神様の隣人 _ | ナノ

8

「それで五条くんには好きって言ったの?」
 梢が楽しそうに聞いた。背後に最近流行りのアイドルの歌声が聞こえる。
「ううん。言ってない」
「えー、なんで? 五条くん待ってるでしょ」
 梢が叫ぶ。五条くんが私からの告白を果たして待っているかはわからないが、ダラダラとしている関係に区切りをつけるなら、きっと今なんだろう。
「でも、どのタイミングで言えばいいかわからなくて」
「ああ。まあ、確かに今更感はあるよね」
 今更感。私は梢の言葉につい重たいため息を吐いてしまう。
 どうしたものかなあ、と、携帯電話を握りなおしながら、私は思う。
「あーん、でも遂にあの五条くんに正式彼女が出来ちゃうのか」
 のんびりとした口調で梢が言った。
「さよなら、私の青春」
 はんぶん笑いながら、梢は続けた。
「なにそれ」
「私、幼稚舎のころから五条くんのファンやってるから」
 おお、私は感嘆の声をあげる。なにその反応。と梢は笑ったが、その年月に圧倒された。幼稚園生の五条くんなんて、私には全く想像のつかないものを梢は実際に見て、ともに成長してきているのだ。
「梢はさ、周りの目が無ければ五条くんと付き合いたいなって思ったことあった?」
 聞けば、ええーっ、と梢が大袈裟に声をあげた。
「ないない! そういうのじゃない」
 梢はそう言うと、うふふと上品な、大人の女の人みたいに笑った。笑い声を聞きながら、もしかしたら梢のお母さんもそんな風に笑うのかもしれないな、と私は頭の片隅で思う。
 ふう、と息をついて梢が笑い声をおさめた。
「憧れではあったかな」
 凛とした声で梢が言った。
 語弊を恐れずに言うなら、五条くんのことが好きだと梢は言う。それはきっとこの先も変わらないだろうとも。
 梢はまた、ふふ、と小さく笑った。その声はさっきよりもどこか憂といを帯びている。
「五条くんは私にとって特別な人なんだと思う。大切な思い出にきっとなるだろう人。微々たる何かで五条くんの役に立てるなら、頑張ってみたくもなるし、幸せになってほしいとも思う」
 梢の告白をきいて、私は胸が苦しくなった。それから恥ずかしくなる。
 何が、そうさせるのか。
 私が五条くんに寄せる思いの中に、誰かに取られたく無いだとか、その手をとりたいだとか、
 そういう感情が無視できないほどに含まれていることがだ。
 綺麗じゃない。
 自分勝手で、浅ましいとすら思える。
 神様みたいと五条くんのことを思うのに。それなのに、同時に私は退廃的な感情を五条くんに抱いていて、それを恋だと認識している事態にである。

「どうして? 悪いことじゃないじゃない」
 さっぱりと梢は言う。それからこう続けた。
「私ね、五条くんみたくなりたいな、とも思うの」
「五条くんみたいに?」
「そう。でも、手繋ぎたいなとかは全くなくて……だから私の好きは憧れかなって思ってる。灯ちゃんは恋愛対象としての好きってことでしょ」
「でも触れたいと好きが一緒なのって、どうかなって思わない?」
「そう?」
「なんか、性欲! って感じで」
 私が言えば、梢が可笑しそうに笑った。
「それがたった一人に対してなら、いいんじゃない?」
 笑いながら梢は言う。
「その人の側にいたいって気持ちは自分勝手でも、ひとりぼっちにさせたく無いって思えたら、それはたぶん愛でしょ」
「愛?」
「んふふ、ちょっとまって。恥ずかしくなってきた。ポエミー過ぎるよね今の」
 やだあ、と梢が明るい声でいう。
「それこそ今更じゃない?」
「えー、灯ちゃん私のことそんな風に思ってたの?」
「わりと名言集じゃん、梢」
「うそー!」
 あはは、と二人して笑いあう。きっと私と同じように顔をくしゃくしゃにして梢も笑っているのだろう。そう思うと電話なのが惜しく感じる。
「前に梢、恋かどうかはそんなに大事じゃないって言ってたの覚えてる?」
「うん。言ったかも」
「あれ、救われた」
「そっか」
「好きだけど、それだけじゃないのは正直今もちょっとあってさ」
「それはそうよ」
 さっぱりと梢が同意する。色んな好きがいっぱいあって、かと思えば、その中に嫌いとか怖いとかも混ざったりして、ぐっちゃぐっちゃになってるやつでしょ。梢は感情を目で見ているみたいに話した。
 そういうものだよ。
 恋って?
 ううん。人間。
 人間。私は呟く。
「でも、その中からどれを優先するかは、灯ちゃんの意思でしょ」
 梢が息を吸ったり吐いたりする音が耳に微かに届いてくる。
「それをどうするかは灯ちゃんの自由だけど、告白したほうがいいんじゃないかなって私は思うよ。外に出せない感情なんて、萎んで消えてくのを待つしかないんだから」
 柔らかな声で言いながら、梢は会話を最初に戻した。

「タイミングなんて、同じ学校なんだからなんとかなるでしょ」
 そう梢は言ったが、そんなことは全くなかった。
 頭の中の五条くんは、まるで磁石みたいに傑にぴったりだ。放課後、傑と二人で話す時間はあるものの、五条くんと二人きりの時間なんて滅多にない。いつも必ず傑か硝子、もしくは補助監督の誰かが側にいるというのが現実である。
「あ、話変わるんだけど、今度クラス会やろうって話がでてるの知ってる?」
 梢が言った。
「クラス会?」
「うん。一年経ったし、先生も誘って」
 へぇ、そうなんだ。どこか他人事のように私は思う。自分がそこに参加しているイメージが全くといってつかなかった。
「灯ちゃん、来る?」
「んー、わかんない。予定次第かな」
「そうだよね。あのさ、一応五条くんにも伝えてもらっていいかな」
 梢は苦笑気味に言った。
「うん。わかった」
「お願いします」
「それにしても、集まるの早くない?」
「だよねぇ」
 暇なんじゃない? 梢はさっぱりとそう言うと、
「じゃあ頑張ってね」
 と、電話を切ったのだった。

 五条くんを探せば、すぐに見つかった。
 寮の共有スペースで、傑と硝子の二人と一緒に、頭を寄せ合って瓶の中にキウイやマンゴー、グレープフルーツといった果物を切っては詰めている。
 何やってるの。声をかけてみれば、傑がサングリア作り、と教えてくれた。
 なんでも、補助監督から随分とたくさん果物を貰ったらしい。
 そんなことってある? と私は首を傾げた。
「季節の挨拶ってやつらしいぜ」
 五条くんは苦々しく言う。
 よく聞くと、もとは五条くんのお家から高専に贈られたものが、補助監督を回って五条くんの元に戻ってきたらしい。
 食べ切れないという五条くんが、お裾分けに硝子と傑に果物を差し出したところ、酒飲みである硝子の提案によりサングリア作成会が急遽開かれているそうだ。
「美味しそう」
 艶々とひかる果物は、きっと良い品なのだろう。
「食べる?」
 硝子が指先で摘んだマンゴーを私の口の前まで運んだ。あーん、とうながされるままに、私は口を開く。舌の上をひんやりとした感触が滑った。みずみずしいそれは、噛むと途端に甘さを口一杯に広げてくる。
「美味しい!」
 掌で口元を押さえながら、私は叫ぶ。
「キウイは? いる?」
 と、もう一度硝子が差し出すので、私は口の中を空にしてもう一度、あーん、と口を開いた。
「自分で食えよ」
 五条くんが、唸るように言う。
「悟も食べさせてあげようか」
 傑が揶揄った。
 はあ? と五条くんがムキになる声を聞きながら、私はもぐもぐと口を動かす。
 なんだかずっと昔からこうしているような気がした。中学も、小学生のときも、もっと前も。
 実際の私は梢と違って、五条くんの幼稚舎時代の姿は知らない。傑と硝子に関しては二年前の姿すら知らない。高専以外の制服を着た二人の姿は想像もつかないし、二人に私たち以外の友人がいるのかも何も知らない。
 もう一個食べていい。私が聞けば、どうぞ。と硝子が差し出してくれる。雛鳥みたいに口を丸くあける私を、硝子と傑はクスクスと笑った。
 気を許した者同士が集まると、あまくふわぁっとした感じが広がるんだな。私は新鮮な果実を噛んで思う。

「五条くん、今度クラス会あるらしいんだけど行く?」
 つまみ食いをやめて、私は五条くんに聞いた。
 硝子が持ち込んだ白ワインを、器用に瓶に注いでいるところだ。その隣で、傑が赤ワインの栓をポンと開けている。ワインの匂いがむわっと一瞬濃くなった。
「行かない」
 およそ予想通りの台詞を五条くんが、きっぱりと言う。
「だよね」
 私は呟き、梢にメールを打った。
「おまえも、どうせ行かないんだろ」
 五条くんはつまらなそうに言った。
「うん、まあ、行かない予定」
「おまえ、あいつら嫌いだもんな」
 五条くんが、はっきりと言った。硝子と傑の視線がさりげなくこちらに寄せられているのを感じる。
「そんなことないよ」
 苦笑まじりに私は答えた。
「嘘つけよ、非術師嫌いなくせに」
「悟」
 傑が咎めるように、五条くんの名前を呼んだ。硝子は黙っている。コポコポと瓶の中にワインを慎重に注いでいる。
 傑が言わんとしていることはわかっている。でも今回の件は五条くんは悪くなかった。五条くんは、ただ私が過去に彼に打ち明けた話を覚えている。それだけなのだ。
 そして、私はたぶん、傑の教えを聞いた今でもうまく過去のものとして消化できていない。
「でも梢のことは好きだよ、私」
 それでも、非術師を守るために私の力があるのだとしたら、私はそれはそれで悪くないと思っている。
「みんなもいるし」
 私は続ける。
 硝子と傑が小さく息をついた。
 気を取り直したように硝子が、あとは寝かせるだけと告げると、傑と二人でサングリアの入った瓶をしまいに行った。
 取り残された五条くんだけが、まだどこか難しい顔をしている。
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