my crush
たった一度きりの初体験であるならば、たとえ相手が私のことを好きではなくても、私は、私が胸を張って好きだと言える人が良い。
そう思って、三ツ谷くんと寝たのであった。三ツ谷くんは昔、この辺りでいちばん大きなチームで隊長を任されていた不良だった。不良というだけあって、夜な夜なバイクを乗り回したり喧嘩に明け暮れたりしていたらしい。年上の悪そうな人たちとも交友があるらしく、酒や女、それからもっと言えないようなことにも通じているのかと思ったが、存外三ツ谷くんは、そういうものには興味がないようだった。
「そういうジャラジャラしたの、オレはあんまり」
三ツ谷くんは話した。出来るかぎり好意的にその言葉を取ろうとしたけれど、だめだった。三ツ谷くんは、初めから終わりまでずっと優しかったけど、破瓜の痛みよりもその優しい手つきのほうが、私にはよっぽど痛みを覚えるものであった。
家に帰って、私は泣いた。メソメソとしている間も、違和感のある脚の間に三ツ谷くんの名残があった。切なくて、私は枕に顔を埋めた。枕からは、私の匂いだけが、してくる。
数日後、三ツ谷くんに呼び出された。絶対にするまい、と構えていたら、人気の多い公園に連れ出された。
「アレうまいんだよ」
三ツ谷くんはニコニコと笑い、行列をなすクレープのキッチンカーを指差した。お腹はすいていなかったけど、後ろに人が並んでしまったので、なんだか要らないとは言えない空気になってしまう。
そのまま私たちは、クレープを片手にベンチに隣り合った。どう、うまいでしょ。三ツ谷くんはしたり顔をしてみせる。たしかに美味しくて、私は素直に頷いた。そのままたわいもない話をして日が暮れる頃に三ツ谷くんは私を家に送り届けた。
それからも私たちは、しばしば時間をともに過ごした。結局、セックスも何回かしてしまった。そうして気づくころには、私の体はすでに、痛みよりも喜びをひろうように変わってしまっているのであった。
三ツ谷くんの優しさは、行為の後にこそ真価を発する。城に仕える執事のように私のことを甘やかすのだ。ベッドサイドには好みの飲み物が用意され、髪も服も家を出たときよりもよほど丁寧に整えられる。極めつけに与えられるハグは穏やかでいて力強く、この腕で何人の女を幸せにしてきたのだろうと思うと、私はまた悲しくなった。
三ツ谷くんの周りには、たくさんの女がいる。兄妹のようだという女と、信頼できる仲間と呼ばれる女たち、それから私のような彼の魅力に魅入られた女の群れ。
「あなたはいったい、彼のなんなの」
そう聞かれると、私は、私もわからない、と答える。
私はいったいなんなんだろう。恋人の真似事を楽しむ友達なのか、その気もないのに寝てしまった友達なのか。まあ、どちらも、そう変わらないのだけれど。
そのまま関係は続いて、半年が経った。
半年経っても、私たちはそのままだ。三ツ谷くんは優しくて、私はその優しさに傷ついて、しかし離れることも出来ず、そんな彼の周りにはいつもたくさんの女がいる。自分が何者なのかもわからぬ私は、それを三ツ谷くんに確かめる勇気もないまま、名もなき関係に甘んじる日々を過ごしていた。
ある日三ツ谷くんと公園のベンチに座っていると、金の辮髪の男に話しかけられた。男は三ツ谷くんといくつか話をすると、私をみて僅かに首を傾げてみせた。関係を探るような眼差しに、私は居心地が悪くなる。
「えーっと、三ツ谷の」
何とは聞かない問いかけに、私が答えあぐねていると、横から三ツ谷くんがハッキリと
「彼女」
と答えた。それにびっくりして言葉を失ったのは私のほうで、男といえば、まるで周知の事実であるかのように「ああ、やっぱり」などと笑い、よろしくなと私と握手を交わして、颯爽と立ち去ってしまう。
「彼女なの、わたし」
私は聞いた。三ツ谷くんは曖昧に首を傾げて、不思議そうな顔をしている。
「ちげえの?」
「ちがうよ」
「なら、会うのやめる?」
「やっ、やめない!」
勢いよく、私は叫んだ。そのまま三ツ谷くんに、ぶつかってしまいそうだった。けど、三ツ谷くんは避けなかった。抱きとめて、私の背中を包むように優しく撫でるのであった。
それからさらに月日が進んで、私たちは今、一緒に暮らしている。
付き合いが長くなるなかで、わかったことは、あのとき告白をせずに行為に進んだということは、とても三ツ谷くんらしくないことだった、ということだ。
「どうして、先に告白してくれなかったの」
いつかそう訊ねてみれば、三ツ谷くんは、
「男らしいとかよりも、好きな女とやれんなら、やんなきゃ後悔すると思った」
とバツが悪そうに答えるのだった。