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選んだもの、それは

 その女の存在に気づいたのは、制服が夏物から冬物へと変わる移行期間。ジャケットを着ている生徒と、そうでない生徒がちょうど半々くらいの頃のことだった。
 その日、食堂は混んでいて、箸を置いただけのトレイを持って俺は二列に分けられた定食の列に並んでいた。
 自分の順番まで、まだ先があった。退屈で、なんとなく彷徨わせた視線の先に、その女はいた。女は俺の隣の列に並んで、ぽかんと間抜けに口を開いたまま、壁に貼られたメニューを眺めみていた。
 定食はいくつかの主菜と副菜の中から自由に組み合わせることが出来た。
 サバの味噌煮。付け合わせがほうれん草の胡麻和えと、ひじき。それから、米は雑穀米でいいか。
 俺はメニューを眺めながら、頭の中で今日の昼食の献立を組み立てた。それと同時に隣の列に並んだ女が
「主菜がサバの味噌煮で、小鉢がひじきの煮物と、あと、ほうれん草の胡麻和えください。ご飯は雑穀米でお願いします」
 と、頼んだ。
 あ? と思いつい女をもう一度みた。睨んだつもりはないが、あからさまに視線を送っていたようだ。女は俺の方を見て小さく会釈をした。それは、曖昧な、本当に自分かどうかを確かめるような仕草だった。
 すぐに「次の方」と呼ぶ食堂のババアの声によって、俺と女の視線は離された。俺は少しの気まづさを感じながら、先程頭に浮かべた、女と全く同じ組み合わせの献立を注文した。

 それから、四日経った。
 俺はまたトレイを持って定食の列に並んでいた。
 肉の気分だった。
「豚の生姜焼き」
 あらかじめ決めていたものを先に注文した。はいよ、と威勢のいい声が返される。ご飯とおかずは? どすのきいた声で食堂のババアが聞く。そのすぐそばで「次の方」と、別のババアが叫んだ。
「白米。んで、小鉢がナスの煮浸しと金平」
 ババアに負けじと勢いつけて言えば、隣から
「豚の生姜焼きと、ナスと金平。白米で」
 と、簡単にかき消されそうな細い声が聞こえてきた。
 被ったな。そう思って、なんとなしに隣を見れば、向こうも同じように俺を見ていた。どっかで見た顔だな、と女の顔を眺めていれば、女の方から
「ごはんの趣味があいますね」
 と声をかけてきた。は? と口にすれば、
「何日か前も、同じの頼まれていたから」
 女は、眉を下げてよそよそしい笑みをつくった。
 その笑い方に、曖昧な会釈をしてみせた女の姿がうっすらと重なって、俺はようやくあの時の女かと、記憶を掘り起こしたのだった。

 それからも時々、女を食堂で見かけた。会おうと約束をしているわけではなかった。なんなら、俺は女の名前もクラスすら知らなかった。ただ、たまに食堂で見かける程度のその女は、不思議といつも俺と同じメニューをトレイの上に広げていた。

 そんな日が続いて、いつのまにか俺は食堂に行くたびに女の姿を探すようになっていた。
 メニューを選ぶとき、ふと、あの女は今日は何を食べるのだろうか、というくだらない思考が一瞬、過ぎるようにもなっていた。
 そういう思考に陥るのは、居心地が悪かった。
 なんの得にもならない思考だ。ましてやそれが、女のことというのがダメだ。
 もし誰かにばれて、色ボケしていると勘違いされたら。と、危惧した。
 男女というだけで、勝手に色恋沙汰にでっち上げられて揶揄われるのは嫌だ。
 そんなんじゃねえ、と、うまく言えそうにないのは、もっと嫌だ。

 鶏のトマト煮と、雑穀米、チーズフライと紫キャベツのサラダ。
 それらを並べたトレイを持ち、あらかじめとっていた席につけば、斜め向かいに女がいた。
 あ、と声を上げた女が微笑んだ。また同じですね、と女が言う。女の隣に座っていた上鳴が、女を一瞥すると
「かっちゃん知り合い?」
 と俺に向かって聞いてきた。
「爆豪くんとは、よくメニューが被るんです」
 女が俺の名前を知ってることに驚いた。覗くように俺と女のトレイの上を眺めた上鳴が、ほう、と小さく呟いた。
「確かに一緒だわ」
「でしょ」
 くすりと女が笑う。それから、ポツポツと上鳴と女が話しはじめ、それにいつの間にか俺も交じり、食事の終わる頃にはその女の名前を知った。
 それ以降、女とは見かけれたまに話すようになった。タイミングが合えば、同じメニューの飯を並んで食ったりすることもあった。

 そうこうしているうちに、いつのまにか約束を交わすようになっていた。最初は明日一緒に昼飯を食おう。といったものだった気がする。それが気づけば外食になり、やがて夕食になった。何度も俺と女は食事の席を共にし、同じメニューを口にした。
 そんな日々を繰り返すうちに、いつしか俺たちは、また約束をしなくなっていた。
「勝己、今日のお昼何がいい?」
「蕎麦。それから昨日の残りの漬物と、茄子の煮浸し」
「磯辺揚げもあるよ。のせる?」
「おう」
 相変わらず、女との食の好みは一緒のままだ。
 過ごす時間を重ねてみれば、同じなのは食の好みだけではなく、過ごす時間の空気もよく似ていた。
 何もかもが、同じなわけではない。
 ただ別々のことを、同じ部屋で好き勝手にしているときの空気が、ただただ自然で穏やかだった。自分を折り曲げたり、相手を言いくるめたり、思ってもいない機嫌とりをしたり。漠然と面倒で厄介なものだと思っていた恋愛というものが、溶けるように穏やかな日常にも存在していることを知って四年が経った。
「はああ、明日緊張するね。どうしよう、全然食欲湧かない」
 女が小鉢の中で最後の一つとなったナスの煮浸しを口に運びながら言う。
「全部食ってから言うことじゃねぇだろ」
「そうだけどさ。あ、そうだ胡麻プリンあるの。食べよ」
「……ドレス入らなくても知らねぇぞ」
「もー、なんでそういう怖いこというの?!」
 夢に見るわ。と女がぶつぶつと言っているのを聞いていた。
 壁にかけられたカレンダーには、明日の日付に赤く丸が記されている。
 明日、俺と女は夫婦になる。

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