・来神
・奈倉視点
・CP要素薄め
・自殺、自傷描写注意



「馬鹿じゃないの?」


ぼんやりと、夢を見ているかのような曖昧な意識の中、感情を伴わない声にそう言われる。その言葉にどういう表情をしていいのか分からなくて、とりあえず適当に笑っておいた。上手く笑えてはいないと思うけれど、自分の笑顔に元から期待なんてものはしていない。それに、相手だって俺が笑っていようが泣いていようが特に興味はないだろう。

「ねえ、聞いてる?」
「……聞いてるよ」

目の前にいる岸谷が、怪訝そうな顔で俺を見る。その顔に若干の嫌悪感が見えて、思わず笑ってしまった。嫌なら聞くなよ放っといてくれ。そんな反抗的な言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回って、結局どこかに消えた。

「馬鹿だとは、自分でも思ってるよ」


そう。それこそ死んでしまいたいくらいに。





最近、とうとうどこかがおかしくなったのか家で学校で、突然泣くことが多かった。

声もあげず、ただしくしくと泣く俺を周りがどう思っているかは分からないし知りたくもない。我慢しようにも出来ない突然の涙は、多分臨也にもバレているだろう。それに俺が気付いたところで、どうすることも出来ないんだけれど。

泣くはっきりとした理由は分からない。けれど、思い当たる節ならあった。

周りの奴らが普通の、それこそ何気ないありふれた日常を送っているのを見て、いいな、ずるいな、と羨ましがったことが何度もあった。俺には戻れない日常を謳歌する奴らが羨ましくて、そして憎かった。正直な話、殺してやりたくもなった。でもやっぱり、どんなに他人を羨んでも全ての原因となったあの夏が頭を掠め、どうしようもない自己嫌悪に陥る。

多分これが理由の一つだ。皆が持っている欲しいものを手に入れられず、それどころか自分のものを奪われる理不尽さ。そしてその理不尽のきっかけは、紛れも無い過去の自分だという後悔。単なる自業自得だ。でも辛い。


死んだら楽になれる。そんな言葉がいつしか俺の頭の中にあって、日に日にドス黒く、そして明確になっていくのを感じていた。それは多分、限界に近付く精神状態と比例しているんだろう。

自殺願望と突然の涙。だんだんと自分がおかしくなってきていることは自覚している。でも、やっぱり俺にはどうすることも出来ない。

今出来ることは、臨也から課せられる様々な命令を正確に的確に処理することだけだ。それが例え他人の不幸に繋がることだとしても、臨也からの命令ならば仕方ない。俺にとってもう臨也はただの同級生ではなく、もっとずっと高い位置から俺を見下す存在になっていた。そう、全てはあの夏の日から。



そして今日。時間にすれば1時間くらい前。いつも放課後呼び出される空き教室ではなく何故か屋上に呼ばれ、素直に従い屋上へと向かった。鍵が壊された屋上の戸を開くと、臨也が一人フェンス越しに学校の外の風景を眺めているようだった。

俺の来訪に気付いたのか振り向きにやり、と悍ましい笑顔を向けてくる。気持ち悪さと憎悪を覚えながらもその笑顔に近付くと、臨也は笑顔のまま不意にフェンスの外を指差した。

「綺麗だと思わないかい?」
「……そう、ですか?」
「うん。ビルとかばかりだけどさ。見てると心が癒される。……やっぱり高い場所はいいね」

癒し、か。臨也の指の先を見る。そこに広がる臨也曰く癒される風景を見ても、俺の心は何も感じなかった。小さい人が学校付近をうじゃうじゃと移動する様子は、ここからじゃ蟻かなんかの大群にしか見えない。

ただ無表情でぼうっと人の群れを見ていると、臨也が困ったように笑いながら溜め息を吐いた。臨也に視線を向ける。

「奈倉さ、最近ちょっと疲れてるだろ?見てて心配だったんだよね。さすがにほら、授業中とか休み時間とか、一日に何回も泣かれたらさ、いくら俺でも罪悪感があるっていうか……」


驚いた。こいつからそんな言葉が出るとは思わなかった。それと同時に笑い出したくなる。心配?罪悪感?笑わせるな。そんなもの、お前の中にはないだろう。

「どうかした?」
「……別に…、何が言いたいのかなって」
「うん。……だからね、今日は休み。何もしないよってことを伝えたかったのさ」

俺の思いを知ってか知らずか、それだけ言いバッと両手を広げ空を仰いでみせた。気持ち良さそうに外の空気を堪能する臨也に、僅かにだが調子を狂わされる。

とは言うものの、こいつの言葉をそのまま鵜呑みにするほど俺も馬鹿じゃない。そもそもそんなことを言うためだけにわざわざここに呼び出したわけではないだろう。なるべくなら、臨也と同じ空間にはいたくない。こいつと話していると、吐き気が、押さえきれない苛立ちが、負の感情がとめどなく沸いて来る。俺も随分臨也が苦手になったものだ。

「……話はそれだけですか?」
「え?うん。それだけ」
「じゃあ…、帰ります」

悔しい、声が震えた。臨也の考えを読むなんて高度なことが俺に出来るわけもなく、不思議そうに俺を見る臨也の目の前から消えたくなる。こいつは今、何を考えているんだろう。

臨也に背を向けて、あぁ俺は臨也から逃げたんだと自覚してしまった。屈辱的で自分が嫌になるこの感覚。これまでもこれからも俺はずっと臨也から逃げ続けるのか。この感覚に慣れてしまえば楽になれるかもしれないが、それだけは無理だった。

一歩。この一歩が重い。足を進めるか一瞬躊躇って、結局進めようと足を浮かせる。その瞬間、ぷっ、と噴き出したような笑い声が後ろから聞こえた。

何事かと振り返るよりも早く、急に強い力に引っ張られる。突然のことにろくな抵抗も受け身をとることすらも出来ず、そのまま後ろに倒れ込んだ。襟を引っ張られたのか首が痛い。何度か咳込み、何が起きたのか把握しようとした俺の視界に臨也の顔が映った。

「ねえ待ってよ。まだ一緒に話そう?俺、奈倉くんと仲良くしたいんだ」

心底愉快だとばかりに、その顔にはいつもの毒毒しい笑みが張り付いている。その笑顔を見ていると鳥肌が立った。それにやばい。吐き気がする。頭の中が必死に逃げろと警笛を鳴らしているのに、少しも動けない。倒れ込んだまま、早く逃げればよかったと後悔してももう今更だ。

「何?痛い?俺、シズちゃんと違って力とかないし、そんなに痛くないと思うんだけど」

けらけらと笑いながら倒れたままの俺の胸倉を掴みあげる。それだけで、臨也への恐怖心が自分の中で爆発しそうなくらいに膨れ上がった。怖い、逃げたい。中学の頃から丹念に刷り込まれてきた恐怖感が、その甲斐あってというべきか体の震えとして表れた。

「ねえ、奈倉くん」

にっこりと笑うその顔は、普段女子たちに向けているものと何も変わらないように思えた。あの気持ちの悪い笑顔が俺を見ている。胸倉を掴まれているせいで苦しい呼吸に目を細めながら、その笑顔を見る俺の姿はどんなに間抜けなのだろうか。でも今はそんなことよりも、こいつの前から逃げ出したい。早く逃げよう早く早く早く。



「君さ、いつ死んでくれるの?」



……?


「ほら、死んだら楽になれるよ?まぁ、厳密に言えば違うんだけど。今はいいや。でも君だって思ったことあるんじゃない?死んだら解放される、とか。そうだね。それは正解だ。死んだら俺からは逃れられる。寧ろ俺の方が君に縛られることになるのかな。同級生を自殺に追いやったなんて、一生記憶に残ってもおかしくはない。過去からは逃げられないことくらい、君も知っているだろう?」
「え、………いざ、」
「良かったね。ここは屋上で、何より天気が良い。君のそのどうしようもない人生の終わりに雨なんて降っていたら、それこそ惨めで救いようがなかった」
「ちょ、待てよ、何言って」
「え?まだ分からないの?本当に君は馬鹿だなぁ。じゃあいいよ。分かりやすく言ってあげるから」

仕方ないな、と。物覚えの悪い子供に何度目かの説明をする親のような口調で、そう言った臨也は小さく肩を竦めた。

多分、俺はこれを聞いてはいけない。分かっているのに、目は臨也の口に釘付けだ。耳を塞げ、目を閉じろ、全力でこいつを拒絶しろ。どうして分かっているのに出来ないんだよ。いっそ泣きそうになる俺に、臨也は今までとは打って変わって穏やかな笑みを浮かべて見せた。ぱ、と手を離され俺の体はまた床に倒れる。

無様な俺の姿すらも愛しむように臨也は笑みを深め、そのまま静かに口を開いた。


「奈倉、お前なんで生きてるんだよ。生きてても仕方ないだろ?どうせ生きてる意味なんてないんだし。で、俺提案があるんだ。俺きちんと見ててあげるから。お前が死ぬところ最初から最後まで見ててあげる。なんなら事情聴取だって受けちゃうよ?俺が、君なんかのために。だからさ今ここで死んでみせてよ。ほらほら早く。何してるの?ぼけっとしてるなよ。早く死ねよ。な、早く死ねって」

それだけを言うと、すっきりしたような顔で俺の顔をじろじろと眺めてきた。どんな反応をするのか、気になるのだろうか。

臨也は「死ね」と言った。これは、臨也にとってはなんてことないただの言葉の一つなんだろう。毎日平和島相手に言い合っているくらいだ。それにしては、というか。今の言葉には平和島の時にはなかった何かが含まれているように思えた。

そして、今の言葉は俺の中で完全なとどめとなった。



「……いや、だ…」
「はぁ?なんで?お前さ、あの時俺のこと殺そうとしただろ?人を殺すのはよくて自分は嫌なの?」
「だから…、違うんだって、俺はあの時…、殺すつもりなんて、ただ……」
「過去を否定してもね、なかったことにはならないんだよ。過去から逃げる方法はただ一つだ。ここから飛び降りろ。そして一生を後悔して、そのまま死んでよ。ねえ、奈倉。そしたらさ、俺君のこと許してあげられるかもしれない。君と普通の友達になれるかもしれない」

もしもの世界の話を持ち出した臨也は、一人納得するようにうんうんと頷いてみせた。まだ目の前の光景を正常に認識出来る冷静さは持ち合わせているらしい。

頭の中が真っ暗になりつつ、ゆっくりと立ち上がる。軽くフェンスに寄り掛かるとカシャンと、金属独特の音がした。視線を臨也からフェンスの外に移動させる。ここから飛び降りろ、だなんて。無理だ、無理に決まっている。


でも確かに、楽にはなれそうだ。


「俺さ、君のそうやって生きている苦痛と死ぬ恐怖の狭間で葛藤している姿、大好きなんだよね」
「……臨也…」
「んー?なに?死ぬ気になった?」

あっけらかんと。悪びれるどころか、むしろ楽しそうな様子の臨也を見て、足元から嫌悪感が迫り上がってくるのが分かった。

やっぱりこいつには罪悪感というものはないんだ。俺に対してだけなのか、森羅万象全てに対してかは分からないけれど。

「……お前……絶対頭おかしいよ…」
「そう?君のおかげだよ、ありがとう。君がいなかったら、君のいない世界で新羅と仲良く普通の学生生活を送れたのかもね」

臨也の言葉が終わるか終わらないかの内に、俺の足は走り出していた。校舎へと続く金属の重たい扉を開き、階段を勢いよく駆け降りる。逃げたいんじゃない。逃げなければいけない。

妙な義務感はきっと俺の理性から湧いてきているんだ。これ以上臨也の前にいれば、話を聞いてしまえば、多分目の前の臨也からだけじゃなくて全てから逃げ出してしまいそうになる。俺の前に広がる未来も今も消せない過去からも全て。

背後から臨也の笑い声が聞こえて、どうしようもないほどに、


死にたくなった。



※続きます
ぱちぱち


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