誰の所為?


"名前を幸せにする自信がない。ごめん、別れよう"

うん、そろそろくると思ってたんだよね。
うざいくらいに来てたメッセージも分かりやすいくらいに減ってたし、会いたいとも言われなくなっていたのでそろそろ潮時かなぁと思ってたよ。
それにしても私がいつ幸せにしてって言ったんだろうか。彼の中では私が美化されているのか。妄想癖怖い。
いつもドタキャンするし、俺の事好きじゃないでしょ?くらい直球で言えや。
付き合えるくらいに好きではあったけど、別れても悲しくないくらいにはどうでもいい。

「何笑ってるんだい?」
「…は?私笑ってんの?」
「携帯見てにやにやしてるから何か良い事でもあったのかと思ったんだけど?」
「えー怖すぎ。今別れ話してんだけど」
「フッ、ハハッ!名前は相変わらずだね、ふふっ」

全然笑えないんですけどー。
自覚ないのやばすぎないか。暫く付き合うのやめようかなぁ。なんか麻痺しちゃってるみたいだし。
悲しくないにしてもフラれて笑ってるのは客観的に見なくてもイカれてるって分かるわ。

「今日ご飯でも行かないかい?」
「えー傑の彼女に殺されたくなーい」
「彼女いないって知ってるだろう」
「ならセフレ」
「それは否定しないけどね。で?行くの?」
「まぁ、任務が無事終わればね」

予約しとくよとヒラヒラ手を振って休憩室を出て行った。
傑は相変わらず遊んでんなぁと思いながらカップにウォーターサーバーからお湯を注ぐ。
ふんわりと鼻を擽ぐる珈琲の香りに脳が安らぐ。味というよりはこの香りが好きだなぁ。
最近のインスタントコーヒーは凄いよね。
非術師の方たちいつもありがとう。

「僕にもコーヒー入れてよ」
「嫌だ。面倒」
「ケチ!それくらいしてくれてもいいじゃん」
「それくらい自分でしろよ。あ、ていうか私行くからこれあげる」

飲みかけのコーヒーを悟に押し付けて部屋を後にした。一口しか飲んでないしいいだろう。ブラックコーヒーだけど。
飲んでる時はいいけど後味は好きじゃない。
きっと恋愛と一緒。
ん?悟っていつから部屋に居たんだろう?
んー…ま、いいか。
悟が呪詛師なら私死んでるなぁと思ったけど悟が呪詛師なら私どころか世界滅んでるわ。
うん、気にしても仕方ない。
時計を見ると15時過ぎだった。
残りの任務は2件か。傑の為にも早く終わらせてやるかとグッと背伸びをした。



「傑、ごめん!お待たせー」
「…は?」

名前の好きな寿司屋の個室で約束の時間から早20分。この仕事だし遅刻なんて特に気にしないが、満面の笑みで現れた名前は血塗れだった。

「あーこれ?治してるから気にしなくていいよ」
「いや、気にするだろ。結構な出血量じゃないか。大丈夫なの?」
「そう!だから食べとこうと思って急いで来た」
「はぁ。本当に名前は相変わらずだよ」

名前は偶に凄く鈍くなる。
それは感情だったり味覚だったりその時によって様々だけど、今日はどうやら痛みの日らしい。
昼に別れ話と言っていたからまた昔でも思い出して怪我をしてしまったのだろう。
もういい加減忘れてくれないだろうか。

名前は一年生のとき悟が好きだった。
私が見た限りではあるが悟も真剣に好きだったと思う。

『名前に告白された』

顔を真っ赤にして報告して来た彼は凄く、嬉しそうだったのだから。
名前は人や呪霊の感覚や感情を良く拾ってしまう。それ故に自分に対しては随分と鈍い。
感情が他人のものなのか自分のものなのか分からないって震えていた彼女が告白したなんて素直に嬉しかった。けどその反面悲しくなった私がいて、あぁ名前の事が好きだったんだって遅すぎるけど気付いたんだ。
彼女が幸せならそれで良いと気持ちを切り替えようとしていた。でも悟から告白されたと聞かされた一週間後に名前は大泣きしていた。

『悟さ、手繋いでキスとかしちゃって。女の前で別れようって言ってやったわ』

ひとしきり泣いた後ケラケラと笑い出した名前をぎゅっと抱きしめた。彼女は本当にイカれてしまったんだと漠然と思ったからだ。
二人が別れてからより鈍くなったし、なにより感情が平坦、振り幅が異常に狭くなった。

「傑、懐かしい事思い出してんね」
「あぁ見えてしまった?すまないね」
「悟の所為じゃないよ。術式拡張しまくってるからだと思うけどね」
「…なら人を好きになれないのはどうしてだい?」
「んー知らん。必要ないからじゃない?」
「私は名前が必要なんだけど」
「ん?私口説かれてんの?」

ウニを口に入れながら首を傾げた名前はあの頃と何も変わらないのに見ていて切なくなるのは私が変わってしまったからなのだろうか。
ずっと口説きたかった。
でも名前に言えない事があったんだ。

「悟が浮気したのは私の所為なんだ」
「ん?傑なんかしたの?」
「私と名前がキスするところを見たとかで悟の当て付けだったんだよ」
「ふぅん?まぁ勘違いさせた私も傑も悪いのかもだし、話しもせずに他の女とキスするような悟も悪いかもだし、誰の所為でもないっしょ?ぶっちゃけどうでもいい」
「…ごめんね」
「恋なんてそんなもんだよ」

そんなもん、か。
なら10年も名前が好きな私の気持ちはどう説明してくれるの?

「私は名前と付き合いたい」
「んー。別にいいよ?」
「…私本気なんだけど」
「それは知らないよ。いいけど約束して。浮気はしないって。するなら別れてからにして」
「するわけないだろ」
「どうだか。それ守ってくれるなら付き合うよ」

私の事好きじゃないくせに酷いな。
まぁでも付き合えるならそれでも良いよ。
悟の事がトラウマになっている名前はまだ悟の事が好きなんだろう。本人は気付いていないけれど。
いつか私の事を見てくれるように頑張るから、狡い私を許してくれ。



「名前!来ちゃった!」
「悟、トんで来るなって言ってんじゃん」
「えー?今彼氏いないからいいじゃん」

名前の部屋にトぶとお風呂上がりで髪が濡れていて色っぽい。うん。今日も可愛い。

僕が学生時代に勘違いした所為でイカれてしまった名前。
傑とキスしてると見間違えた僕はつい当て付けでその辺の女と出掛けた。死ぬほど好きだからこそ許せなくて頭に血が昇って話し合うとか考えられなかったんだよね。
あ、名前がいると思った時にキスされてしまった。
別れようって言い放った君に悪いのはオマエだろって思って追いかけもしなかった。まだ青くて素直にはなれなかったんだ。まぁ何を言っても言い訳なんだけど。
それから名前はどうでもいい男達と付き合っては別れを繰り返している。
僕の事だけが本気だったと思うと嬉しい反面罪悪感と後悔で死にたくなる。
名前と別れてから遊びはするけど彼女は作れなかった。まだ、ずっと、名前の事が好きなんだよ。

「まぁ知らないなら今日は許すけど、次から来ないで」
「…は?…もう彼氏出来たの?」
「傑と付き合う事になった」

…は?え?ちょっと待ってよ。
傑?本気なの?
ねぇ。名前はまだ僕の事好きでしょ?
その辺の男は別にどうでもいいけど傑は駄目だよ。

「はぁ。何で傑は駄目なの。別に他の男でも一緒でしょ」
「…心読まないで」
「読もうとしてない。勝手に入ってくるって知ってんだろ」
「ねぇ。そろそろ許してよ。僕は名前が本気で好きだよ」
「…傑も悟も本気、本気って簡単に言うよね」

簡単に言ってねぇよ。
僕が10年間どんな気持ちでいたかも知らないくせに。
これを僕が招いたと思うと本当笑えないよ。

「傑連れてくる」
「はぁ。傑もすぐに別れようって言うってだから、」
「俺と傑を他の男共と一緒にすんなよ!」

それだけは駄目だ。傑の気持ちも何となく分かるからそれだけは、やめてよ。

『悟の事が、えっと、その…好き』
『俺も…好き』

顔を真っ赤に染めた僕たちはどこに行ってしまったのだろうか。




  
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