最初で最後



名前はマネージャーの運転する車で高専に向かっていた。

「評判はどう?」
「名前の初ラブストーリー出演に相応しい上々な評判だよ」
「そっか…頑張って良かった」
「…また頑張ってくれる?」
「うん、そのうちね。約束する」

所属事務所の社長とマネージャー、二人は呪術師の事を知っていた。なるべく名前は自分を拾って守ってくれた二人に恩返しがしたくて女優業を続けて来たが両立はやはり難しいものだった。

「例の"悟くん"にもよろしくね」
「もう…楽しんでるでしょ」
「可愛い娘がやっと初恋だなんて嬉しくて堪らないの」
「ふふっ、ありがとう。…でも私じゃ悟に釣り合わないんだ」
「それは名前が決める事じゃないよ」
「え?」
「悟くんが名前を選んだって事に意味があるの」

あの雪が降る日、裸足で歩いていた見窄らしい自分を拾ってくれたのがこの人で良かったと名前は心の底から感謝した。
人に触れる事も出来ずに怯えて震えるしか出来なかった自分を癒やしてくれて、沢山の気持ちを教えてくれた。こうして普通に会話が出来て笑えるのは間違いなく社長とマネージャーのお陰だった。

名前はマネージャーに挨拶した後、高専の長い石段をゆっくりと登っていた。
初日に感じた高揚感は無い。それでも一段ずつ登るにつれて穏やかで暖かい気持ちに満たされる。
あの頃はどんな役に出会えるのかと楽しみで仕方なかったけれど名前が出会えたのは自分だった。
何の下心もなく名前自身を見てくれる三人に名前は心から笑えた。
人の顔色を伺って自分が今どんな顔をするのが一番好印象なのかを考えて生きて来た彼女は女優が天職だった。顔だけには自信があったし、何より違う自分になれるのが嬉しかったのだ。でも、今は少しだけ自分の事が好きになれた。ありのままを受け入れてくれる人達がいるからもう大丈夫。

「今まで全部押し付けてごめんね。守ってくれてありがとう。」

「これからは逃げないから力を貸してくれないかな」

スッと軽くなった心臓を名前はそっと撫でた。
許してくれてありがとう。
私にも守りたいものが出来たの。
守れるなら何でもすると彼女は心に決めてまた石段を登った。

「名前?」
「っ!悟!!」

あと数段で登り切る時、柔らかく揺れる白髪が目に入った名前は駆け出して彼に飛びついた。

「ちょ、何?どうした?」
「悟!ただいま!」
「!…おかえり。遅ぇよ」

文字通り飛びついた彼女を悟は難なく受け止めて抱き締めるとふわりと花のような甘い香りと笑顔にやっと帰って来てくれたのだと胸が高鳴る。

「…待っててくれてありがと」
「俺を待たせるのなんて名前だけだからな」
「ふふっ、ねぇ?悟?」
「何?」
「…好き」

暖かい春の風が二人を包む。
優しく見つめ合った二人はどちらともなくそっと唇を合わせた。

「私たちもいるんだけど?」
「名前久しぶりじゃん」
「傑!硝子!ただいま!」
「「おかえり」」

帰る場所がある事がこんなにも幸せなのかと名前は二人にも抱き着いた。
あぁ、こんな暖かい涙は初めてかもしれない。

「おい、傑は駄目だろ」
「おや?悟が嫉妬する日が来るなんてね?」
「五条、男の嫉妬は見苦しいぞー」
「はいはい」

その上から悟も抱き着いて四人でケタケタと笑う。
春の穏やかな日に相応しい光景だった。

「次の撮影までは高専にいるのかい?」
「ううん」
「そっか。映画見に行ったけど名前人気凄かったもんなー」
「え!見てくれたの!?嬉しい!!」
「三人で行ったんだ。感動したよ」
「ありがとう!頑張って良かった…私ね、女優業は休業するんだ」
「は?」
「撮影までじゃなくてずっと高専にいるよ。だから、ただいま」

待っててと言われた悟は呪術師を辞めないにしても女優メインでやっていくとばかり思っていたので暫くフリーズした。
三人はそんな悟を見て笑う。
彼女の言葉ひとつで最強が振り回されるのは名前は勿論だが傑も硝子も見ていてそれはそれは愉快だった。
三人からの視線にハッと戻ってきた悟は顔を盛大に顰める。

「…何で言わなかったんだよ」
「悟のその顔が見たくて!」
「クッソ生意気!」
「ハハッ!名前やるじゃん、さすが!」
「悟を振り回すのなんて名前くらいだよ」
「でも?」
「あーそれ映画のやつだろ!言わねぇよ!」

名前は眉を下げて切ない顔を作った。

「あんなクズの為に泣くなよ」
「可哀想に。悟じゃなくて私にしときなよ」

コイツら揶揄いやがってとわなわなと拳を握りしめる。とんだ茶番だ。
でも、そんな名前すら可愛いなぁと思ってしまうのだから悟はお手上げだった。

「名前」
「なに?」
「そのまんまの名前が好きだから、んな演技しなくてもいつでも言ってやるよ」

しかし悟も負けていない。
名前は純だ。艶っぽく微笑んでやれば顔を真っ赤に染める。
かわいい。この顔は自分しか知らないものだと悟の心を満たすと共に嗜虐心を擽ぐる。

「硝子!悟の色気が凄い…」
「あーもう大人しく食べられとけ」
「私と硝子は任務だから、仲良くね?」

早くも飽きてきた二人は無慈悲にも石段を下り始める。本当なら時間を持て余した悟もついてくる予定だったが名前がいるならそれはしないだろう。悟がいない事でよりスムーズに片付くであろう任務の方が大事だ。
無駄な労力は使いたくないのだ。
気をつけてなーと名前の肩に顎を乗せて手を振る悟と顔真っ赤にしながらいってらっしゃいと呟いた名前に少し笑って高専を後にした。

「悟…食べられるって…そういう事?」
「あーまぁ、そりゃあ抱きたいけど。名前がいいって言うまで待ってやるよ」
「え、と…別に駄目って、」
「悟探したぞ!ん?名前戻って来てたのか」
「…夜蛾セン空気読んで」
「何の話だ?悟任務が入った。丁度良いから名前も復帰がてら行ってこい」

今名前は何を言いかけたのだろうか。
まだほんのりと赤い顔で夜蛾から任務詳細を聞く名前に口元が緩む。
まぁ、これからはずっと一緒にいられるのだからゆっくり色々教えていけばいいかと悟は晴れやかな気持ちで任務に向かう。

「悟、これからもよろしくね」
「急に改まってなに?」
「私、悟の為なら何でも出来る」
「…あんま可愛い事言ってると襲うぞ」

どちらともなく繋いだ手が暖かい。
初めての恋が最後の恋になりますようにと悟も名前もぎゅっと繋いだ手を握った。




  
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