それから何度も、あいつと出くわすことがあった。
しかしいつももう少しという所で猟師に嗅ぎ付けられたり、鉈を持った婆に追いかけ回されたりと何かと邪魔が入る。なんと悪運の強いガキだ。
そして今日も切り株に腰かけ、奴は俺の隣にいる。
「お前、初めて会った時からだったが──俺が怖いなんて全然思ってないのな」
少女はすぐに「うん」と首を縦に振った。
「おじさんはヘンタイだけど、いいオオカミさんだもん」
「だからヘンタイじゃねーって…」
大きく息を吐く俺を、少女はいつもの眩しい笑顔で見ていた。
「つーか、俺以外にも狼がそこらにいること、分かってるか?毎日森に来てんだろ?」
少女は「うん」と頷いた。
「でも、おばあちゃんに会いに行かなきゃ…」
「お前のばあちゃんピンピンしてんじゃねーか」
鉈を振りかざした鬼のような形相を思い出し、背筋が凍る。
「……お母さんはね、わたしがジャマになったの」
いつもの張りがない声にぎょっとして俺は少女の方を見た。赤い頭巾の影になって表情は伺えない。
「お家に、男の人が来るの。それで……」
思わず赤い頭巾に手を乗せて引き寄せた。
微かに震える肩はとても小さくはかない。まだまだ母親に甘えたい盛りだ、彼女に新しい父親を受け入れる覚悟はない。
「おいおい、こんな所に美味そうな子どもがいるじゃないか」
「本当だ。いただくとしようか」
「そうしよう」
突然、茂みから二匹の狼が現れた。
──マズイ。
狼達はゆっくりとこちらにやって来る。
「すまないが、その娘を分けてくれないか」
「そうだな、右腕一本は礼として君に譲ろう。残りは我々が…」
──ふざけんな。
「指一本やらん。こいつは…こいつは俺のものだ!」
気付けばそう叫んで飛び掛かっていた。
勝てるか、若造二匹に。いや、勝たなきゃならねぇ。
視界の隅に赤い頭巾がちらりと見えた。できれば認めたくなかったが、いつの間にか俺の中で彼女は食の対象から外れ、護るべきものになっていた。
「おじさん!」
一週間ほどして、またあいつに会った。珍しく心配そうな顔で駆けて来る。
「ケガは大丈夫?」
実はこの前の喧嘩で結構派手に負傷していたのだった。
なんとか勝って少女を護り切れたものの、やはり若者二匹相手はきつい。
「だから、かすり傷だって言っただろ」
俺の強がりを少女は笑顔で受け止めた。もしかすると見透かされているのかもしれないが。
「お前こそ大丈夫だったか?」
少女は大きく頷いた。
どうということもないはずなのにその反応に胸の奥が満たされた。
しかし、俺には新たな葛藤が生まれていた。
「俺が言うのも何だがよぉ、森に入るならできるだけ猟師と一緒にいた方がいいぞ?」
護りたい。そう思うものの俺らが住むのは弱肉強食の世界。生傷なんて絶えないし、若造二人にあのザマだ。護れる自信なんて正直無い。
だから俺は強くなる。少し時間をくれないか。その間だけでも。
「イヤ」
小さな掠れた声。少女の表情は石のように固くなっていた。
「だって…その人がお母さんの──」
まさか。その先に続く言葉を予測し息を詰めるのと同時に、すぐ近くで落ち葉が音を立てた。
そこには、猟師が立っていた。
俺達との距離は百メートルもないだろう。ぴかぴか光る銃口がしっかりとこちらに向けられている。逃げる隙なんて無い。
「いい銃だな」
俺は自嘲気味に笑った。
会話に気を取られてそこに猟師が迫っていることに全く気付かなかった。やっぱり俺にこの子を護るなんて無理だったのか?
「じっとしていなさい」
猟師は感情の篭っていない声で少女に言った。引き金にゆっくりと力が篭められる。
──さようなら、だ。
俺は目を閉じた。
間もなく銃声が森にこだました。
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