Jujutsu kaisen | ナノ

バカ・バカ・バカ

注)禪院家の女の子×五条の話(ネームレス)


悟はバカ、と、真希さんは言ったけれど、五条悟という人を私はイマイチよく理解していない。
 五条悟は私の担任で呪術師である。
 そして最強。
 これは最早この界隈の常識であり、絶対であった。ものすごく、腑に落ちないけれどこればかりは仕方ない。
 でも、だからと言って、真希さんのバカという言葉を否定するつもりもなかった。有能であることは認めるが、やることなすこと、ふざけてんのかと罵ってやりたくなるようなことばかりで、たぶん私は一生あの男を尊敬する日は来ないだろうと思っている。
 きっと学生時代はとんでもないクソガキだったに違いない。私くらいになると、顔を見ればなんとなくわかるのだ。どれだけ造形が整っていようとも、あれはクズの男の顔だ。
 じゃなきゃ人のスカートを盗ったあげく、履いたりなんかする訳がない。御三家だかなんだか知らないが、マジで親の顔が見てみたい。いや、見せなくていいから、いっぺん私に頭を下げろ。
 そう、保健室で私が豪語すれば
「まあ、否定はしないけど」
「ていうか出来ないだろ、あれじゃ」
 と、家入さんと真希さんが頷いた。
 あれはもう手遅れだから。疲れたように家入さんが言う。やっぱり昔からああだったんですか。と聞けば、今とはまた少し系統の違う性格の悪さだったと家入さんは答えた。いくつか家入さんが例にあげた短い思い出話を聞きながら、私は自分の同期があの二人でよかったと思った。
「悟のバカ話といえば、あいつ、ウチに乗り込んで来た時があってさ」
 真希さんがにやけながら言った。
「あれは、すごかったな」
 知っているのか、家入さんがそう続ける。二人は目を合わせると、堪えきれない、とでも言うように肩を震わせて笑っていた。
「呪術界が揺らいだよ」
 二人は綻んだ頬をそのままに、話はじめる。

 それは、五条悟が高専一年生であったときまで遡る。
 当時、五条悟には憧れの女性がいた。一学年上の禪院先輩である。その名の通り、彼女は真希さん達同様禪院家の血縁であった。宗家では無いという彼女だったが、術式を持っている、という理由からそれはそれは大切に、蝶よ花よと育てられたお嬢様だったらしい。
「意外と、そうやって育てられた方が性格は真っ当に育つらしい」
 薄汚いものも見ずに、他の人間への妬み嫉みを抱くことも、自分が他人からどう見られているかも気にすることなく、ただ自分に与えられた能力を高めることだけを求められた彼女は、能天気で、いい奴だったと真希さんは評した。
「呪術界のど真ん中にいるくせに、あいつの周りは何ていうか、平和なんだ」
 とも、言った。
 そんな彼女に恋をした、これまた呪術界のど真ん中に生まれた五条悟は、どこか浮世離れした先輩の気を引くために、手を替え品を替え、並々ならぬ努力をしたらしい。
「俺、自分が何かを“頑張る"日が来るとは思わなかった」
 とは、なんでもできてしまう男が、当時、親友に呟いた言葉だそうだ。
 そんな五条悟の努力に対し、先輩はいつも朗らかな笑みを向けていたという。
「五条くんは、物知りだね」
「五条くんは、カッコいいよ」
「五条くんは、本当に強いね、頼りになるな」
 なんて、言葉を囁きながら。

 五条悟が先輩に告白をするに至るまでに、そう時間はかからなかったという。放課後、二年生の教室で、五条悟が思いを伝えるのを、家入さんはもう一人のクラスメイトと覗き見ていたと語った。
「もうね、本当に可哀想だった」
 本当に可哀想だった、と言いながら、家入さんは、ふふふ、と堪えきれない笑いを口から吐き出している。
「五条くんのことは、好きだよ。でも、それは、後輩としてっていうか」
 渾身の告白に対する先輩からの返事は、明るいものでは無かった。いや、でも。と、その返事のあとに五条悟はいくつかの言葉を足し、ねばりを見せたというが、最終的に
「五条家は家族がダメって言うんだ。ごめんね」
 と、何百年前の歴史を前にばっさりと斬り伏せられたという。
 その日の夜、五条悟は珍しくあまり喋らなかったそうだ。「先祖呪う」「ごめんね、が、かわいかった」「好きって言われた」をひたすらループしていたらしい。「後輩としてな」という言葉を都合よくスルーして。

「その二ヶ月後くらいかな、先輩が実家に呼び出されたんだけど、予定日を超えても帰ってこなかったんだ」
 そうなると、五条悟はそわそわとしだした。
「あーもー! 禪院に捕まってたらどうしよう。殺す?!」
 そう言って頭を抱えた五条悟を、捕まるも何も、自分から家に帰っただけだし、何より、ここで、お前が出て行くのが一番悪手だ、と家入さん達は宥めたという。
「でもな、その日、五条が向かった任務先に、噂好きの窓のおばさんがいて、『禪院のお嬢様は婚儀の話が出ているそうだけど、五条のお坊ちゃんはまだなのかしら』って、言ったらしいんだよ」
 は? と五条悟は呆然としたそうだ。それから唐突に笑いだし、かと思えばそのままの勢いで、呪霊を祓いだしたと同行した五条悟の親友は家入さんに報告したそうだ。あれに親友と呼べる友人がいることは想像もつかないが、あははは〜と笑いながら、呪霊を祓っていく狂気じみだ姿は、なぜだか簡単に浮かべることができた。
 五条悟はあっという間に特級呪霊を跡形もなく祓いのけると、
「ちょっと京都行ってくる」
 と親友に言付けたそうだ。
「それで、そのまま禪院家に乗り込んだんだよ、あいつ」
 そこからは真希さんが話した。何か騒がしいなと思い、真依と二人でこっそりと覗きに行ったと言う。
「下働きの連中が門のところに集まって、黒の紋付袴着た、やたらでかい男を止めてんだよ。困ります、困りますって言ってな。うちに乗り込むなんて、どんなキチガイかと思って、よくよく見りゃそいつ袴に五条の家紋をつけててさ。いや、当主が正装で直々に乗り込んでくるとか、マジで何が起こるんだろって思ったわ。そしたらさ、」
 そこまで言って、真希さんは思い出したように、吹き出した。家入さんも。私は何が起こるのか、わかるようでわからない先に、そわそわとする。
「先輩、好きです」
 家入さんが、そっと慈しむように言った。
「好きです、先輩、大好きです」
 そう何度も大声で繰り返しながら、五条悟は禪院家に乗り込んで来たと言う。騒ぎを聞きつけた先輩が、何ごとかと目を丸くしながら部屋から飛び出してくるまで、五条悟の告白は続いたそうだ。
「それで、どうなったの?」
 いつのまにか、私は身を乗り出して二人の話を聞いていた。
「まず先輩は、五条の誤解を解いた」
「誤解?」
「婚儀の話なんて出てなかったんだよ。あいつ、そんときまだ高2だぜ? 自分の階級あげる方が先だろ」
 真希さんが呆れたように呟く。
「なのに、悟は」
 はあ、と真希さんがため息をついた。五条は? と続きを促せば、真希さんがゆっくりと口を開く。
「その場で、膝ついてプロポーズしたんだよ」
 マジ? と高い声を私が上げれば、そんないい話じゃねえよ、と真希さんはやれやれと首を横に振った。私が釈然としない顔を浮かべれば、家入さんが真希さんの言葉を続けるように、口を開いた。
「あいつ、先輩が望むなら家捨てるって、言ったんだよ」
 マジ? ともう一度出した声に、二人はうんうんと重く頷いた。御三家なんてものに縁もゆかりもない身の上の私でさえも、高専にいれば、それがどれだけの問題発言なのかは察しがつく。
 私でさえそうなのだから、その場にいた先輩をはじめとする禪院家の人にとっては、とんでもない爆弾だったことだろう。現に随分と前の話である筈なのに、真希さんの顔色は薄らと青くなっている。
「笑えないなんてもんじゃねぇよ、五条家の嫡男だぞ。ましてや、禪院の本家で婚姻の申し立て中にだ」
 あの空気は忘れないね、と真希さんは苦く笑った。
 一番、勘弁してくれとなったのは先輩だろう。勘違いで乗り込んできたうえに、プロポーズまでして、呪術界の歴史が一瞬でひっくり返るようなことを真面目にぬかしてくるのだから。
「バカじゃないの」
 先輩はそう五条悟に叫んだそうだが、五条悟は、
「バカでいいです」
 と答えたのだそうだ。
「先輩が、バカって笑ってくれるなら、俺はそれでいいです。先輩が俺のこと男として見てくれるなら、どんな呪霊も祓うし、どうしても家の柵が邪魔するなら俺は家を捨てます。それでも足りないなら、五条の人間も、禪院の人間も今ここで全員殺してもいいよ」
 五条くんは、本当は私のこと、とんでもなく憎んでいるんじゃないかな。後に先輩が五条悟に抱いたその感想を、私は家入さんから教わった。
 彼女の心労を思えば無理もない話である。
 あーあ、と呟けば、真希さんと家入さんは、また笑った。

 家入さんのスマホが鳴った。仕事が入ったらしい。話はお終い、と、家入さんが腰を上げれば、真希さんも「んじゃ行こうぜ」と保健室を出ていってしまった。待ってくださいよ、と私は真希さんの背中を追いかける。
 その後の話を聞こうとすれば、現れたパンダと狗巻先輩に、タイミングを奪われて有耶無耶になった。
 しかし、聞かなくとも、五条悟は今も五条悟として存在し、五条家当主として自由奔放唯我独尊に過ごしつつ、今日日呪術界最強の名に恥じぬ活躍を見せている。結婚している様子も落ち着きも見受けられず、飄々と教鞭をふるっている、というのが事実である。
「つまり、振られたってことね」
 戻ってきた寮の共用スペースで、呟けば、
「何、野薔薇振られたの?」
 とゆったりとした声を後ろからかけられた。
「あんたがよ」
 くるり、と私は振り向きながら言う。いつのまにか立っていた五条悟は、目隠しをした顔をこてん、と傾げた。
「ねえ、実家乗り込んだんだあと、先輩は、笑ってくれたの?」
 私は聞いた。
「ちょっ、それ、どこから聞いてくんの」
「私の情報網舐めんじゃないわよ」
「もー、僕も若かったんだよ、あの頃は」
「随分と大規模な黒歴史残してんのね、あんた」
「べつに黒歴史とは思ってないよ、あれがきっかけで、先輩は僕を適当にあしらえなくなったわけだし」
 ふふん、と五条悟は得意げに鼻を鳴らした。
 その先輩が今どこで何をしているのかは、私は知らない。
「笑ってくれたよ、ばーか、って。めちゃくちゃ可愛くね」
 ぐふふ、と気色悪い声をあげて頬を緩めた五条悟に、それ以上何かを聞くのは癪だったからである。
 後日、赴いた任務先で五条家当主が随分と入れ込んでいる恋人がいると窓の婆さんから噂を聞いたが、あっそ、と私は聞き流した。
 
 ♪バカ・バカ・バカ 清竜人

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