桃がふらりとやって来たので、何とは無しに散歩に誘ってみた。
日当たりの良い丘の上、俺達はただぼんやりとそこに腰を降ろしていた。
そういえばここでお前と出会ったんだな、と話を振ろうとした所で、桃が小さな声を上げた。
「切れた」
ほら、と桃は右手の人差し指を立てて見せた。小さな赤い、玉のような血が滲んでいた。その辺の雑草をいじっていたら刺のある葉に引っかけてしまったらしい。馬鹿な奴。
指の向こうには全然痛がっている様子のない緩んだ顔。
どう反応していいのか分からないが、あまりにも指を近づけて来るので思わず口にしてしまった。
慌てて離したがさすがに桃も呆気に取られた顔をしている。
「いや、その、消毒…?」
必死に弁解の言葉を探した。もうどうしようもない気がするけど。
そんな俺の焦りを知ってか知らずか、桃はやけに真面目くさった表情でふむ、と頷いた。
「確かに桃は傷みやすいからな」
人差し指を立てたままで、桃は薄く笑う。
「それにしても、さすが犬、原始的だな」
微かに風が吹いて、音もなく草木を揺らした。
口の中にはまだ微かに鉄のような味が残る。
「…あいつだったら、よかったのにな」
そんなこと言うつもりはなかったのに、気付けば口をついて出てしまっていた。
桃は鼻で笑い飛ばした。
「あいつなら、こんなことしないさ」
「…ああ、そうだな」
それでも、あいつの方が、すっ転びながら大真面目に薬壺を持って来る方が桃にとってはいいんだろう。
よっこらしょ、と年寄り臭い声を挙げながら桃は立ち上がった。
「今日は天気がいいから久々に遊んでやろうか」
そう言って刀に手を掛ける。
「そうだな、頼む」
俺はゆっくりと立ち上がって桃と対峙した。
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