好きの色



名前が遠くで笑って大きく両手を振っている。


そっか、これは夢か。

右手足は無くなったんだ。
あー違う。名前が俺を連れて来てくれたんだったな。
駆け寄ってその華奢な身体を抱き締めた。
俺より少し低い身長と瓜二つの顔。
色違いだって良く言われてたよな。
金髪に燃えるような紅い瞳。その眼に俺の蒼が写り込むのが何より好きだった。

「悟来てくれてありがとう」
「待たせてごめんな」
「…勝手に使っちゃってごめんね」
「え?何を?」
「悟の術式。借りちゃった」
「え、なら名前、生きて…?」

ぎゅうっと抱き締め返しながら頷いた。

「ほん、と?」
「うん。悟を置いて行かないって約束したでしょ?」

約束守ってくれたんだな。
名前が生きててくれるなら俺の術式くらい何度だって貸してやる。
良かった。本当に、生きていてくれて嬉しい。
先程とは違う暖かい涙が頬を伝う。

「あぁ…そうだよな。オマエが俺を置いて死ぬ訳ないもんな」
「…起きたら傑とちゃんと話せる?」
「大丈夫。俺の所為でもあるんだ。ちゃんと話してそれでも駄目なら殴り合って…分かり合えるまで何度だってやるよ」
「良かった。じゃあ、先に戻ってて」

ゆっくりと身体を離した名前は何もない蒼白い空間に浮かび上がる。
待って。名前も一緒に戻ろう。
手を伸ばすも触れることすら出来なかった。

「少し、時間が掛かるの。不便かも知れないけどちゃんと返すから待っててね」
「返すって何を…」
「悟。愛してる」

蒼白い光に溶ける様に消えた。



「っ!名前待って!!」

伸ばそうとした手は何かに固定されて動かなかった。目線を動かすと目を見開いたまま固まっている傑と硝子がいた。
狭い医務室のベッドで名前と並んで眠っていたらしい。動かない手は名前の細い指がぎゅっと握っていた。

「さ、とる、それ…」
「は?何だよ、これ」

視界がおかしい。
いつもの様に良く視える。けど視界がなんていうか…幻想的だった。
いや、それだと聞こえが良過ぎるか。
傑と硝子の周りにはオーラの様な極彩色が輝いていてコロコロと色を変化させている。
自分の手も同じだ。ベッドや天井は色を変えることはないがそれも同じく色を纏っていた。頭が痛いくらいに色が煩い。
でもその中で名前だけは何も発していなかった。

『悟は透き通ってて綺麗』

幼い頃から名前に言われて来た言葉をふと思い出す。
これは名前が見ていた世界なのか?
夢の中で言っていた不便かもしれないってこの事?

「俺の目、赤かったりする?」
「あぁ…名前を見ているみたいだね」

硝子が名前の瞼を開くとそこには六眼があった。俺に返す時に何か不都合でもあったのだろうか?
んー…考えても仕方ないだろ。ちゃんと返すって言ってたんだから今はこの視界に慣れる事が先決だ。
それにしても規則性がまるで分からない。
色が邪魔で傑の顔もぼんやりとしか見えない時もあって、頭が割れそうになると反転術式を発動させるのを繰り返していた。名前はこれをオートでやっていたのか?反転させるのにも色が煩い。
名前は美しいものが好きだ。
きっとこの色の世界を切り替える事が出来るのだろう。流石俺の半身だよ。


「慣れたかい?」
「あー全然駄目。吐きそう」
「しっかし名前もこんなの隠してるなんてなぁ。吸収だっけ?」
「俺には借りたって言ってたけど。アイツも悪気があって隠してた訳じゃねぇだろうし、硝子も怒んないでやってよ」
「はぁ…五条が甘やかすから名前がイカれたってのは良く分かった」

出たー。名前の事は何でも俺の所為だもんなぁ。別にそれは俺が名前を創り上げたみたいで嫌じゃないけども。
そんなに甘やかしてきたか?
まぁ、名前は確かにイカれてるけど、それはこの視界の所為でもありそうだな。

「傑、ちゃんと話したいんだけど、オマエの顔もぼやけてんだよな。だからちょっと時間くんねぇ?」
「それは勿論良いんだけど…私の所為で、すまない…」
「んーこうなったのは後先考えてなかった名前も悪いだろ。コイツの構築使えば、結界でも拘束でも何でも出来た筈だし」

傑の色が青から紫を行ったり来たりしている。感情の波が脳に直接打ち寄せて来るみたいで思わず目を閉じた。
俺の術式と眼を使ったのは納得してるけど、傑には別にそこまでする必要があったのかと疑問だった。名前も咄嗟にした事なんだろうけど、イカれたアイツは狙ってやったとも考えられる。
傑を説得するために命を賭けたのは正直に言って妬けるし悔しい。

「名前はいつ起きんの?」
「先に行っててとしか言われてねぇーよ」
「ふぅん。相変わらず他愛主義者だな」
「まぁ、助けられておいてあれだけど、もっと自分の命も大事にして欲しいかな」
「んーそれは起きたら言っとく」

薄ら目を開けると二人とも黄の様な金の様な暖かい色を放っていた。
これは悪くない、かもしれない。

「無下限は使えるのかい?」
「構築で似たようなもんは出来るかもだけど、この視界何とかしない限り無理」
「五条、それ上の奴らに見られないようにしろよ」
「言われなくても。名前が危なくなるような事はしねぇよ」

暫くはどうせ動けそうにもない。
繁忙期も終わったんだ。名前が起きるまで少しゆっくりさせて貰おう。
愛しい半身を見ていると周りの色が落ち着き出す。透明で透き通っていて頭痛が治まる。
傑の事もだけど名前もこんな大変な思いをしていたなんて俺は何も知らなかった。

「てか何で隣で寝てんの?」
「名前がベッドから落ちるから」
「は?」
「悟に触れていたいみたいでね。何回も落ちそうになるから隣に移したんだよ」
「…可愛すぎない?」
「通り越して引いたわ」

はあー可愛い。好き。
まぁ夢に出てきたかったから触りたいっていうのもあったかもしれないけど。
未だにぎゅうっと繋がれた手をそっと離してベッドから降りた。寝てたのは一日だけらしいから身体に違和感は無い。

「暫くは任務も行けそうにねぇわ」
「繁忙期も終わったんだ。ゆっくりしたらいいよ」
「…傑。俺から離れんの?」
「いや…私はもう間違えないよ」
「明日朝イチで話そ」
「まだ眼もまともに開けれないのに?」
「明日までに何とかする。名前から軽く聞いたけどオマエの言葉でちゃんと聞いて考えたいんだよ」
「うん…ありがとう」

照れた様なはにかんだ笑みを浮かべた。
何だよ。その顔、俺まで照れるだろ。
堪らず硝子に目線を移すと名前の血で固まった髪を拭いていた。

「動かしていいなら俺、風呂入れてくるけど?」
「いいけど…」
「あぁ、睡姦好きじゃないから安心して」
「した事あんのかよクズ。絶対するなよ」

ジトっと睨まれはしたけど許可を頂いたので着替えの準備をお願いして名前を抱き上げた。鉄の匂いの中にいつもの甘い香りがして心が落ち着く。
恥ずかしがる傑を無理矢理連れて大浴場に向かった。

どろっどろになった名前を風呂に入れるのは慣れている。
髪を洗って一つに纏める。
身体を洗おうと手を滑らせると肩にぐるっと歪な線が入っていた。吹っ飛んだ時の断面か。ここまでは治せなかったんだな。
いや治したと言うよりは新しく創り出したんだけど。
硝子ももう手遅れだと言っていた。心臓も止まっていたし、血も足りなかった筈なのにどうやって…まぁ、俺の力が役に立ってこうして名前も生きているんだから考える必要もないか。必要があるなら話してくれる筈だし、俺には嘘を吐けない。

俺たちは双子だ。
産まれる前からきっとお互いを愛していた。
誰に何と言われようが名前以外を愛する事は出来ない。気味悪がられたりもするけれど外野はどうでもいいんだ。
俺は名前と結婚するし、将来的には子供も勿論欲しい。傑と硝子が祝福してくれるならそれだけでいいんだ。
傷跡をなぞりながら名前が生きて、傑が此処にいてくれている事実を噛み締めた。

「傑ー、よろしくー!」
「ねぇ…わざわざ浸かる必要ある?」
「名前体温低いから暖めてやりたい。あと、見てもいいけど、勃ったら殺すから」
「…見てもいいんだ」
「芸術品は見るだろ?」
「なる、ほど?」
「こんな綺麗な人間いないよな。さすが俺の半身だわ」
「…いいから、早く済ませてくれよ」

俺が身体を洗っている間、お湯に浸かりながら名前を横抱きにして耐える傑には笑える。
これくらいの可愛い仕返しは名前も許してくれるだろ?



  
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