成長のススメ。(2/2)


自分の身長を見てがっくりと肩を落とす純に、香雅は軽く罪悪感を感じながら問う。

「今朝、どうしたんだ?」

普段はチャイムが鳴ってからでものんびりと教室に入る純が、今朝は必死で走って来た。それも、身体測定の為に。

純は「ああ、あれは…」と呟いて目を伏せ、続けた。

「ジャンプして来たんだ」

「は?シャンプー?」

「ジャ・ン・プ。ホップ、ステップ、ジャンプ。オーケィ?」

純は右手でOKサインを作り、上目遣いに香雅を見上げる。香雅はぎこちなく頷いた。

「それは分かったけどジャンプして来たって一体どういう…」

その時二、三歩前を歩いていた渡辺が振り返った。
ひきつった笑顔を浮かべて──




「身長伸ばす方法ぉ!?」

それは金曜日の出来事だった。
電話が掛かって来たと思ったらいきなり質問され。

『うん、ナベなら知ってるかなって』

「あー…それはなあ…」

おそらく既に他の誰かにも聞いたのだろう。その声には期待が満ち溢れていた。

──ならば。

「ジャンプだ」

『ジャンプ…?』

ぽかんとしている間抜け顔が容易に想像出来た。渡辺は電話口で吊り上がる口角を必死に押さえた。

「そう。ジャンプしまくってれば伸びる。運動にもなるし何より上に伸びようとする精神がだな、成長ホルモンを促して…」

我ながら下手な嘘だと思った。しかし。

『そっかー。さすがナベ!胡鏡とは言う事が違うわ。ありがとなっ』

そう告げて電話は切れてしまった。

…信じてないよな?
そう思ってたのに。



「だから学校まで飛んで来たんだ。あー疲れたー」

「……」

得意げに話す純を前に香雅は開いた口が塞がらなかった。

「おい、お前なんて嘘ついてんだよ!」

「信じるとは思わないだろ!」

本人に聞こえないように小声で話す。もし聞いたら落胆どころではないだろう。
そんな様子もつゆ知らず、純は天井を見上げて呟いた。

「でも全然伸びてなかった…何でだろ」

当たり前だ、と言いたい所をぐっと堪える。

「胡鏡の言う通りぶら下がってもみたんだけどなあ…」

「え……うっ」

横から飛んで来た渡辺のチョップが香雅の脇腹に入る。
軽くむせながら犯人の顔を見ると彼は「お前も同じじゃねぇか」と言いたそうな眼をしていた。

やがて渡辺はその目を純の方にやり、思い付いたように答えた。

「やり過ぎたんだよ」

「えっ!?」

突然の言葉に純は目を丸くして振り向いた。

「あんなになるまでやったら逆効果なんだよ。丁度良い所で止めないとな」

渡辺が当然のように答えると、純はすがるような視線を送り。

「どのぐらいが良い?」

「それは自分で探さないと駄目だ。個人差もあるしな」

「そっか…」

しょんぼりとした所に念のためさらに釘を。
渡辺は下がった肩に優しく手を置き、哀れみの表情で言う。

「あとな、そうやって失敗しまくると逆に縮んで来るんだ。ハイリスク・ハイリターン…それでも続けるか?」

純は、はっと顔を上げた。今にも泣き出しそうに弱々しく眉が下がっている。



…こうして皇純のジャンピングトレーニングは幕を閉じたのであった。


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