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等価交換

「義理を受けたら、義理を返すのが道理ってもんだろう」
 タカちゃんが思いの外真面目に言うので、任侠映画みたいだねという感想を私はのみこんだ。
 タカちゃんは任侠映画まではいかないけれど、それなりに地元では有名な不良だ。最近のギャルっぽいのとは違って、硬派で昔っぽい考えの不良。だけど流行り物の服やアクセサリーに詳しくて、将来はファッションデザイナーになってブランドを立ち上げたいという夢をもつ、オシャレに人一倍敏感な男の子でもある。
 そういうギャップが、はまってるのか、タカちゃんは女の子にたいそうモテた。
 毎年バレンタインデーには、クラスの女の子やら部活の女の子、ときには学外の女の子から親愛の証としてチョコレートが紙袋いっぱいに贈られてくる。
 故に、ホワイトデーのお返しに、タカちゃんは毎年困窮している。
「悪い、ラッピングするの手伝ってくんね」
 と駆り出されてタカちゃんの手作りお菓子を梱包するのが、小学校のころからのホワイトデー前日の私の恒例行事となっていた。
 近所に住む幼馴染という関係性がそうさせるのか、タカちゃんは悪いと口では言いつつも、まるで悪びれた様子を見せない。家を訪ねてすぐに、じゃあ例年の如くよろしくね。といった様子で私に透明なフィルム出てきた袋を差し出してくる。
「いちおう私も、お返しをもらう側なんだけど」
 二月に手作りしたチョコレート菓子を思い浮かべながら、私はぼやいた。タカちゃんが苦笑いをする。悪い悪い、とやはり悪びれもなく繰り返し、屁理屈を言ってくる。
「でもオマエのチョコは、義理じゃないだろ」
 タカちゃんと、私は恋愛をしている。この恒例行事ができる前からずっと好きだったけれど、付き合うようになったのは、この冬からだ。だから今年が恋人として過ごす初めてのバレンタインとホワイトデーだった。
 それなのに、今年もタカちゃんの両手は他の女の子への義理立てに忙しく、私を抱きしめるなんてことは、とてもしてくれそうにもない。
 ああなんて、忌々しい。
 ひっそりと私は心の中だけで呟いた。忌々しいだなんて言葉を使うのは、今日この瞬間が初めてだった。
 ようやく梱包作業を終えると、タカちゃんがお礼と言いながら私の左手を奪った。すぐに薬指に冷たく固いものが嵌められる。指輪だった。いや、飴と呼ぶべきだろうか。幼児のおままごとに使うような、大きすぎるショッキングピンクの宝石を模した紙に包まれた指輪の形をした飴だった。
 タカちゃんは私の手を掴みながら、黙ってしばらく指輪型の飴を見下ろしていた。プラスチックのリングはぶかぶかだった。口にすれば、タカちゃんは頷いて、オレの親指でピッタリだったもんと呟く。呟いて、困ったように私を見つめる。
「大人になったら、ピッタリの買ってやるから、まってて」
 ロマンチックなことを言われた気がして、私の心は一転して舞い上がった。何年でもまつ。毎年まつ。そう叫びそうになって、でもなんだか違うなと思い留まった。
「……それまでずっと、タカちゃんからのお返しはコレってこと」
 私は慎重に訊ねた。
「やだ?」
 タカちゃんが笑う。
「やだ」
 はっきりと私は答えた。ついでに、
「他の女の子のホワイトデー、ラッピングするのも、やだ」
 とも言った。タカちゃんは、
「ぐうの音も出ねぇわ」
 とポリポリと頭をかいた。
 タカちゃんは、それからもずっと、三月十三日を忙しく過ごしている。毎年手作りのお菓子を大量に生産し、丁寧に包んでいく。そんなに凝らなくてもいいのに、そう伝えればタカちゃんは、
「受けた恩には報いるのが当然だろ」
 とやっぱり任侠映画みたいなことを私に説いた。
 あれから、タカちゃんがどのようにバレンタインとホワイトデーを乗り越えてきたのか、私はあまり詳細を知らない。翌年から手伝いを求められることが、パタリとなくなったからだ。代わりにホワイトデーの当日に呼び出され、今年もありがとう、の言葉ともに、たくさんのお菓子と力強い抱擁を受けるのが恒例となっている。タカちゃんはしばしば、抱擁のあとに私の薬指を測るように摘んできた。
「返せるものにしてね」
 そう言うと、タカちゃんは頭をポリポリとかいた。その指の太さを眺めながら、私はもらった指輪型の飴を思い出していた。
「タカちゃんは欲しいもの、ないの」
 私が聞くと、タカちゃんはきょとんとして、それから
「オマエの全部」
 と思いの外真面目な声で言うのであった。


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