MHA | ナノ

合法的背徳感

 爆豪くんに食事に誘われた。
 驚いたけれど嬉しかった。久しぶりだったし、成長した彼を見るのは、楽しみだった。
 でもまさか、食事のあとに二軒目に続くとは思ってなかった。
 あまり夜が深くなるのはどうなのだろう。
 そう言えば、爆豪くんは少しだけだからと言って私の前を歩いていく。私は何も言えなくなって、彼の後ろを銀色のパンプスを鳴らして歩いた。

 爆豪くんは二年前に私が雄英高校に赴任して初めて送り出した生徒の一人であった。
 文武両道でありながら、学校きっての問題児。
 教師どころか全校生徒が統一した見解をもつ
 彼のことを、私ははじめ、扱いの難しい生徒であると思っていた。しかしながら、彼の友人伝に話すことがポツポツと増えるにつれて、激しい気性の裏で大人びたものの見方や話し方をする彼に、生徒でありながらどこか
 同年代の友人達と近しいものを感じるようになっていた。
 彼も彼で、私に何かかしら近しいものを感じていてくれたとは思っていた。
 課題の質問や、進路などの相談も気軽にしてくれたし、プライベートな話もいくつかした。新任の教師として、不安なところも多い時期であったから慕ってくれる生徒がいるというのは、当時の私の自身とやる気にも直結していた。
 でも、それだけだ。
 私たちは、二年前に先生と生徒としてここにいた。
 それだけなのだ。それだけな、はずなのにどうしてこうなったのだろう。

「理由をいちいち言葉にする意味あんのかよ」
 べつに言えって言うならいいけど。と爆豪くんは気怠そうに肘をついた。
 ホテル最上階のラウンジにあるバーカウンターに横並びに座り、当たり前のようにウイスキーを頼んだ爆豪くんに目を丸くすれば、
「酒くらい飲むわ」
 と、鼻で笑われる。
 じゃなきゃこんなとこ来ねぇだろ、と続ける爆豪くんに、私は何と返して良いか言葉を探しては飲み込んだ。
 わかってはいるのだ。けれど、どうにも制服姿の彼が私の頭から離れてくれない。私の二年と彼の二年では進む時間が違うのではないかというくらいに、私にとっては高校生の爆豪くんという存在はつい最近のとなのだ。
 カウンターにウイスキーと白ワインのグラスが並ぶ。
 乾杯はせずに、ふたり同時に口をつけた。
 ワインはするりと喉を通っていく。随分と飲みやすいな、と私はくるりとグラスの中でワインを回した。
 カウンターでよかった。面と向かって座るには、この空気は気まずすぎる。一軒目で見せてくれた、捻くれた、でもそこがかわいい、そんな二年前から変わらない姿はどこに隠されてしまったのだろう。「飲める口なのか」と聞かれて、「どうかな」と私は答える。
 まるで初めてのデートみたいな会話。

「普段、こういうところで飲んでるの?」
「べつに。居酒屋行く時もあれば、バー行く時もあるし、テキトー」
「そっか」
「まぁ、でもラウンジは来ねぇな」
「私もホテルでお酒って初めてかも」
「部屋、誘われるとでも思ったかよ」
「え?」
「ホテル入るとき、一瞬足止まった」
 爆豪くんの爪先が、コツンと私のパンプスを突いた。
「部屋とってもいいけど」
 爆豪くんがニヤリと笑う。
 その顔が生徒の頃から実は私が苦手であったことを彼は気づいているのだろう
「何バカなこと言ってるのよ。そういうのは、彼女にでも言いなさい」
「それは、アンタが言われたくて言ってんのかよ」
「違うよ。誰かれ構わず言うもんじゃないって心配してるの」
「そっちこそ違ぇわ、俺の彼女になれって言われたくて言ってんのかって聞いてんだわ」
 太い腕が腰に回される。ぐっと近づいたアルコールの香りから逃れたいのに、そっと添えられただけの腕からどうしてか抜け出せない。
「酔ってる」
「一杯で酔えっかよ」
「困る」
「何が」
 言葉に詰まれば、爆豪くんはもう一度「何が困るんだよ」と囁いた。
「だって私たち、そう言うんじゃないじゃない」
「そういうのって何だよ」
「私は教師で」
「俺は生徒じゃない」
 爆豪くんはグラスに一度口をつけて、
「子供でもない」
 と、言葉を重ねた。

 覗きこんでくる赤い瞳は、有無を言わせぬ強さがある。痛いくらいに真っ直ぐに見てくる目に息がつまる。大人はそんな風に人を見ないよ。そう言ってかわせたらいいのに、お腹の中から言葉は外に出てきてくれない。
 今日は言葉を飲み込んでばかりだ。
 腰に回された腕に力がはいり、ゆっくりと身体を引き寄せられる。カウンターは失敗だったかもしれない。触れてくる指先は欲を持っていることを隠さない。変わらないな。と思った。

 二年前に一度だけ、爆豪くんは私に触れたことがある。不可抗力だった筈の接触は、その手が離されるときには彼のもつ欲を私に色濃く伝えていた。
「あのとき、俺が何か言う前に生徒の話は聞けねぇって、クソみてぇなこと言ったのはオマエだからな」
 人の時間無駄に使わせたんだから、責任とれよ。と爆豪くんは不貞腐れたように言う。
「もういいだろ」
 爆豪くんがグラスを回せば溶けかけの氷がカランと音を鳴らした。「出るぞ」という彼に腰を抱えられたまま私はラウンジを出た。爆豪くんがエレベーターのボタンを押す。

 この状況になってまで、私の足はまだ重たかった。まるで銀色のパンプスが鉛を履いているようだと思えた。俯いてエレベーターをまつ私に、爆豪くんは怒ったような呆れたような声をあげる。
「このまま帰るっていうならタクシー呼ぶし、手も出さねぇけどよ、何か言う前におまえ一回自分の顔見てから言えよ」
「か、お?」
「困るってやつの顔じゃねぇんだよ。今日も、あんときも」
 開かれたエレベーターに私を押しこむと、爆豪くんは16階のボタンを押した。
「ここに着く前に決めろ」
 いいな、と節ばった指が閉のボタンを押す。それから、私の腰を抱き寄せ、顎をすくうように持ち上げると押し付けるようなキスをした。流れるような所作だった。あまりに自然に素早く動いたから避け損ねた。しまった。と思うころには唇が舌で割られ、欲を持っ
 た手が身体を這った。思わず閉ざした目の奥に高校生の爆豪くんが蘇る。まだ私の生徒だった姿を思い出して、背筋が震えた。

 部屋に入るなり、荷物でも持つように身体を持ち上げられた。浮いた拍子に、銀色のパンプスが脱げ落ちる。あ、と思ったそれは、柔らかな絨毯の上に音もなくコロンと横たわった。
 まるで私のようだと、考えたのは朝日が登ってからだった。
 陽が差し込む明るい部屋で履いた銀色のパンプスは、すこし緩くて軽かった。
 爆豪くんが靴を履き直す私をみて、満足そうにニヤリと笑う。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -