思えん」
「隣の芝生は青い、とかそういう感じだと思うよ? あいつは昔から何考えてるかわからない奴だから、僕の予想が当たってるかどうかはわからないけれど。だからさ、静雄。僕を睨まないで」
「うるせえよ。さりげなく自慢しやがって。このくまの爪で八つ裂きにしてやろうか」

 こわいこわい。空腹も相まってか静雄のテンションがおかしな方向に曲がりつつある。本当に殺されかねないし、昔話はここらへんで終わりにしよう。

「とりあえず、そういうこと」
「なるほどな……。だったらよ、岸谷。臨也の好きそうな本を探すってのが、一番手っ取り早い方法なんじゃねえのか?」
「それなんだけどね……、あいつの読む本って作者もジャンルもバラバラで、何が好きかとか一切わからないんだよ。それに、何が既読で何が未読かもわからない。臨也の好みにあった本を探すとなると、難しいと思うなぁ」
「じゃあ、駄目、だな……」
 結局、また振り出しに戻ってしまった。このままでは間違いなく、今日中には決まらないだろう。臨也のことを考えれば考えるほど答えが遠ざかっていくような、そんな錯覚に陥る。何が好きで何に喜ぶのか。今まで一緒にいたはずなのに、わからない。
 さてどうしたものかと悩んでいると、どこからかくぐもったバイブ音が聞こえてきた。店内を流れる音楽に掻き消されるかどうかくらいのそれに慌てた様子で、門田くんが学ランのポケットの中を弄る。

「俺の携帯だ。……奈倉から、メール? ……『今どこ?』だと」
「臨也から何か聞いたのかな」
「さぁな。聞いてるんじゃねえか。現在進行形で」

 それはそれは。奈倉くんご愁傷様、と心の中で手を合わしたと同時に、静雄が「あ」と声をあげた。その声には明らかな閃きの色があって、期待半分不安半分で未だにぬいぐるみを持つ静雄を見つめる。

「何どうしたの急に。もうボケてもツッコんではあげないよ?」
「そんなんじゃねえよ馬鹿新羅。……もしあいつらがまだ一緒にいるならよ、奈倉に聞いてもらえばいいじゃねえか。あいつが今、何を欲しがっているかさ。ぐだぐだ考えるよりも、その方が絶対早く済むだろ。俺たちが臨也に直接聞くのと訳が違うし、すんなり教えるんじゃね? 何より、腹減った」

 結局のところ、僕らは自分たちだけでは臨也を喜ばせる答えに辿りつけない、ということらしい。悔しいなあ、悔しい。それでも臨也を怒らせてしまった以上、少しでも臨也に喜んでもらうために直接何が欲しいかを本人に聞くしかもう手はないのかな。
 嫉妬だ、意地だ、とそれが重要なわけではなくて、一番大切なのは臨也を喜ばせることなのだから。

「……この際仕方ないかな。状況が状況だしね。それにしても、初めてまともなことを言ったと思ったら……、やったね静雄くん。手柄が出来たよ!」
「……お前、……マジで引き裂くぞ?」



ぱちぱち

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