Jujutsu kaisen | ナノ

巣立ち

 その瞳は獰猛だった。
 猛々しい様は鷹か、鷲か、もしくはヌエか。
 昂りを隠すことなく降りおちて、喰らうように射抜いていく。

「だっる、何体いんだよ」
 迫る呪霊を倒すたびに、サングラス越しに見える色が、一つ一つ消えていく。呪力はここに来たときから既に4分の1ほどまでに減っていた。ようやくだ。俺は小さくため息をつく。ようやくこの長い任務も終わろうとしている。
 とにかく呪霊の多い任務だった。
 最初にその数をみたときは、思わず両手で顔を覆ったものである。この数を二人でやんの? それも蒼を使わずに? 俺は唾を飛ばしながら電話口で担任である夜蛾先生に不満を述べた。
「歴史的価値のある建物だからな、蒼はもちろん、必要以上に傷をつけるなよ」
 それだけ述べて、夜蛾先生は電話を切った。ふざけんなよ、と呟く俺の隣で、ナマエが眉を下げながら、不安そうに俺を見上げてくる。
「しょうがねぇ、二手に別れて片っ端から潰していくぞ」
 そう声をかければ、ナマエは、
「五条さんのお手間を取らせないように、がんばります」
 と意気込んで、呪具である長刀を重そうに抱え直すと、僅かによろけた。
 おいおい。
 大丈夫なのかよ、こいつ。なんとも頼りないナマエの姿に、俺は口もとを引き攣らせる。

 ナマエは一つ年下の女だ。
 たいした接点もないのに、何が気に入られたのか、出会ってすぐの頃から「五条さん」「五条さん」と俺の後ろをチョロチョロとひっついてくる後輩だった。雛鳥みたい、というのは傑の例えだ。後輩なんて面倒なものだと思っていたが、慕われることに悪い気はしなかった。顔もそこそこ可愛かったし。
 だからというほどでもないが、そのまま放っておけば、
「さっさと、付き合っちゃえば」
 などと周りから言われるようになっていた。
 鳥であれば親子の関係も、人間の年頃の男女となると、恋愛関係にみられるらしい。
 だけど俺にとってナマエは、もしも付き合うなら誰だ? という質問の答えに出てくるような存在ではなくて、どちらかといえば、もしも妹がいたらこんな感じなのか? という感覚に限りなく近かった。
 だから、あいつは妹みたいなもんだよ。と俺はいつか高専の教室で硝子に言ったのだった。
 硝子は同性ということもあって、ナマエのことを、それこそ妹のように大事にしているようだった。俺の答えに硝子は、「ならいいけど」と言ったあとに、少し黙って「妹みたいなもん、っていう男ほど信用ならないものってないよね」と顔を歪めた。ときどき硝子は俺や傑のことを「男」というものに一つにまとめたがるときがある。しかし世の一般男性がどうであれ、事実、恋愛対象としてナマエを見れないのだから仕方ない。俺は幼い女にかわいらしく擦り寄られるより、大人の女にいやらしく誘惑されるような恋愛のほうが理想なのだ。

 おーい、ナマエ大丈夫か。自分の持ち場の呪霊を祓い終えて、俺はナマエがいるはずの二階へ声をかけながら、階段を登っていく。ぶっ倒れてたらどうしよう。頼りない背中を思い出して、少しだけ足を早めた。一人の方が気が楽だったかもしれない。そう思うのは、ナマエが初めてではないけれど、今回は特別そう感じる。そうやって、すぐ面倒がるんじゃない。と傑が知ったら小言を言われるかもしれないが、面倒で言ってるわけじゃないのだ。面倒じゃなくて、心配。ナマエが痛い思いをするのは可哀想だ。五条さん、と困った顔をされたら俺はなんだか居た堪れない気持ちになってしまう。俺の後ろに置いておかなかったことを後悔すらしそうである。
 意外と可愛がりかたが過保護だよね、というのもまた、傑の言だ。七海や灰原には全く遠慮がないのにね。ナマエだってそこまで二人に劣るわけじゃないんだから、もっと強くなるよう師事してあげることも先輩としては大切なんじゃないか。傑のアドバイスなのか、遠回しの文句なのかわからない言葉に俺は否定を述べる。男なんてどうでもいいけど、女に苦労させるのは可哀想だろ。頭を掻く俺に、傑は眉を下げながら、それって優しさかい。ナマエを一番苦しめてるのは悟だと私は思うけどね、と答えた。
 二階まであと数段というところで、ナマエが呪霊と戦っているのが見えた。長刀を操り、無駄な動きはあれど、まあまあな感じで祓っているようだった。
「ナマエー、あと俺やるから下がってていいよ」
 声をかければ、ナマエは近い呪霊を薙ぎ倒し、俺の方へと駆け寄ってきた。
「怪我は?」とナマエに聞きながら、その姿を確認する。五条さん。ナマエは駆け寄った勢いのまま、荒っぽく俺の名前を呼んだ。真っ直ぐに、射抜くように俺を見て、その手を伸ばしてくる。胸ぐらを掴まれて、階段の段差のせいでいつもより近い位置にある顔へ無理矢理に引き寄せられた。唇を奪われる。ぬるりと舌が入り込み、口の中を懐柔される。食われる、と思った。上顎にナマエの舌が触れて、肌が粟立つ。今この瞬間、場を制しているのはナマエだった。かと思えば唇が離され、ナマエの顔は離れていく。あっさりと。ついあとを追いたくなるくらいに。
「もうちょっとだから、全部、ぶっ潰してきます」
 やはり荒っぽい口調で言うと、ナマエはまた呪霊に向かい走っていった。
 ぽかんと、俺はその場に一人取り残される。
「はあ?」
 しばらくして、わなわなと震える唇から、ようやく出たのはそんな音だった。なんなんだよ、今の。俺は思わず顔を両手で覆う。小さく、守るべき、俺だけの雛鳥を鳥籠にしまうみたいに。それなのに、昂りを隠さないナマエの目が、瞼の裏にこびりついて離れない。
 はやく、高専に帰らなくては。
 忙しなく騒ぐ胸に、急かされるままに俺は思う。はやく。はやく。少女が女に孵る前に。さもなくば、唇から入り込んだあの熱に、この身を焦がされてしまう。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -