平和な朝の光景

春風が吹き抜ける穏やかな朝のこと。

「にゃー、気持ちのいい朝にゃー」

一人の少女が廊下で大きく伸びをしていた。
ふんふんと鼻歌を歌いながら空を見上げる少女の頭には猫の耳、短い着物の裾から伸びるのは二つに分かれた尻尾。彼女も人ではなく妖、猫又なのだ。

「にゃー、朝ごはんが早く食べたいにゃー」

おかずは魚がいいにゃーと言いながら、猫又はごろごろと喉を鳴らすと廊下に寝そべった。

「でもお日様が気持ちいいからもう一眠りしようかにゃ。ご主人様は優しいからきっと起こしにきてくれるにゃ」

うん、そうするにゃと尻尾を揺らしながら目を閉じ、うとうととし始めた、その時。

「おいこらこんなとこで寝てるんじゃねぇよ馬鹿猫」

不意に声が聞こえたと同時に、腹に鈍い衝撃。
気付けば庭に蹴り飛ばされていた猫又は、身体を起こすと尻尾の毛を逆立てて声の主を睨みつけ、怒りだした。

「ひどいにゃ!何で蹴るにゃ!酒呑は乱暴すぎるにゃ!」

「廊下の真ん中で寝てるお前が悪いだろうが」

そう言って怒る猫又の頭をばしっと叩くと、酒呑童子は廊下に座り込む。

「あー酒飲みてぇ」

「…少しは自重したらどうにゃ。酒臭いにゃ」

すんすんと酒呑童子に鼻を近付け、眉間に皺を寄せる猫又を見て彼は豪快に笑う。

「はっ、この俺が酒に関して自重なんてする訳ねぇだろ。そんなに嫌ならいい女でも連れてこいってんだ!喧嘩でも構わねぇがな!」

「…そんな事ばっか言ってるから匂陣に怒られるんだにゃ」

「…朝っぱらからあの野郎の名前なんて出すんじゃねぇよ」

いらいらとした様子で舌打ちをすると、酒呑童子はごろんと廊下に寝そべった。

「ちっ、こうなったら二度寝だ二度寝。あいつのことなんざ忘れてやらぁ。おい馬鹿猫、飯になったら起こしやがれ」

そう言うと目を閉じ、盛大に鼾をかき始めた酒呑童子を見て猫又ははぁとため息をつく。

「…気持ちのいい朝が一瞬でどっかいっちゃったにゃ」

酒呑童子も誰かに蹴られてしまえばいいにゃと思ってしまう猫又であった。



それから数分後。

「おい邪魔だ馬鹿鬼」

通り掛かった匂陣に容赦なく蹴り飛ばされる酒呑童子を見て猫又は内心ざまぁみろにゃと思ったそうな。

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