ありふれた夜



「まじで名前人気やばくない?平日の夜だよ」
「私もここまでだとは思ってなかったよ」
「傑は何味にすんの?」
「あ、塩で」

映画公開日から少し過ぎ季節はもう直ぐ春になる頃。
三人で時間が合ったのでレイトショーの時間帯に映画館に訪れていたが上演時間が迫るにつれて続々と溢れ返る人に硝子はうんざりしていた。

「ごじょーアイスコーヒー」
「はいはい。」

一番楽しみにしていたのは彼なのだからこれくらいは甘えておこう。

「てか主人公の名前さとるとか名前まじウケるよなー」
「…は?!え?」
「悟知らなかったのかい?」

悟はネタバレしたくなくて情報を一切遮断していたので知らなくて当然なのだが傑と硝子はそれを知ってて楽しみにしているもんだと思っていた。
始まる前に言っといて良かったーと顔を真っ赤に染める悟を横目に受付を通る。

「何でさとるなの」
「んー秘密だけど名前がその条件でオファー受けたって言ってたよ」
「…可愛いすぎんだろ」
「悟が素直で何よりだよ」
「うるせぇよ」

猿に囲まれたくないという傑の要望で最後列の端に三人で並んで座る。

普段から映画は好きだ。ジャンルは特に拘らないしどの監督のこれが好きとかそこまで詳しい訳でもない。でもラブストーリーだけは自分から好んで観る事は無かった。感情移入が出来ないから。自分がパンピーみたいに普通に恋して付き合って結婚するなんて有り得ない話だから。でも、今ならきっと分かる気がすると悟は思っていた。

予告が終わり本編が始まる。
名前は容姿端麗、頭脳明晰、所謂学園の憧れの的、小鳥遊 唯を演じる。
放課後、立ち入り禁止の屋上で校内の問題児と出会う事から物語が始まった。

『…お前小鳥遊、だよな?何してんの?』
『え?君誰だっけ?まぁ、いいや。私死ぬんだー!初めまして、さようなら!』

青と橙が混じり合う空に亜麻色の髪が靡く。

『ちょっ、おまえ…何してんだよ!』
『あはは!凄い腕力!……邪魔するなよ』

飛び降り自殺を止めた問題児はそれから小鳥遊の闇に触れお互いが恋に落ちていくありふれたストーリーだった。


『救いたい、助けたいって、皆簡単に言いうよね。本当うざい。口先だけなら何とでも言えるんだよ!』
『なぁ。お前助けて欲しいの?』
『は?』
『俺に助けてって言えよ。小鳥遊の為なら何でもしてやる』
『…じゃあ、殺して』
『それは無理。俺はお前が好きだから生きてて欲しい』

目を見開いた彼女は盛大に吹き出してケタケタと笑う。
二人を打ちつける雨が止んだ。

『ねぇ。さとる。キスしていい?』
『え、ちょっ、…』

『さとるが救い続けてくれるなら私は笑える。かも』
『…何で疑問系なの。お前優等生だろ?本当に馬鹿。狂ってるし、すぐ死のうとするし、』
『でも?』
『…あ"ーもう、何だよ…好きだよ!』
『ふふっ、さとる。好きにさせてくれる?』
『まじで生意気。まぁ…覚悟しとけよ』


最終的には結ばれたかどうかふわっとしたままハッピーエンドで映画は幕を閉じた。
正直使い回されたラブストーリーだったけど名前の心理描写とそれに合わせた絵画のような背景が良かったと悟は目元を拭った。
二人も同じ気持ちだったのか少し赤い目をしている。


「なんか、うん。良かったわ。何より名前の過去と重なって泣けた」

劇中に親から虐待を受けるシーンがあった。名前も何か思うところがあってこの映画のオファーを受けたのだろうと三人でその場面を回想した。

「私は名前が世界に絶望してるところが泣けたかな」
「傑まだ何か悩んでんの?」
「いや、私はもう救われているよ。悟はどうだったんだい?自分の名前呼ばれた感想は?」
「まぁ…俺のがイケメンだわ」
「ククッ、五条がキスシーン見てる時の顔はまじで笑えた」
「しょうがねぇだろ!」

三人は適当にファストフード店に入って感想を言い合っていた。
映画見てハンバーガー食べてこんな普通の高校生みたいな事もたまには悪くないなと悟も傑も硝子もほっこりとした気持ちになって高専に帰った。そんなありふれた幸せを気付かせてくれるようなありふれな映画だった。



  
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