Jujutsu kaisen | ナノ

私が愛されていることについて

企画掲載品。交流会の日、天才、バイバイ、冷やかし


 悟くんは天才だ。
 呪術、体術、学術、エトセトラ。全てにおいて彼は誰より優れている。
 ちなみに天才の定義とは、生まれつき優れた才能を持つ人をさすらしい。対する言葉は努力家だ。
 それならば、この身体に刻まれた才能も天賦の才と呼べるだろうか。
 そんなことを言おうものなら、またバカにされるから、絶対に言わないけど。

 めったにない学校行事に、そんなつもりはなくとも少し浮かれていたのかもしれない。私と悟くんはいつもなら部屋に戻る時間になっても、共有スペースのベンチに隣り合っておしゃべりを続けていた。今日の交流会の感想に始まった話題は、いくつか転々とした後に、私の「交流会って体育祭みたいなものだと思っていた」という勘違いにたどり着いたところだった。
「体育祭」
 悟くんが考えるように呟いた。それから、自分は漫画とか映画でしか体育祭を知らないと打ち明ける。五条家の跡取りとして、呪術を中心とした教育を家庭で受けてきた悟くんは、一般的な学校行事にこれまで縁がなかったそうだ。
「借り物競走で、好きな子連れて走るとか、あれって本当にあんの?」
 興味半分、疑い半分といった様子で悟くんは訊ねた。
「私の通ってた中学では、借り物競走は無かったな」
「なんだ、やっぱりフィクションか」
「残念?」
「べつに。ナマエを引っ張って走るのは楽しそうだけど」
 さらりと言う悟くんに、私は黙って頷いた。そっか。そう一言答えるだけでよかったのに、ほっぺたが言うことを聞かない感じだった。
 悟くんが、唇を吊り上げ笑う。それから私のほっぺを触り
「なににやけてんだよ」
 と柔くこねた。
 悟くんは、普段の粗雑な態度からは想像できないくらいに、優しく私に触れてくれる。花の一つも折れないだろう静かな手に、私の胸はぽかぽかと温められて溶けていく。

「付き合ってる子たちはね、体育祭のときは、ハチマキとかミサンガを交換したりするんだよ」
 頬を緩めたまま、私はそんなことを悟くんに教えてあげた。
「そんなん交換して、どうすんだよ」
「どうするとかじゃないの。ただ好きな人のものを貰えるのが嬉しいし、あわよくば付き合ってることを他の人に見せびらかしたい、みたいな」
 見せびらかす。また悟くんが考えるような声を出す。私も自分で言っておきながら、その説明はどこか的外れに思えて、うーんと唸った。彼女達はそんな「見せびらかす」なんて誇示するような雰囲気だっただろうか。ううん、ちがう。それよりも、もっと。
「幸せすぎて、隠しておけないって感じだったのかも」
 答えを正すと悟くんは黙って頷いた。黙ったまま、私の掌をすくうように持ち上げる。
「オレもナマエに、なんかあげたい」
 え、と言って、私は悟くんの顔をみつめた。光の通らないサングラスの奥から、悟くんが私をみつめ返す視線を感じる。
「まあ、今オレ、なんも持ってねーんだけど」
 悟くんが背中を丸めた。すくった私の手を自分の口元に近づけて、唇を手首に押し付ける。
 小さなリップ音とともに離されたそこには、赤くぼんやりとした円形の痕が出来ていた。
 見せつけんなら、これも悪くないんじゃない?
 照れ隠しのように悟くんが頭を揺らす。
 ナマエも、と促されて、私も同じように痕跡を悟くんの手首に刻んだ。
「交換だな」
 悟くんは、ついたばかりの痕を撫でると、歯を見せて笑ってくれた。

 少しして、硝子と夏油くんが部屋に入ってきた。二人は二日目となる明日の交流会のスケジュールを確認してきた帰りで、私と悟くんを探していたという。
「8時にグランド集合だってさ」
「個人戦やるらしいよ」
 二人の伝達に、えー、と悟くんと私は声を重ねた。朝のはやさと、個人戦への憂鬱という、それぞれの思いをのせて項垂れる。
「じゃあ明日もはやいから、私はそろそろ休ませてもらうよ」
 そう夏油くんが言ったのをしおに、私たちは散会した。バイバイと言い合って、それぞれの自室に向かう。男子の部屋は一階で、女子の部屋は二階にあった。
 階段を昇っていると、ねえそれ、どうしたの? と硝子に話しかけられた。どれ、と首を傾げれば、硝子は真っ直ぐ手首のあたりを指してくる。そこはちょうど、悟くんの口づけの痕が残った場所だった。
 あっ。そう思って、私は慌てて痕を隠した。
「うううん、ちょっと」
 しどろもどろに答える。
「ぶつけた?」
「あーそう、そうかも。うん、そう」
 またしどろもどろ。
「でも痛くないから大丈夫」
「痣ならたぶん治せるよ」
「いい、いい、ほんとう大丈夫」
「そう?」
「うん」
「ねえ」
「うん?」
「それ、本当にぶつけて出来た痣?」
 ぎくっ、として、思わず硝子の顔を真っ直ぐに見つめてしまった。なんで、と振り絞るように訊ねれば、硝子が聞き返してくる。
「気付いてほしくて、目立つとこに付けてたんじゃないの」
 そ、そんなつもりは! 私が叫ぶと、硝子はメガホンみたいに両手で円をつくって口元に近づけた。
「ひゅーひゅー、無意識バカっぷる」
 なにそれ、やめてよ。そう言うと、硝子は、ふん、と言って階段を二段いっきに昇った。
「バカとバカが、恋愛してさらにバカになってんだから、間違ってないでしょ」
 そんなにバカバカ言わなくても。私はしゅんとして、手首の痕を親指で撫でた。硝子は何ということもない様子で、どんどん階段を昇っていく。
 すぐに部屋の前まで辿り着き、硝子は自室の鍵をノブに差し込んだ。
「硝子も恋したら、バカになる?」
 ふと聞いてみると、硝子は少し悩んで首を横に振った。
「わたしは恋愛はあまり、得意じゃないから」
 バイバイ、明日ね。ノブをひねり私たちはそれだけの部屋に入った。

 硝子と別れたあと、ベッドに寝転がっても眠気はなかなかやってこなかった。それどころか、悟くんに残された痕を見ると、バタバタと手足を暴れさせたくなる。このまま駆け出して、悟くんのところに会いに行ってしまいたくなる。明日も朝は早いのに。
 こういうところが、バカみたいと思われる一因なのかもしれない。
 硝子の言うことが、本当はちょっと、私にはわかるのだ。中学生の頃、私は体育祭なんてちっとも好きではなかったから。ハチマキなんて、無意味なものを貰ってはしゃぐ彼女たちを心の中では鼻で笑ったりもしていたから。
 だけど悟くんに出会って私は変わった。
 手首の痕に、私はそっと口づける。痕は、少し紫がかっていた。この痕をあえて誰かに見せつけるつもりはない。だけどちょっとだけ、誰かに気づいてほしいとも思っている。
 やっぱりハチマキを交換していた彼女たちは、それを誰かに見せつけたかったのかもしれない。私はそう考えなおした。きっと彼女たちは誇っていたのだ。恋するという持って生まれた才能を発揮した己の手腕を。
 ああ、はやく明日にならないかな。そう思いながら、私はタオルケットに潜り込み瞼を閉ざした。悟くんはきっと、明日の試合でもその天才ぶりを惜しみなく発揮することだろう。制服の袖の下に、恋の才能を隠しながら。それを誰にも知られたくないと思うし、誰かに気づいてほしいとも思う。思うだけで、誰かに言うことはないけれど。

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