17時の奔流 | ナノ

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17時の奔流

昇りつめたその先は

 塾の帰りに、コンビニでファッション雑誌を立ち読みしていれば、浴衣の特集が組まれていた。
 淡い色合いの可愛らしいものから、黒や紺といった深い色のシックなものまで、色とりどりの浴衣が並んでいる。
 この中なら水色かな。淡い紫もかわいいな。着る予定もないのに、私は隅々まで記事に目を通した。
 もうすぐ一学期が終わろうとしている。学校では、夏休みを前に、三ツ谷くんが他校の美人な女の子に告白されたらしい。という噂が広まっていた。
 いくつかの尾鰭をつけた噂は、結果二人がお付き合いを始めた。という噂と、三ツ谷くんが振った。という噂の2パターンが存在していて、どうか真相は後者でありますように。と私は祈るような心地で、連日、クラスメイトの会話に聞き耳をたてていた。
「部長、そういうの、全然わかんないんだよなあ」
 噂を聞いたとき、安田さんは、そう唸った。
 同じ手芸部の部員であっても、噂の真偽は不明らしい。
 三ツ谷くん、恋バナ絶対かわしてくるから。安田さんは笑って言う。噂の真相よりもまず、三ツ谷くんと恋の話をしたことがあることに、私は驚いた。
「女子ばっかりだからね、そういうときもあるよ」
 三ツ谷くんは、男子的にはどう思う? というような、男性目線の一般的な見解を求めるぶんには、相談にのってくれるけど、三ツ谷くんはどうなの? という個人的な見解を求める話題になると、俺の話はいいよ。と口を閉ざしてしまうという。
 意外と奥手なのかな。と安田さんは続けて笑ったけれど、私には、隠しておきたい何かがあるように思えて仕方なかった。

 コンビニのドアがお馴染みのメロディーを鳴らすと、金髪の女の子が入ってきた。制服を着崩している。派手な見ためは、影口をたたいてくる女の子たちを連想させ、私はちょっぴり警戒した。女の子は一人分の間隔を開けて私の隣に並ぶと、電話をかけ始めた。
「いまね、コンビニついた」
 迎えを頼んでいるのか、女の子はそう言って電話をきった。それから、雑誌を一冊手に取った。雑誌は私が選んだものとは違う系統のファッション誌だった。
 しばらくすると、様々に、大きなエンジン音をたてたバイクがコンビニの前にやってきた。バブー、と鳴る、とりわけ大きなエンジン音に女の子は顔をあげると、雑誌を棚に戻しながら、外に向かって手を振りはじめた。
 ひらひらと揺れる手は、細く、しなやかだった。
 どうやら、彼女の迎えはこのバイクの団体らしい。
 すぐにまた、女の子が入ってきたときと同じメロディーが店内に流れた。バイクから降りてきた不良たちだろうと想像して、私は女の子の方に視線を向けないように気をつけた。何みてんだよ、なんてことになるのを避けるために。
「エマ」
 男の人が女の子と思わしき名前を呼んだ。それからすぐに、
「二宮さん?」
 と、名前を呼ばれる。


「三ツ谷の知り合い?」
「おー。同中」
「へえ。部活の子?」
「ちげぇけど。マイキー、ドラケン。オレちょっと寄ってから帰るわ」

 不良だろう二人の男と三ツ谷くんは、話しながら、エマと呼ばれた女の子を囲うようにして立った。不良は背の高い人と背の低い人の二人組であったが、林くんと林田くんとはまた違う、初めて見る人たちだった。きっと、他校の人なのだろう。そもそも中学生ですらないかもしれない。
「ん。わかった」
 背の低いほうの人が言った。金色の、ふわふわとした髪の毛をしている。
「気ぃつけろよー」
 背の高い人が言う。こちらも金髪だが、髪の色よりも、頭に彫られた龍の刺青の方が目立っていた。怖い。
 エマちゃんも、またな。気をつけて。三ツ谷くんが金髪の女の子に笑いかける。エマちゃん、という呼び方が気になった。
「じゃ、行くか」
 三ツ谷くんが突然、私を見た。
「へ?」
「送るよ」
 三ツ谷くんはポケットから鍵を取り出し、キーホルダーの輪っかに人差し指にを入れて、くるりと器用に鍵を回す。
「や、でも」
「そこの通りでさ、大学生が歩道塞いで、騒いでんだよ」
 外を眺める三ツ谷くんの視線を追えば、
「送られてやってよ」
 と刺青の人が言った。

 ブンブン、ブンブーン、とバイクの爆音が遠くに聞こえてくる。あの音のことを、言っているのかな。家までの道のりを不安に思って私は眉を顰めた。
「パーちん、やってんなあ」
 ケラケラと小柄な金髪の人が笑う。
 パーちん? 私が首を傾げれば、三ツ谷くんが
「林田のこと。さっきまで、遊んでたんだよ。オレら」
 と教えてくれた。
「みんな、いつも、バイクばっかり」
 エマちゃんがぼやく。いつも、を強調したように聞こえたのは、私が気にしすぎているせいなんだろうか。

 三ツ谷くんも、バイク、乗るんだ。
 外に出て、コンビニの前に並んだ大きなバイクを見て、私はようやくその事実に気づいた。
 停められた三台のバイクは、全部違う車種のようだった。もとよりバイクの知識など持ち合わせていない私には、「違うバイク」ということしかわからなかったけれど。三ツ谷くんは、一番左に停められたバイクに跨ると、ヘルメットをとり、私に差し出した。
 慣れた姿に、三ツ谷くんも不良なのだと実感する。どうやって買ったんだろう。免許は。なんて質問は、きっとしてはいけないのだろう。
「じゃ、乗って」
 じゃ、と言われても。と私は呆然とバイクを見るばかりだった。エンジンをかけられたバイクがブロロロンと大きな音をたてる。その迫力に、私は一歩後退った。
「どうしたぁ?」
 三ツ谷くんが小さく首を傾げた。あ、あの。ともごつく私の声はエンジン音にかき消されてしまったらしい。ん? と三ツ谷くんがもう一度聞いた。早く乗れよと視線が訴えかけてくる。
「ど、どうやって、乗るの」
 私が聞くと、三ツ谷くんはぽかんとして、それから、ぶはっと勢いよく吹き出した。
「ふつーに、チャリ2ケツすんのと同じ」
 にけつ。復唱する。
「もしかして、それも、ねぇ?」
 マジかー、と言いながら、三ツ谷くんが手招いた。近づけば、そこ、足掛けて。跨いで。と誘導される。
「こっから説明いるとは思わなかった」
 三ツ谷くんがクツクツと笑った。
「すみません」
「全然いーけど。……動くよ」
 言うなり、車体が揺れた。うわ! と私が慌てて三ツ谷くんの服を掴めば、三ツ谷くんは後ろ手に私の手首をとり、三ツ谷くんのお腹のほうへと引き寄せた。
「掴まんなら、ちゃんと掴まって。危ねぇ」
 叱られる。
 ごめんなさい。私は、おずおずともう一方の腕も伸ばし三ツ谷くんの腰に回した。
 三ツ谷くんのバイクが夜の町を走り抜ける。賑やかな大学生達のわきを、いつもなら、数分かけて渡る橋を、一瞬で通り過ぎていく。曲がり角にさしかかって、私はしがみつく腕の力を強めた。触れた三ツ谷くんの背中は、暖かかった。香水の匂いがほのかにする。体温と混じるこの香りをエマちゃんは知っているのだろうか。三ツ谷くんの恋を、どこかの誰かは知っているのだろうか。向かい風が、私の髪を、攫うように靡かせていく。

「着いたぞー」
 と三ツ谷くんがのんびりとした口調で言った。私はバイクに腰掛けたまま、お礼を述べて、ヘルメットを外した。先にバイクを降りた三ツ谷くんが、降りれる? と手を貸してくれる。
「二宮さんさ、いつもこんな時間まで、出歩いてんの」
 三ツ谷くんは言いながら、私が手渡したばかりのヘルメットを装着した。首元に引っ掛けるだけの被り方は、本来守るべき頭部を、何一つ守れていない。
「いつもというか。その、塾行ってて」
「あー。なら仕方ねぇけど、気をつけろよ。悪ぃやつらも多いからさ」
 オレも人のこと言えねーけど。三ツ谷くんは呟いて、エンジンをかけ直した。
 そんなことないよ。といいかけて、やめた。三ツ谷くんは、不良を、やりたくてやってる人だから。
「三ツ谷くんも、気をつけて」
 しばらく返す言葉を悩んだあとに、私は言った。
「ん。ありがとう」
 三ツ谷くんは軽く頷くと、バイクを走り出させた。
 ウォンウォン、と鳴るバイクの音が次第に遠くなっていく。気づけば三ツ谷くんの姿はあっという間に見えなくなってしまった。
 困ったな。
 思いながら、私はマンションのエントランスを歩いた。
 見てるだけでよかったのに。本当にたまに、姿を見かけるだけで、十分に幸せだったのに。
 それなのに、私は今、離れたことに寂しさを感じている。またすぐに、会いたいと思ってしまっている。
 エレベーターに乗りこみ、自宅のある階のボタンを押す。現在地を表示する数字が、はやいスピードで数を増していくのを眺めながら、私はなんだか無性に叫び出したいような気持ちになった。

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