Jujutsu kaisen | ナノ

犬から骨を引いたなら

※21/2/4時点でコミックス未収録の本誌ネタを匂わせる要素があります。
※五条に子供がいます。





 ハロウィンといえば、カボチャ。
 そう思って、私はスーパーで丸々一個買ったカボチャを駆使して、スープにケーキにと前日の夜からキッチンで奮闘していました。

 28歳。いまさらイベントごとに、こんなにも精を出す日がくるとは思ってもいませんでした。きっと娘がいなければ、絶対にそんな手間はかけなかったと思います。
「ママあった!」
 あそこで私が畳んだばかりの洗濯物の山を崩して、誇らしそうに私の服を振り回している女の子が娘です。1歳とちょうど半年で、最近急激にお喋りが上手になりました。
「あったねえ」
 娘のお喋りには出来るだけ返すようにしています。今日の娘は、私の言うことには興味がないようで、洗濯物を山から平地に開拓するのに忙しくしています。
「パパないねえ」
 ため息のように娘がいいました。
 仕方ない人。とでもいうような声色に、私は思わず笑ってしまいました。
「ないねえ、パパ着てっちゃったからねえ」
 恐らく娘が「パパ」と呼び、現在進行形で探しているだろう黒のセットアップのスポーツウェアは、夫の仕事着でした。
 夫とは21歳のときに職場で知り合いました。学生の頃から互いに知ってはいたのですが、面と向かって話をしたのは、卒業後、私が京都から東京に赴任してからでした。

 結婚前から忙しい人で、よく家を留守にする人でしたが、娘可愛さからか最近は以前より家に寄ろうという気概を感じます。家にいたらいたで煩く思うこともありますが、やはり家族が揃うというのは嬉しいことです。
「パパあった!」
 娘の声に驚いて、私は鍋をかき回す手を思わず止めていました。ええ、忘れ物? とキッチンからリビングを覗けば、娘は相変わらず洗濯ものの中に立っていました。それから、今度は私の顔を真っ直ぐに見ながら
「パパあった」
 と、床に落ちた服を指さしたのでした。
 床に落ちていた服は、夫のものではなく娘のものでした。先週、夫が思いついたように買ってきた服で、水通しを行ったばかりの服です。
「絶っ対にかわいい」
 草木も眠る深い夜、久しぶりに帰ってきた夫が、鼻息たっぷりに私に押し付けたのは、水色のワンピースに白のエプロンがついた子供服でした。
「かわいいって、こんなのいつ着せるのよ」
「来週ハロウィンあるじゃん、そのとき着せてよ。写真撮って送って。動画も」
 絶対ね! つけつけと私に命じた夫は、私が渋々頷いたのを確認するなり、途端に表情をトロリと蕩けさせ眠る娘の寝顔を「かぁわいい〜」と甘ったるく言ったのを、私ははっきりと覚えています。
「着てみる?」
 鍋の火を止めて、私がキッチンを出ると真っ白なエプロンを引きずって娘がドスドスと歩いてきました。

「パパ」
「これね、パパじゃなくて娘ちゃんの服だよ」
「あお、しろ」
「そうだねえ、青と白だね」
「あお!」
「うん、あーお」
「パーパ」
「あー、そっか、そうだね。パパだね」

 袖を通したワンピースは、確かに娘によく似合っていました。親バカかもしれませんが、本当におとぎの国の女の子のようでした。かわいい! と思わず叫んだ私をみて、娘もどこか満足気な表情をしていました。
 そんな娘に私がスマートフォンを向けると、娘は興味深そうな顔をして
「パパ?」
 と話しかけてきました。
 テレビ電話かと思ったのかもしれません。
「んーん、パパに動画送るから、喋って」
「パーパ」
「そう、パーパ。お仕事頑張ってーって言って」
「おかえり」
「まだ帰ってきてない。ま、いっか」
 はやく帰ってきてねえ。
 そんな言葉で締めくくった動画が私が夫に最後に送ったものです。
 
 私も決して短くない期間、呪術師という職についてきました。あの人の学生時代の噂もよく知っています。上の決定に意見を述べるつもりはありません。そうだ、カボチャのケーキが余っているんです。よければ食べてください。心配なさらずとも、毒などいれてはおりません。私も夫も、そんなものに頼る必要がありませんから。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -