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もしも春夜が戒のような気さくな人間だったら、と悠衣は考えた。私の黒陽での生活は大きく変わっていたかもしれない。

よく笑い、よく動き、よく喋る。そんな、巳影春夜。

しかし悠衣の想像力ではそれは間に合わなかった。
まず笑う彼を想像することは何も見ずにアンコールワットを正確に描くより難しかったし、反対に泣く所も想像不可能だった。そう考えるとはたして彼は生理的な涙さえ流すのか不思議に思えた。

無理矢理表情を合成させてみるといつの間にかそれは「巳影春夜」ではなく完全な「高猿寺戒」になっていた。軽い調子の関西弁と笑い声が脳内を巡る。
やはり巳影春夜は無表情であってこその巳影春夜なのだ。

無表情ならば春夜の顔を容易に思い描くことができた。じっと見ていると眉間にきゅっと皺が寄る。
あれは唯一の表情といって良いのだろうか。
首を捻ると暗くなった窓ガラスが鏡のようになって悠衣を映し出していた。眉を潜め唇を突き出した自分の顔がひどく滑稽で、悠衣は破裂したように息を吐いて立ち上がり、カーテンを閉めた。


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