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サポートアイテムになりました

放課後の呼び出しの定番といえば、告白か、不良からの虐めの二択だと思う。

◇◇◇

もうすぐ冬コスの調整しなきゃだわ。
友人が言った。個性との兼ね合いがどうと悩む友人にヒーロー科は大変だね。とわたしは返す。
十月。長かった夏も気づけば終わりを迎え、一気に秋めいてきたこの頃。温かなメニューが増え始めてきた食堂の端っこで、わたし達は飲料水を求めて自販機に並んでいた。
順番がきて、先にわたしがボタンを押した。下段、左から三つ目。100パーセントのリンゴジュース。
ガコン。音を鳴らしてジュースが落ちてくる。取り出し口に手を差し込めば、ジュースは汗をかいていて、拾い上げた手が濡れた。
あーあ。わたしは濡れた手をスカートの裾で拭く。
そういえば、あなたの個性ってなんだっけ。友人は大して興味も無さそうに訊いてきた。経営科って全然個性使うとこみないよね。と付け加えた友人の意識は自販機へと向いている。
友人はミルクティーのボタンを押した。
「発汗」
ストローをジュースのパックに刺しながらわたしは答える。
「発汗?」
友人はミルクティーを取り出しながら、答えた。わたしはしゃがむ彼女の背中に頷く。
「手を握った相手の汗腺刺激して、手汗をじんわり出させるの」
端的に答えれば、
「何それ、不快」
友人は吹き出して笑った。
今更な反応だった。笑ってくれるだけ良かった。気まずそうにされたり、まあ、個性なんてヒーロー科以外は普段は使わないからね。なんて微妙なフォローを言われるほうが逆に嫌だ。
「よく言われる」
「だろうね」
「もー、いいの。使わなきゃいいんだから」
きゃっきゃっ、と笑う友人にぶつぶつと文句を返す。
「オイ」
と後ろに並ぶ人から低い声をかけられた。
あ、やば。わたし達はそそくさと自販機の前からずれる。すみませんでした。と小さく声を揃えて言えば、目つきの悪い明るい金髪の男子生徒が口をへの字に曲げていた。
めっちゃヤンキーじゃん。と思った。
雄英には派手な人は多くいるけれど、こういうタイプは少ない。別に彼が規則違反をしているわけでは無いし、今の状況はわたしと友人が悪いわけなのだけれど、つい「うわ」と思ってしまった。例えば、何も悪いことをしていないのに、パトロール中の警察官をみると少し緊張してしまうような、そんな条件反射。
ヤンキー少年は腰で履いたズボンを引き摺りながら、ズカズカとガニ股で歩くと迷うことなく自販機のボタンを押した。紅茶よりコーヒー派らしい。
見守る理由も無いので、友人と顔を見合わせて立ち去ろうとすれば、またヤンキー少年に「オイ」と呼びかけられた。
恐る恐る振り返れば、缶コーヒーを手に持ったヤンキー少年が、わたしに向けて、まるで自販機のボタンを押すみたいにピッと人差し指を突き出しながら口を開いた。
「おまえ、放課後俺のとこ来い」

指定された場所は、校舎裏ではなく一年A組の教室だった。なんだ後輩じゃん。と緩む気持ちもあったが、一つ歳下であろうとヤンキーがヤンキーであることには変わらない。え。とこぼせば、あ? とドスのきいた声をあげられ、嫌だの一言も言えないまま、わたしは放課後までの二時間を怯えながら過ごす羽目になった。
友人は怯えるわたしを気にかけてくれたが、インターンのことで先生に呼び出されているらしく同行はできないと、申し訳なさそう眉を下げた。
「イレイザーが籍を残してるくらいだから、ちょっと見た目が怖いだけで、きっと優しい子なはずだよ」
と、友人は慰めるように言った。そんなこと言われても、そもそも、イレイザー自体をわたしはよく知らないし。駄々をこねるように言えば、友人は困ったように笑ってみせた。

結局、わたしは一人で一年生のフロアへと向かうことになった。
階段の踊り場に午後の柔らかな日が、射し込んで、葉っぱの形をした影ができている。わたしはブレザーのポケットに手を突っ込み、スマートフォンの存在を確かめた。嫌なことされたらワンコールで駆けつけてあげるから。そう言った友人の言葉をお守りに、とぼとぼと階段を降りていく。
これから会いに行くヤンキーもまた、ヒーローであることは頭からすっかりと忘れていた。


ヤンキー少年は爆豪くんと言うらしい。
まだ人の残る教室に入りにくさを感じていると、爆豪くんは、わたしを見つけるなり、彼の席の後ろへと座るよう声をかけた。爆豪くんがぐるりと自分の椅子を反転させたので、わたし達は机越しに向き合って座ることになった。机の上に爆豪くんはカバンから取り出した緑色の丸っこいものをコロコロと並べていく。数は四個あった。蓋が付いているらしく、爆豪くんが一つ手にとり栓を引けば、キュポンと音が鳴って開いた。爆豪くんが栓を机に置く。それから、爆豪くんは彼の左手を開いて、手相を見せるみたいにその手をわたしに寄せた。
「個性、出せ」
むすっとした顔で爆豪くんは言った。え? と首を傾げれば、さっさと個性使えと苛立たしげに言われる。
「わたしの個性」
「発汗だろ? 聞こえたわ」
さっさとしろよ、と爆豪くんは続ける。
「手に汗かくだけだよ」
「しつけぇな、必要だから呼んでんだよ。頭まわせや」
爆豪くんはじっとわたしを見据えた。なんでわたし今日あったばかりの後輩にこんな言われなきゃいけないんだろう。少しムッとした。ふに落ちなかった。顔に出ていたのだろう。なんだよ? と言った爆豪くんもまた、ムッとしていた。別になんでもないです。わざと敬語を使いながら、わたしは爆豪くんの手をとった。
触れた手は、男の子の手をしていた。

掌を合わせて指を絡める。指の股に太くゴツゴツとした温度の高い指がおさまるのを感じる。
いくよ。わたしは爆豪くんに声をかけて個性を発動させる。じんわりと重なった掌が熱くなっていく。ゆっくり十秒も胸の中で数えれば、重なり合わせた手の中に汗が湧き、蒸れた感触がしはじめた。

汚ねぇ個性だな。そう手を叩かれたことがある。中学生のとき、初めて男の子とデートをした日のことだ。
ぎゅっと握りしめるようにわたしの手を掴んで男の子は歩いた。たぶん、すごい緊張していたんだと思う。恥ずかしいのを我慢していてくれたのかもしれない。後ろからみた耳は真っ赤に染まっていて、可愛くて、嬉しかった。
だから、離された手が少し湿っていたのもわたしは不快なんて思わなかった。ただ、初めて男の子と手を繋いだことを、こそばゆく思いながら眺めていた。それだけだった。
なのに、男の子は、早口におまえの個性、汚ねぇな。と赤い顔のまま言った。

中学生にもなって個性の制御が効かないわけないじゃない。だとか、わたしの個性は指を絡めるように握らないと発動しないよ。とは言えなかった。今なら照れ隠しかな。なんて思えたかもしれない。でも、精一杯わたしなりにお粧しして出てきたのに、汚ねぇ。と弾かれた手に、そのときわたしは何も声が出なかった。

そっか、ごめんね。わたしが謝ると男の子は、何かモゴモゴと言っていた。えっと、いや。別にいいんだけど。みたいな。
それから二か月くらいして男の子に告白をされた。否定の言葉を並べるわたしに、男の子は、何かまたモゴモゴと言っていたが、わたしはそれを上の空で聞き流していた。
誰がこんな個性、好き好んで使うかよ。と悪態を吐きながら、遠くの雲の形をぼんやりと眺めてやり過ごしていた。

「手、離したら個性どうなる」
爆豪くんが、右手で机の上の丸っこいものを一つ持ち上げながら訊いた。
「ちょっとくらいなら平気だけど、指の股から離れたらそこで終わり」
ふぅん。爆豪くんは指を絡めたまま少しだけ手を離した。入り込んだ空気が、蒸れた掌の間を冷やしていく。随分と汗は溜まっていた。滴るほどに溢れた汗が隙間から爆豪くんの手首を伝っていく。
「うわ」
思わず声が出た。
「なんだよ」
手首に伝う汗を、爆豪くんは丸っこい容器に器用に入れている。
久しぶりに個性を使ったが、滴るほどに汗が出るなんてことは今まで無かった。その通りに爆豪くんに言うと、俺の個性柄だろうな。と説明される。
普段から汗腺を使うらしく、その影響ではないか。ということらしい。
「爆豪くんの個性って何なの」
「爆破。手の汗腺からニトロみてぇなもんが出る」
「ニトロ」
「うん」
「……え、わたし今すごい危なくない?」
思わず椅子ごと後ずさろうとすれば、ぎゅっと絡んだままの指が力を増した。ひっ。と引きつった声が出れば、爆豪くんの目が丸くなった。でも、それはほんの一瞬で、すぐに爆豪くんの表情は変わっていく。
何がそんなに楽しいのだろう。
「試してみっか?」
ニッと爆豪くんが口端をあげる。わたしは今にも吹き飛びそうな自分の右手を前に、スマートフォンを右のポケットにしまったことを後悔していた。
冗談だよ。とも言わずに、爆豪くんは二つ目の丸っこい容器に汗を落としている。
「ちなみに、それって何になるの」
話題を逸らすつもりで聞いたが、返ってきた答えに後悔した。
「手榴弾」
「ちょっと、もう、いい加減にしてくださいよ」
「何がだよ」
「腰パンから何から全部怖いんですけど」
「腰パン関係ねぇだろ、今」
「爆豪、さっきから何やってんだ」
口々に言い合うわたし達の会話に、すっと、別の声が入ってきた。
視線を向ければ赤い髪の男の子と、爆豪くんとは違う色味をした金髪の男の子が二人こっちを見ている。
帰らねぇの? と赤髪の少年が続け、金髪の少年はさりげなくわたしに視線を向けた。
「あ? 見てわかんだろ。アイテム補充してんだよ」
「いや、女の子と手繋いでる方のこと訊いてんだけど」
金髪の少年は、まじまじと繋がれたわたし達の手を見て言う。
「女?」
爆豪くんが、少し首を傾ける。
「え、男?」
二人の少年が驚いたような顔をする。
「いや! 女です。女」
わたしは慌てて、訂正する。いったい何の茶番なのだ、これは。
「何、爆豪彼女できたの?」
さらに一人増えた。黒髪で長身なうす顔の男の子である。うす顔の少年は、赤髪と金髪の間に立つと後ろから、長い腕を伸ばしてどさりと少年二人の肩を組んだ。
「誰がだよ。目ぇ、腐っとんのか」
爆豪くんが片手で器用に手榴弾に栓をしながら答える。
「だって、そんな手なんか繋いじゃって」
ねぇ。と薄顔の少年と金髪の少年が顔を合わせる。赤髪の少年はそういうことには疎いのか、腹減ったんだけど。なんてことを言っている。

そんなんじゃない。
わたしがそう言おうとする前に、同じ言葉を爆豪くんは言った。
それでも、まだ、納得がいかない。といった顔をする少年達に爆豪くんは、わたしを顎でさしながら、面倒そうに再度口を開いた。
「サポートアイテム」
平坦な、個性の説明でもするかのような、声色であった。
は? 真っ先にそう声をあげたのは他ならぬわたしである。うっせぇな。文句あんのかよ。と吠える爆豪くんに対し少年三人組は、違うならもういいや。といった様子で
「こいつ悪い奴じゃないけど身勝手なとこあるんで、どうしようもなくなったら言ってください」
というなり、爽やかな笑みを残して、腹が減ったと帰っていった。

汗が足りないのか、また爆豪くんは掌をぴったりと合わせてきた。残りの容器はあと一つのようだ。しっとりと濡れた手が重なり、じんわりとまた、熱を孕んでいく。
「おまえ便利だな」
でもまあ、俺くらいしか使い道ねぇんだろうけど。爆豪くんが鼻で笑う。
そうかな。
そうだろ。他になんかあったかよ。
ううん。だいたい無い方がいいって言われる。
使えねぇな。
うるさいな。
おまえじゃねぇよ、他のやつらだわ。
繋いだ手がすっと離れた。濡れた手が空気に触れてひんやりとする。最後の一個の手榴弾を爆豪くんは両手を使って栓をした。
「何それ、告白の方?」
「なんでだよ? 頭沸いてんのかてめぇ」
つーか、方ってなんだ。あ?
爆豪くんはドスを効かせた声で話す。少し巻き舌に話す口調は、やっぱりヤンキー少年そのものであった。

窓から見える陽に色がつき始めている。わたしはいつもより随分と濡れた手をスカートの裾で拭った。
「おまえ、ハンカチ持ってねぇのかよ」
「あるけど、教室」
「それを持ってねぇって言うんだよ」
腰履きされたスラックスのポケットから爆豪くんはハンカチを取り出すとわたしに差し出した。ピンとアイロンかけられたグレーのハンカチ。
ありがとう。とお借りして掌をひと撫ですれば、すぐに奪い返されて、爆豪くんは自分の手を拭った。

荷物を持って教室を出た。爆豪くんは歩くのが早くて、わたしは少し小走りになる。下駄箱の前でわたし達は別れることにした。また来週。おう。うん。じゃあな。バイバイ。わたし達は小さく言い合った。

また来週。

次の呼び出しを心の中で繰り返しながら、寮までの道をひとり歩いた。右のポケットからスマートフォンを取り出す。大丈夫そう? と一件きていたメッセージに一言返して、わたしはいつもより、ゆっくりと歩いて帰った。

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