自分の身長を見てがっくりと肩を落とす純に、香雅は軽く罪悪感を感じながら問う。
「今朝、どうしたんだ?」
普段はチャイムが鳴ってからでものんびりと教室に入る純が、今朝は必死で走って来た。それも、身体測定の為に。
純は「ああ、あれは…」と呟いて目を伏せ、続けた。
「ジャンプして来たんだ」
「は?シャンプー?」
「ジャ・ン・プ。ホップ、ステップ、ジャンプ。オーケィ?」
純は右手でOKサインを作り、上目遣いに香雅を見上げる。香雅はぎこちなく頷いた。
「それは分かったけどジャンプして来たって一体どういう…」
その時二、三歩前を歩いていた渡辺が振り返った。
ひきつった笑顔を浮かべて──
「身長伸ばす方法ぉ!?」
それは金曜日の出来事だった。
電話が掛かって来たと思ったらいきなり質問され。
『うん、ナベなら知ってるかなって』
「あー…それはなあ…」
おそらく既に他の誰かにも聞いたのだろう。その声には期待が満ち溢れていた。
──ならば。
「ジャンプだ」
『ジャンプ…?』
ぽかんとしている間抜け顔が容易に想像出来た。渡辺は電話口で吊り上がる口角を必死に押さえた。
「そう。ジャンプしまくってれば伸びる。運動にもなるし何より上に伸びようとする精神がだな、成長ホルモンを促して…」
我ながら下手な嘘だと思った。しかし。
『そっかー。さすがナベ!胡鏡とは言う事が違うわ。ありがとなっ』
そう告げて電話は切れてしまった。
…信じてないよな?
そう思ってたのに。
「だから学校まで飛んで来たんだ。あー疲れたー」
「……」
得意げに話す純を前に香雅は開いた口が塞がらなかった。
「おい、お前なんて嘘ついてんだよ!」
「信じるとは思わないだろ!」
本人に聞こえないように小声で話す。もし聞いたら落胆どころではないだろう。
そんな様子もつゆ知らず、純は天井を見上げて呟いた。
「でも全然伸びてなかった…何でだろ」
当たり前だ、と言いたい所をぐっと堪える。
「胡鏡の言う通りぶら下がってもみたんだけどなあ…」
「え……うっ」
横から飛んで来た渡辺のチョップが香雅の脇腹に入る。
軽くむせながら犯人の顔を見ると彼は「お前も同じじゃねぇか」と言いたそうな眼をしていた。
やがて渡辺はその目を純の方にやり、思い付いたように答えた。
「やり過ぎたんだよ」
「えっ!?」
突然の言葉に純は目を丸くして振り向いた。
「あんなになるまでやったら逆効果なんだよ。丁度良い所で止めないとな」
渡辺が当然のように答えると、純はすがるような視線を送り。
「どのぐらいが良い?」
「それは自分で探さないと駄目だ。個人差もあるしな」
「そっか…」
しょんぼりとした所に念のためさらに釘を。
渡辺は下がった肩に優しく手を置き、哀れみの表情で言う。
「あとな、そうやって失敗しまくると逆に縮んで来るんだ。ハイリスク・ハイリターン…それでも続けるか?」
純は、はっと顔を上げた。今にも泣き出しそうに弱々しく眉が下がっている。
…こうして皇純のジャンピングトレーニングは幕を閉じたのであった。
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