神様の隣人 _ | ナノ

9

こんなにも誰かを憎しむ日が来るなんて思わなかった。
「呪詛師が捕まった」
 五条くんから電話がきたとき、スマートフォンの時計は23時56分を表示していた。話の内容に飛び起きれば、タオルケットがベッドからずり落ちかけた。私は、あと4分後に迫る翌日からの2連休にむけて、既にベッドの中で眠りに落ちていたところであったのだ。一瞬、これは夢なのかと思ったが、確かめる間もなく五条くんの話は続いた。
「明日、朝一で聴取が行われる。来るなら話をつけておくけど、どうする」
 どう。突然のことに言葉を詰まらせる私に、五条くんは無理しなくていいよ。と囁くように言った。
「ううん。平気、行く」
 答えたが、行きたくない、と、行かなくちゃがせめぎ合っていた。真実を知ることも、呪詛師に会うこともいざその時がくると怖くなった。聴取には夜蛾先生と伊地知くんがあたると五条くんは説明した。私と五条くんは別室から聴取の内容を確認する予定だそうだ。なので直接私が呪詛師と顔を合わせることにはならないだろう、と五条くんは言った。しかし、私には「聴取」という行為を見守ることが出来るのか、という不安が祖父母の件をとはまたべつにあった。
 私のときみたいなことが、起こるの?
 以前、傑が離反したときに行われた尋問は、私の中で根深い記憶として残っていた。「上層部」と五条くんの口から聞くだけで、身体が緊張してしまうのは、もはや、条件反射に近いものであった。その度に、当時まだ交際中であった五条くんは申し訳無さそうに眉を下げたものだ。そして私は、その五条くんの表情に、いつまでもぐずぐずと不安がる自分を責めては、重いしこりのような気持ちを積み重ねていた。この一件も、私たちが別れた理由の一つだったのかもしれないと、今、思う。
「聴取って、どんな感じ」
 五条くんも、同じような気持ちなのかもしれない。聞けば、君が怖がるようなことは起きない、と力強い口調で言われた。その上で、
「僕がいるんだから、一ノ瀬は、無理しなくてもいいんだよ」
 と、五条くんはもう一度、そんなことを言ったが、
「五条くんがいるなら、行く」
 と私が言えば、それ以上、私が聴取の場に赴くことについて否定するようなことは何も言わなかった。
 朝八時に、五条くんは、マンションの下まで迎えに来た。車に詳しくない私は、色と形でしか判別がつかないが、滑るように停車した背の低い黒い車は、伊地知くんの車とそっくりであった。
 運転席の窓が開けられ、サングラス姿の五条くんが顔を覗かせる。
「おはよ。乗って」
 頷いて、私は助手席側に回った。扉を開けて、乗り込む。整った車内はやはり見覚えのあるものだった。
「伊地知くんは?」
 確認するように訊けば、五条くんは頷いた。
「準備でバタバタしてるよ。あ、言っとくけど、今回は伊地知に頼まれて僕きてるからね」
 無断借用ではない、と言いたいのだろう。五条くんは、きゅっと唇を尖らせた。それからため息をつく。五条くんは顔だけを私の方に向けると、顎を引いた。サングラスの隙間から甘えるような上目遣いの蒼眼と目が合う。
「このままドライブにでも行きたいものだね」

 たどり着いたのは、ドラマで観るような取調べ室だった。違うのは、部屋の至るところに札が張り巡らされていることだろうか。
 マジックミラー越しに見える部屋は、朝だというのに薄暗かった。頼りない背もたれのついた木製の椅子に、太い縄で締め付けられるように老齢の男が座っていた。その縄にもまた札がいくつも貼られている。ほぼ間違いなくあれが呪詛師なのだろう。祖父が生きていれば同じくらいの年齢だろうか。家族と無関係であればいいと願っていながら、祖父母の年齢と近い呪詛師の姿に、どこか納得している自分がいた。
 呪詛師のいる部屋には既に夜蛾先生と伊地知くんが入っていた。五条くんは部屋の隅から折り畳みの椅子を二脚出すと横一列に並べ始めた。私に席につくよう勧めながら、五条くんは呪詛師たちのいる取調べ室に近い方の椅子に腰掛けた。ギシリと五条くんの体重に椅子が音を立てる。五条くんが脚を組み、口を開いた。
「あの男に見覚えは?」
 私は出来るだけ音を立てないように椅子に腰掛けた。
「ない」
「ならいい」
 五条くんが私の座る椅子の背もたれに手を伸ばした。肩を抱かれるような体勢になる。
「繰り返しになるけど、怖くなったり、気分が優れなくなったら、すぐに僕に言うこと」
「ん」
「君いまさ、どれくらいの気持ちで僕の話聞いてる?」
「努力目標、くらい?」
「まいったね、絶対遵守事項のつもりなんだけど」
「両親の代わり捜査に協力すること。って先に言ったのは五条くんだよ」
「そうだね。そうだよ、そうだけどさ」
 あーあ。と五条くんは大袈裟にため息をつきながら、伸ばした腕を引っ込めて、自分の頸をガシガシと掻いた。
「時間だ」
 五条くんが言う。目の前の部屋では伊地知くんが腕時計を見ていた。やがて、事務的に宣言する。
「それでは、これより聴取を開始します」
 夜蛾先生が前のめりに姿勢を変えた。
「まず、この呪骸はおまえの物だな」
 夜蛾先生は机に写真を並べながら聞いた。そうだ。呪詛師が肯定した。目的はなんだ。夜蛾先生が質問を重ねる。
「強い呪骸を作りたくてな」
 慇懃な物言いだった。まるで自分のほうが優位にたっているかのように呪詛師は微笑んでいる。余裕をみせる態度は、信頼よりも不信感を私に与えた。この男の発言は全て嘘なのではないか。たった一言だけの会話で、すでにそう思えるほどに。
「他に聞きたいことは?」
 悠然と呪詛師は問いた。
「おまえの工房から白骨化した遺体が見つかった。あれは何で、何のために用意したものか」
「つまらない質問だな。既に調べてあるものを聞くか」
「答えろ」
「あなた方の元お仲間だ。宇奈月元一級呪術師。彼奴の遺体を使って呪骸を作る算段だった。答え合わせはこれで十分かな」
 十分なわけがなかった。クソジジイ。上層部の人間にすら抱かなかった感情が、ふつふつとお腹の底で湧き上がるのを私は静かに感じていた。
 部屋の中に、記録係である伊地知くんが打つキーボードの音だけが鳴っている。タン、と伊地知くんが、強くキーボードを叩くと、部屋の中から一度音が無くなった。夜蛾先生が机に肘をついた。
「宇奈月の骨でないものが混じっていたことについては」
 重く、夜蛾先生は口を開いた。
 私は、背筋を伸ばす。
「否だ」
 呪詛師が言う。
「私の知るものではない。宇奈月がもとより持っていたものだ。それが何でどこで得たのか。予想はつくが、それは私の探究の範疇にないものだ。答える気はない」
「探究か」
 夜蛾先生は呟くと、考えるように腕を組んだ。夜蛾先生はそのまま黙り込んでしまう。予想でもいいから、どうして問い詰めてくれないのか。落ち着かない気持ちで、私は夜蛾先生を眺めていた。痛いほどの部屋の静けさが、私の気持ちが急かしてくる。
「一ノ瀬、もう出てもいいよ」
 急に五条くんが、口を開いた。
「え」
「あの呪詛師は、骨のことに関して口を割る気がない。残念だけど、君の目的はここにいても達しないだろう」
 そんな。と私が食い下がると、五条くんは微笑んだ。あとは僕だけでいいよ。それだけ言うと、五条くんはマジックミラーの先の部屋に、また視線を戻した。嫌だよ、そんなの。私は言うと、五条くんは小さくため息をついた。
「好きにしなよ。そのかわり、後から泣いても知らないよ」

「宇奈月の死体を使うといったが、死体に呪いを取り込むつもりだったのか? それとも魂の情報を奪う気だったのか?」
 しばらくの沈黙のあとに、夜蛾先生は、そう口を開いた。
 すると呪詛師の目が、わかりやすく輝いた。
「聞いてくれるか。傀儡術師の同胞よ」
 五条くんが組んだ脚を下ろした。姿勢が前のめりになる。何が起きるのか、私は五条くんの動きに不安になった。五条くんから醸し出される空気は、私にとってこれから悪い話が繰り広げられることを予告をしているように感じられた。
「私は、肉体に魂が宿ると仮説している」
 嬉々として呪詛師が語り始めた。
「そして、強い呪骸をつくるには、強い呪いが必要だ」
「呪いが必要」
「ああ。知っての通り、呪骸は術師の呪力によって動く。しかし、私は呪力に恵まれた人間ではない。ではどうすれば私のような人間が、強い呪骸をつくれるのか。私はかねてからずっと考えていた。彼よりも年若いころからずっとだよ」
 彼、と言いながら呪詛師は伊地知くんを指差した。伊地知くんの背が丸くなる。呪詛師は伊地知くんの様子を気にする様子もなく、夜蛾先生へと視線を戻すなり唐突に、
「目指すべくは、呪霊操術の術師だ」
 そう高らかに言い放った。
「特定の式神を持たない彼らが、外から呪霊を取り込むように、呪力がないのなら呪力を他所から調達すればいい。単純な話だ。けれども、出来るのかと言われれば簡単に出来る話でもない。封印するのとはわけが違う。これが出来る呪骸をつくるには、器と中身、そのどちらもが完全でなければならない」
 ほほっ、と、呪詛師は楽しそうに笑った。
「宇奈月を私が彼を見つけたのは、15年以上前のことだ。呪霊を喰う男がいると聞いたとき、私は閃いた。その術師の肉体を器にし、呪霊を取り込ませれば、呪霊を喰らい強くなり続ける呪骸がつくれるのではないかと」
 肉体と魂。
 器と中身。
 どちらも私にはピンとこない話であった。そもそも強い呪霊が欲しいという感覚からして理解ができない。
 この場に傑がいたのなら、彼らの話に、思うところがあったりもしたのだろうか。
 先の予想がつかない話に、探るつもりで私は呪詛師と夜蛾先生を見つめたが、夜蛾先生は何も言わずに、黙ったまま呪詛師の話を聞いていた。
「その頃、運良く呪霊の動きも活発でね。今までとは比じゃないような、強い呪霊が増えてきた時期でもあった」
 呪詛師は夜蛾先生に問いかけると、私たちの方へと、突然視線をむけた。びくりと私は肩を跳ねさせた。見えている筈はない。実際に、呪詛師との視線は噛み合っていなかった。しかし、呪詛師は確実にこの部屋にいる誰かにむけて口を開いていた。
「五条悟が、均衡を崩してくれたおかげでね」
 どういうことだ。呪術界のことに疎い私は、突然の話題の展開についていけなかった。呪詛師に触発されるように五条くんへと視線をむければ、五条くんもまた、黙って呪詛師へと視線を向けていた。夜蛾先生も、五条くんも、いったいあの男から、何を読み取っているというのか。
「強い術師が産まれたせいで、呪霊が強くなるなんて皮肉なもんだ。五条悟が産まれたから、呪霊が強くなる。御三家の業とでも言うべきか。現代最強術師というが、呪いの創造主と呼ぶべきなのではなかろうか」
 クツクツと呪詛師は笑う。
(創造主)
 私は声に出さずに、呪詛師の言葉を繰り返した。それから、
(呪いの国の神さま)
 そう思っていた頃の自分を思い返す。
 呪詛師は笑みを顰めることなく、言った。
「自作自演とはこれまさに」

「話の脱線が過ぎるな。器の候補をみつけた。それで、次は中身を見繕う過程にうつった。それだけの話だろう。とはいえ、宇奈月の遺体をみるに望むような呪霊は見つからなかったということか」
「高望みをしている自覚はある。しかし貴重な呪霊喰いの死体だ。一度きりのことなのだから、慎重に呪霊を選びたくなる気持ちもわかって欲しい。あなた方のところの呪霊操術の若者の骨を私に分けてくれるなら話は別だがね」
 続く会話に、私は素早く五条くんの横顔を見た。五条くんは眉ひとつ動かすことなく、静かに呪詛師を見据えていた。
 感情をどこかに置いてきてしまったような表情に既視感を覚えるのは、呪詛師の話のせいだろうか。
「うちの術師に呪霊操術を使うものはいない」
 夜蛾先生が断言する。
「冷たいものだな」
 呪詛師は、縛り付けられた身体で、わざとらしく肩をすくめてみせようとした。
「結果、おまえは遺体だけを手に入れ、何も出来なかったということか」
「後悔ばかりの人生だ。せっかく、一ノ瀬灯が偉大な功績を残したというのに」
 芝居がかった口調で呪詛師が言った。え、と私は自分の名前を呼ばれたことに目を丸くする。
(私が、なに?)
「一ノ瀬、出るなら今だ」
 五条くんが退出を急かした。
「でもいま、私」
 私は呪詛師を見た。
「呪詛師の戯言だよ、知らなくていい」
 五条くんが言い切るなかで、
「その女、集積戴天の真似事を行うという」
 呪詛師もまた、私を見つめていた。合わないはずの視線が重なる。
「過去、五条悟と番ったときいたぞ」
 良い良い。呪詛師の口元が歪む。黄ばんだ歯がのぞいてみえた。
「呪いを強める男と、呪いを育てる女が一つになるとは、そんな愉快なことはない。五条悟が種となり、一ノ瀬灯が卵となり、一つに混ぜて、器は肥やせばやがて特級すらも産めるだろう」
 ぶわり、と全身の毛穴があわだつような不快感が私の中に駆け巡った。やめて! 硝子越しの呪詛師にむかって、私は叫んだ。部屋の中に私の悲鳴が反響した。それでも呪詛師の話は終わらない。
「だが期待はずれだったようだな。惜しいものだ。一ノ瀬灯が良い母胎となると思ったのだがな」
 呪詛師が言い切るのを待たずに、手首を掴まれた。はっとして手元を見れば、五条くんの手がしっかりと私の手首を握っていた。
「聞かなくていい、出よう」
 そのまま手を引かれる。導かれるままに私は足を進めかけた。しかし、
「一ノ瀬灯は五条悟の側に置いておくべきだ」
 呪詛師の言葉に足を止めた。
 つい先程、頭に浮かべた顔が蘇る。
「いつか良い呪霊を産むぞ。呪霊操術の子どもも、その場を離れるとは勿体ないことをする。自ら集めなくとも、一ノ瀬灯に作らせればいくらでも呪霊など手に入るのに」
(ちがう)
 先に鼻の奥がツンと痛くなった。次に目の奥が熱くなる。唇が震えて嗚咽が漏れた。
「あいつは、一ノ瀬を道具みたいに扱うようなことは何があってもしないよ」
「知ってる。わかってる」
 だからこそ悔しかったのだ。傑が私にくれた愛情を汚されたような気がして、憎らしく思った。
「ひどい」
 絞り出すように言えば、五条くんは手首から手を離し、そっと私の手を握った。柔らかな力で、指を絡めるように握りこまれる。私もまた握り返した。
 今この手を離したら、きっと五条くんはその指先であの呪詛師を殺すだろうと、私は密かに確信していた。

 ここまで聞いたのなら、最後まで聴取に立ち会うと言えば、五条くんはようやく表情をわかりやすく歪めた。
「正気? 」
 答えずに私は呪詛師に目をやった。呪詛師は視線を夜蛾先生に戻し、悠然とした態度を変えることなく話し続けている。
 気を五条くんへと逸らした間に、話題は住宅街の呪霊による事件へと、移り変わっていた。
「あれは宇奈月でつくる呪骸へ、呪いを取り込ませるための慣らしだな」
 夜蛾先生が決めつけるように言った。呪詛師はそれに頷く。
「最終的にはそうなるな」
 ひっかかりを覚える答え方であった。同じことを思ったのだろう。夜蛾先生が違和感の残る言葉を繰り返した。
「最終的」
「その前に一つ段階を踏むことにした。一ノ瀬灯と五条悟の功績を無視するわけにはいかないからな」
 まるでここに、私たちがいることをわかっているかのように、呪詛師は名前を強調して呼んだ。
「強い術師を先につくることにしたのだ」
 呪詛師が高らかに言う。
「おまえの目的は、呪霊だろ」
「だからさ」
 呪詛師は笑う。
「強い術師が生まれれば、強い呪霊が生まれる。それは五条悟が証明した。そして、一ノ瀬灯が、自己よりも等級の上である宇奈月を取り込んだ。これは偉大な成果だ。本来ならば式神使いも呪霊操術も調伏可能な己より弱き呪霊しか扱えないはずだったのだ。それをあの女は覆した。つまり、縛りを設けてでも、階級の低い術師も強き呪霊を取り入れることに成功すれば、術師は本来の力以上の能力を呪霊から取り入れることが可能となる」
「降霊術、いや、受肉の真似事か。よくも次から次へと悪趣味なことを思い浮かべるものだ」
 夜蛾先生が舌打ちをした。
「先人として助言するならば、生者に死者の魂を降ろす降霊術と比べ、生きた呪いを先者に移すのは傀儡師からすれば難しくない話だ」
「する予定のないことを学ぶつもりはない」
 夜蛾先生がきっぱりと断りをいれた。しかし、話は戻る。五条くんが動いたのだ。
 気がついたとにきは、繋いだ手は離され、五条くんの腕の中にいた。胸に顔を押しつけるように五条くんは私をきつく抱きしめながら、引きずるように歩くと、呪詛師のいる部屋へと繋がる扉を勢いよく蹴り上げた。
「伊地知!」
 五条くんが叫ぶ。記録をとっていた伊地知くんが飛び上がった。
「関係者全員に連絡とれ! 早く」
「関係者って、何を」
 呪詛師は穏やかに微笑んだ。
「いたか」
「誰で作った」
「さてな、名前までは聞いていない。だが」
 呪詛師は勿体ぶるように、一度そこで言葉を止めた。
「君たちの功績を、私はとても評価している」
 怖かった。
 私は五条くんの服を縋るように掴んだ。腰にまわる五条くんの手が、抱きしめる力を強めた。それなのに、安心感は全く湧いてこない。
 嫌だ。
 声に出たのかどうかはわからない。呪詛師は私に気を取られることなく、言った。
「呪霊を呪骸に定着させる方法を私は人生をかけて研究してきた。そして、ようやく呪霊を喰える器を手に入れた。気づけば私ももう八十。残された時間は短く、適当な呪霊を捕まえることにするかと諦めたときに、現れたのが、一ノ瀬灯君だった。五条悟が呪いの創造主ならば、君は私の女神といったところだろうか」
「黙れ」
「喋れと言ったり黙れと言ったり、忙しいの」
 愉快そうに呪詛師は言う。どんな顔をしているのか、抱きすくめられた姿勢では見えないのが幸いだと思えるほどに、楽しそうな声色だった。
「誰と聞いたな。焦って探す必要などない。呪いはあなた方の側にいつもいる」
 五条くんが歯を食いしばったのがわかった。その瞬間、死の気配がした。現代最強の術師が呪力を歪ませたのだと、私は肌で感じ取った。
「伊地知、OB OG問わず高専関係者全員の存命の確認にあたれ」
 夜蛾先生が叫ぶように声を上げた。はいっ、と伊地知くんが勢いよく部屋を飛び出していく。
 悟も、灯を連れて出ろ。夜蛾先生は低い声でいった。こちらに任せておけ、今は灯を一人にするな。チッと五条くんは舌打ちをして、私を抱え直した。行こう一ノ瀬。禍々しい空気はそのままに、声色だけを柔らかくして、五条くんは囁いた。
「宇奈月の持っていた骨は、一ノ瀬八重のものだろう」
 その瞬間、私は咄嗟に五条くんの腕から抜け出した。すぐに抱えなおされそうになるが、腕を突っぱねた。灯。五条くんと夜蛾先生がそれぞれに私を咎める声を出したが、私は呪詛師を正面から見つめた。目は老いてくぼみ、白目は白濁としている。濁り淀んでいるくせに、ギラギラと光る呪詛師の目は、上層部の老人達のもう狡猾さとはまた違う、傲慢さが宿っていた。
「宇奈月と祖母に何があったというの」

 詳しくは知らない。呪詛師は言った。
 だが、宇奈月が人を辞めた瞬間、呪詛師は宇奈月の目の前にいたと話す。
「彼奴は『死体はやるが、呪いになる必要があるから、呪殺はやめてくれ』などと言って笑っておった」
 なぜ、と、呪詛師は宇奈月に聞いたそうだ。その疑問が呪詛師の知識欲からであることは、察するに容易なことだった。
 宇奈月はその場では何も言わなかったが、どこからともなく小型の銃を取り出し、銃口を自らへと向けると
「なりたい人がいるんだ」
 とだけ言って、
「銃口を咥え、私の目の前で自害した。あなた方が、みつけたのはそのときの死体だ。そして共にあった骨は、あなたの祖父が死ぬ前より持っていたものだ」
 なりたい人。私は呪詛師の言葉を口の中で繰り返す。もしくは一ノ瀬になりたかったか。あの日の五条くんの言葉と呪詛師の言葉が重なって、頭がいやに重くなる。なりたかったのは祖母だというのか。ならば何故。安直に浮かぶ答えはあった。途端に宇奈月に対する、いいようのない怒りが、突沸するかのように湧き上がってきた。
「恩知らず」
「あなたの言う恩が、祖父へ返すものだと言うならば、ただの楽器屋の主人などいつでも殺すことが出来ただろうに、それをせず、家庭を壊すこともせず、ただ叶わぬ思いを募らせ、思い人が死んだあとも主人が死ぬまで、君に声をかけることを待ち続けた続けた宇奈月は、十分にそれを果たしてといえるのではないかね」
 知ったような口を聞く、年老いた呪詛師は、私を見据えて言った。
「宇奈月を友と呼んだ君の祖父の方が、よっぽど残酷だ。そしてあなたによく似ている」

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