Chilly


「おはようございます」

ドアを開けると温かい空気が纏わり付いた。
感嘆の声を漏らす間もなく鋭い視線と小言に急かされ悠衣は静かにドアを閉めた。

「外は寒いですね」

言いながら濛々と熱気を吐き出すクーラーの元、悠衣はマフラーを外した。身体を包んでいた冷気は即座にして何処かに消えていた。

「言うな」

先に座っていた上司が俄かに眉を潜めた。
彼は冬が嫌いだ。普段は優秀であるのに寒くなると途端に動きが鈍る。
「動きたくないんじゃない、動けないんだ」とは彼の言い分で。慢性低血圧の哀しい運命である。

「今週は外回り、無いんですか?」

悠衣は普段の仕返しにと意地悪に聞いてみた。

「…金曜日にある」

苦々しそうに応えると彼は立ち上がりコーヒーを汲み入れた。ただでさえ多いのに冬はコーヒーの消費量がうんと増える。

「金曜日。確か金曜日は雨ですよ」

悠衣の一言に、コーヒーを入れる手がピタリと止まる。
暫くの沈黙の後、彼はゆっくりとボトルを置き、立ったまま一口、コーヒーを喉に流した。

「天気予報なんてものは外れるのが定番だろう」

湯気と共に薄い唇からぼそりと発せられた言葉。その様子がなんだか可笑しくて悠衣は微笑んだ。

「てるてる坊主、作りますか?」

「作りたければ作ればいい」

「わかりました」

ようやく席に着いた寒がり上司を想いながら悠衣はティッシュを手に取った。


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