神様の隣人 _ | ナノ

7

「決めた」
 五条くんが、メニューから顔を上げた。
「呼んでいい?」
 すっと伸ばした人差し指を、五条くんは呼び出しボタンの上にのせる。
 どうぞ。
 そう言えば、五条くんは、口角をぎゅっとあげて、「ピンポーン」と明るく言いながらボタンを押した。
 五条くんが、私の練習に付き合うようになって、五日が経っている。
 私たちはあの夜、コンビニに寄り道した日から、練習後はどこかで食事を済ませてから帰るようになっていた。駅前の大判焼き、商店街のコロッケ、もんじゃ焼きに、ファーストフード、ラーメンときて、今日は、ファミリーレストランに来ていた。謂わば、お坊ちゃんの庶民ツアーである。
 注文をすませると、五条くんは早速立ち上がりドリンクバーへと向かった。恐らく人生初ドリンクバーであろう、彼の大きな背中は、小さな子供のようにウキウキとしていた。
 出された水をチビチビと飲みながら、待っていれば、五条くんより先にウエイトレスが食事を持ってきた。
 私がオムライスで、五条くんはビーフシチューにご飯とサラダのセットである。ちなみに、食後に、いちごパフェと、チョコバナナパフェを頼む予定らしい。
「一ノ瀬、みて」
 背後から聞こえた名前に、振り返れば五条くんが立っていた。五条くんは、メロンソーダのグラスと一緒に、カラフルなおもちゃを抱えるように持って立っていた。
「ふはっ、何してんの」
 予想外の姿に、つい、吹き出してしまう。
「レジのとこで売ってた」
「買う人いるんだ、あれ」
 テーブルの空いたスペースに、おもちゃが並べられていく。
 ミニカー。ブサイクなぬいぐるみのついたストラップ。やたらギラギラとしたボールペン。メントス。でかいマーブルチョコ。将棋盤。といったラインナップである。
「あげる」
 五条くんが言う。買って満足したのか、五条くんはフォークを手に、ビーフシチューへと向き合っていた。
「えー、いいよ。てか、いらない」
 私もスプーンをとって、オムライスと向き合う。ソースはデミグラスソースだ。ケチャップも良いけど、私はどちらかといえばデミグラス派である。
「ん」
 五条くんが、手を広げた。
「ケータイ、貸して」
「なんで」
「いーから」
 広げられた手に携帯電話をのせる。五条くんはフォークを置くと、ぬいぐるみのついたストラップを摘んだ。
「それやだ」
 五条くんがしようとしていることを察して、私は言う。なら、マーブルチョコがいい。とも言えば、五条くんは、メントスとマーブルは譲らないと断言した。
「これ取っていい?」
 ストラップの紐が通らないのか、爪をたてた五条くんは
「何これ、ハート割れてんじゃん、不吉」
 などと言いながら、もとからついていた私のストラップをはずそうとしている。
「どうみても不吉なのはそっちでしょ。このハートね、ペアでね、二つくっつけると一個のハートになるんだよ」
 左手で私はストラップを突く。
「ふーん、ペアって彼氏?」
 五条くんは、穴に通すことを諦めたようで、私のストラップに巻き付けるように、ぬいぐるみのついたストラップを取り付けはじめた。
「違う、梢」
「梢って?」
「瀬戸梢」
「あー、瀬戸さん」
 はいはい、と、五条くんは平坦な声で言った。わかっているのかどうか、微妙な声色である。
「てかさ、おまえ、彼氏いないの」
 五条くんは取り付けたストラップを弄った。五条くんの親指ほどあるぬいぐるみは、形容し難い顔をしている。ぶさいく、というよりは、不気味。
「うん」
 あとで取ろうと決めながら、私は、オムライスを口に運んだ。
 五条くんもまた、ストラップからフォークに持ち替えて、ビーフシチューを口にする。ゴロリとしたお肉が、一口で丸呑みされていった。
「なら、付き合う? 俺ら」
 五条くんは、お肉を飲みこんだあとに、そんなことを言った。カチャン、と、スプーンが皿にぶつかる。私は気にせず、皿の上を滑らせるようにオムライスを一口掬った。口に運ぼうと持ち上げれば、デミグラスソースに混じったキノコがひとつ、スプーンから飛び出す。
 あ。落ちた。
 思いながら、オムライスを口にする。私はやっぱりソースはデミグラスだな、と思う。
 口の中のものを咀嚼して飲み込めば、テーブルの下で、私の足が柔く踏まれた。
「無視かよ」
「そういうのは、よくないと思う」
 私は言い、備え付けの紙ナプキンを一枚とって口元を拭った。それから、ひとつ咳払いをして、私は五条くんの言葉に返しはじめる。
「そういう冗談はさ、私学校いられなくなっちゃうからやめてほしい」
 私が言うと、五条くんは笑った。
「女の嫉妬てやつ?」
 そう言いながら、色の薄いレタスにフォークを突き刺している。
「それで? そんな理由で俺ふられんの?」
 シャキシャキと五条くんはレタスを噛んだ。
「そう言う冗談こそ、よくないだろ」

 冗談なんかじゃない。
 その言葉が上手くでないまま、私たちは食事を続けた。そこからは、私も五条くんも黙りがちだった。
「デザートいる」
 すでにビーフシチューを食べ終えた五条くんが、テーブルに貼り付けられたデザートメニューを眺めながら言う。
 ううん、へいき。
 私は、小さく答える。
 五条くんは呼び出しボタンを無言で押すと、いちごパフェを一つ頼んだ。注文を繰り返し去っていったウエイトレスと入れ替わりに、別のウエイトレスが水を注ぎにやってくる。
「ありがとうございます」
 頭を軽く下げて、彼女の背中を見送れば、五条くんが口を開いた。
「悪い話じゃなくね? 俺と付き合うの」
 五条くんは、メロンソーダにさしたストローをくるくると回している。
(まだするの? その話)
 いっぱいに注がれたグラスを、私は自分の前に滑り寄せる。
「見えるやつといる方が楽じゃん」
 私は、一瞬息をのむ。
「弱い奴らに合わせるの、疲れねえ?」
 五条くんの言葉に対する返事を私は飲みこんだ。言葉がうるさいほどに溢れていたが、それが声にはなってくれなかったのだ。
 疲れたりなんか、しない。
 ただその一言を言えばいいだけなのに。
「いや、その」
 私はうつむいて、曖昧に答える。目の前に座る五条くんの顔が、見れなかった。目を合わせたら、何か知られたくない感情までも見透かされてしまうような気がして怖かった。
 その夜は、いつもより早く家に着いた。帰ると、父と母はまだダイニングで夕食をとっていて、練習の調子はどう、と訊ねられたが、それどころじゃないよ、と私はヨレヨレと答えながら自室へと退散したのであった。

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