「入れ」と、扉越しの夜蛾先生の声に、ばくん、と心臓がはねる。私は深呼吸を一度して、扉に手を伸ばした。
えいやっ。
と、心の中で小さく唱える。
ガラリと音を立てて開けた引き戸の向こうから、三人分の視線が私を貫いた。
刺すようなその視線は、学園のもわんとした膜が張ったものとは違い、不躾な程にグサグサと直接突き刺さってくる。
私は夜蛾先生に小さく会釈してから、一段高くなっている教壇へのぼる。目の前に並ぶ三人に素早く目を走らせてから、簡素な天井を仰ぎ見る。
小さく息を吐いて、吸う。
「一ノ瀬灯です、よろしくお願いします」
言い切って、私はそのまま深々と頭を下げる。
「よろしく」
スグルが、柔らかく言った。
「元気そうでよかった」
スグルはそう言葉をつけると、眉を下げて微笑んだ。
「おかげさまで。腕も。ありがとうございました」
腕も、と、右腕を摩りながら私はショーコへと目を向けた。緩慢な動作でショーコは首を傾けると、片方の唇のはしを器用に持ち上げてみせた。
「いいよ。治ってよかった」
思いの外、優しい言葉をかけてもらい、私は内心でほっとする。あわせて、少し反省した。
(五条くんの友達なんていうから、もっと、とんでもない人たちだと思ってたけど)
「そこの空いてる席をつかえ」
夜蛾先生が顎をむけた。
四つ横並びになった机の廊下側、一番端の席。
私は教壇を降りて、椅子をひく。
ガン、と机が蹴られた。
音の方に目を向ければ、予想通りに五条くんの大きな足がそこにある。
「なんでしょう」
「べつに、脚が長いだけ」
太々しく、五条くんは机に肘をついて言った。
絵に描いたような青空が、三人越しの窓の外に広がっている。春の穏やかな陽が教室に差し込んで、五条くんの白髪に反射した。
私はその光景を、目に焼き付けるように、じっと眺めた。
なんだよ。五条くんが顔を顰める。
「ここは、綺麗だなって思って」
随分と遠くまで来たような気になった。五条くんの隣の席についてから、三か月。初めて五条くんを見つけた日からでも、三年。それだけの時間が、ゆっくりと、重く、過ぎた。
新しい席についた。着慣れない制服が、もたつく。
五条くん、と、小さく呼びかければ、五条くんは顔を私に向けた。肘は机につかれたままである。
五条くんの小さな顔をのせる、彼の大きな手を眺めて、私はその手を取りたくなった。けれどそんなことは出来ないので、我慢する。
「また、隣だね」
私が言うと、五条くんが少し笑った。
この世界は呪いに溢れている。今日も今日とて、誰かが何かを呪い、呪われ、産んで祓って生きている。
時々、世界の端の汚れから、そっと目を逸らしてみる。私の隣では、呪いの国の神様が、だらしなく長い脚をくつろげて座っている。白銀の髪をキラキラと、淡く、発光させながら。