いつもの朝に



名前は鼻歌を歌いながら長い石段を一段ずつ軽やかに弾むように駆け上がっていた。
最後の一段を越えると目の前に広がる神社仏閣の様な景色に胸が躍る。
今日から此処が私の舞台だと緩む口元を隠しもせずに足を進めた。
真っ黒な皺ひとつ無いブレザー。細いプリーツが揺れる短いスカート。鈍く輝くバッジ。
どれもが名前の期待に満ちた心をさらに踊らせるものだった。


悟は始業開始から五分ほど遅れて教室に入った。モーニングルーティンなんて彼にはあって無い様なもので気が向けば鍛錬に励んだり、朝食を摂ったり、二度寝をしてみたり気ままな彼からすると五分の遅刻など些末なものだ。

「悟おはよう。先生まだ来てなくて良かったね。」
「はよー。」

ラッキーと言いながら席に着くと此方も見ずにおはよと言った硝子に挨拶を返す。
いつもと変わらない朝だなと傑を見るとその先に机と椅子が置かれている事に気づいた。

「それ、誰の?」
「五条人の話聞けよ。今日から同期が増えるって夜蛾センが言ってただろー。」

あぁ、そんな事も言ってたか?と思考を巡らすもやはりそんな記憶はなかった為、肩を竦めてみせた。
どんな子だろうね?と微笑む傑に知らないと興味も無いのか携帯から視線を外さない硝子にやはりいつも通りの朝だと欠伸をした。


「初めまして。名字名前です。よろしくね。」

柔らかく凛とした声に三人の視線が注がれる。それにふんわりとした微笑みで返した名前は空いている席に着いた。

「家入硝子だよ。よろしく。てか本物?」
「硝子ね!よろしく!本物って何が?」
「私は夏油傑だよ。硝子は女優の名前?って聞きたいんだと思うよ」
「傑もよろしくね!そういう意味か。うん。本物だよ」

悟は自己紹介も忘れる程名前に魅入っていた。ふわふわと笑う度に揺れる長い亜麻色の髪、大きな翠色の瞳が小さな顔の中でキラキラと輝く。短いスカートからスラリと伸びる白い華奢な足、ふわりと鼻腔を擽ぐる甘い香りもどれも彼を捉えて離さない。
芸能人など興味のない悟ですら知っていた女優。名字名前が同じ空間にいるのだ。
本物とはここまでオーラというものを持ち得ているのかと素直に感嘆した。

「悟どうしたんだい?」
「あー五条悟。よろしく」
「悟、よろしくね」

サングラスがあってよかったと思うのは初めてだった。翠の瞳は全てを見透かしてしまいそうな程、真っ直ぐに自分を見つめていた。
これは良くないとハッと視線を外すと意地悪く口角を上げる傑と目が合った。
あぁ、やはり良くないとサングラスを深く掛け直した。

「五条なに?ファンだったとか?」
「ちっげぇよ!見た事あるだけ」
「こんな綺麗な人達に見られてたのは恥ずかしいなぁ」
「ハハッ、良く言うよ。自信あるくせに」
「傑は鋭いね。確かに顔には自信しかないけどね。三人とも凄く美人だからびっくりしてる」
「名前とは仲良くなれそー」
「硝子嬉しい!同性の友達なんて夢見たい」

早くも打ち解けた新しい同期にいつもの気怠い朝が少しだけ軽やかなものになった。




  
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