答えはいつだってすぐ側に


「さ、とる?」


名前を抱き締めたまま血溜まりに倒れた。慌てて硝子が駆け寄る。

「……っ!」
「硝子!!悟は!」
「眠ってるだけだ…けど、」

目を見開いた硝子の視線を辿れば無くなった名前の手足が淡く蒼白い光に包まれていた。
…悟の呪力だ。
抱き合っている様にも見える二人を血溜まりから掬い上げた。
暖かい。生きている。
二人とも生きている。

嗚呼、良かった…。
私の所為で大切な人を失うところだった。

名前の腕と脚が弾け飛んで血飛沫と肉片が降り注ぐのをスローモーションのように茫然と眺めていた時に頭を過ぎったのはいつの日か任務帰りに四人で集まって行った紅葉だった。

『こんなんの何処がいいの?』
『えー?悟は分からない?儚くていいじゃん』

名前が見たいと言って半ば無理矢理訪れた紅葉の名所。
赤く染まった道は綺麗ではあるけど儚いだろうか。秋だから物寂しいという事か。

『こんなに綺麗なのにさ、落ちてこうやって踏みしめられて土に還るの。人間みたいで儚いでしょ?』
『出た、ポエマー』
『硝子うるさいっ!』
『うるさいのは名前なー』

五条奢れよと指差した先に見えた露店に二人は歩き出した。
名前は偶によく分からない事を言う。
特別イカれてる彼女の価値観は理解し難いと感じる事が多々あった。

『どういう意味だい?』
『みんな還るとこは一緒じゃん?でもそれまでに自分ができる事を精一杯やって生きて死ぬの。儚くて綺麗じゃない?』
『んー難しいな』
『何て言ったらいいのかな…んーみんなどうせ死ぬのに今死なずに頑張って生きてるのって凄い事だと思うんだよね』

頑張って生きている。
私達は余計にそうだと思う。
なのに何故知りもしない猿のために命を失わなければならないのだろうか。
どうせ死ぬのだから私達の仲間を奪うだけの愚かな猿共は助けなくてもいいのでは?
この世界は変わらず腐っている。

『理由は何でもいいの。自分の為でも他人の為でもいい。儚い命を必死に生きてるのを感じるから紅葉が好きなんだよね』
『…名前は何の為に生きてるんだい?』
『四人で笑ってるこの世界を守るために生きてる。私達が出会えた奇跡をくれたこの世界に恩返ししてるの』

ふわりと綺麗に微笑んだ名前の顔が今の顔と重なってハッと意識が戻った。
ぐらりと足元から力が抜けてその場に蹲る。呪力が練れないどころか呪霊すら見えない。何が、起こっているんだ。

「名前!!なんで、こんな…」

ドサっと地面に倒れた血塗れの名前にドクドクと五月蝿く心臓が騒ぎ立てた。
私は、正しいのか?私はこうなる事を分かっていてこの道を選んだのか?


「傑」
「ごめん、でも…私は!」
「いいの。傑が選んだのは私達の為に生きる事でしょ?そのやり方が間違ってるとは言わない。けど、悟に相談でもした?」
「…言えるわけがないだろ」
「何で?私達の為選んだのに何で言えなかったの。…そこだけは間違ってる」

いつもの様にふんわりと微笑んだ。
何でだって?こんな歪んだ思考を持っている事なんて、毎日、毎日、苦しくて、不味くて、辛くて。そんな私を受け入れてくれるとも思わないし、見せたくもなかったんだ。

「帰ってさ、悟に話して…それからでも遅くないよ。悟が理解できないって言うなら高専を離れればいい」
「話しても私の気持ちは変わらない」
「悟の気持ちはどうでもいいの?私と硝子もどうでもいい?一緒に悩む事すら拒むの?」

一緒に悩んで、くれるのか?
私の気持ちなんて分からないだろう?
私がどんな想いでこんな行動をしたかなんて理解できないだろう?
……いや、それは、私も一緒か。
名前が世界に恩返しするって言った気持ちは分からなかった。
違う…分かるけど分かりたく無いだけだ。
それは私達が、仲間が死んでいくのが仕方のない事だと、当たり前だと肯定する事じゃないのか?

「私は猿なんて死んでもどうでもいい。けど傑が苦むのは嫌だ。私は四人で笑っていたいから頑張ってるのに…傑の世界で私は笑ってるの?」
「私は君達を守りたくて……」

私が成した世界で?
嗚呼、今頃気付くなんて…
私の世界で悟も硝子も名前も笑っていない。猿共の死体の上で笑っているのは私だけだ。ただの自己満足とエゴだったんだ。
守りたいからと選んだのに結局は私が苦しかっただけなのかもしれない。

「すぐる、帰ったら悟と、ちゃんと話してね…傑のこと大好きだ、よ。悟の次だけどね…」
「分かったから…もう喋るな!硝子と悟をすぐに呼ぶ!」

連絡を受けた悟は硝子を連れて直ぐにトんで来てくれた。
名前は悟の呪力と術式を借りたんだろうか。新しく造られる腕と脚に漸く呼吸がまともに出来た。

「夏油、二人が起きたら、ちゃんと…」
「硝子…すまない…私はもう間違えないよ」
「車そろそろ来ると思うから、帰ろ」
「うん…帰ろう」

またあの紅葉を四人で笑いながら見れるだろうか。今ならきっと名前の気持ちが分かる気がするんだ。




  
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