俺は、人間の女こどもの肉が好きだ。
程よい脂肪によるあの柔らかさと旨味──堪んねぇ。引き締まった男の筋肉や、中には老人の干し肉の方が好きだなんて変わり者もいるが、狼に生まれた以上あの旨さを知らねぇわけにはいかねぇ。
さて今俺の目の前を赤ずきんが横切っている。
ふっ、呑気に鼻歌なんぞ歌いやがって。まずはその喉笛から噛み契ってやろうか。いや、断末魔を聴きながら食事するのも悪くない。
ぽたり。涎がしたり落ちた。もう我慢の限界だ──
間抜け面は俺の姿を見るなり恐怖に変わり、瞬く間に紅に染まる。愛らしい少女は哀れな骸となる。
…はずだった。
「だから俺は変態じゃねえ!誇り高い狼だ!見りゃ分かるだろ!」
「ふーん、じゃあ、ヘンタイのオオカミさん?」
「違う!!」
…本当、何でこうなっちゃったんだろうな。
目の前のこいつは畏れおののくどころかニコニコしながらあらぬ容疑を俺に突き付けている。
「だって、お母さんが言ってたよ。外には小さい女の子が好きなアブナイおじさんがいっぱいいるんだって。変なことされちゃうんだって」
「いや、確かにいるけど俺のそれとは意味が違う…つーかこんな小さい子にハードなこと教えてんじゃねーよ」
…まいった。こいつ、完全に俺のことをロリコンだと思ってやがる。何とか誤解を解かねば俺の名誉に関わる。
っつーか…
「さっきから何でそんな嬉しそうなんだよ」
変質者扱いする割には視線が眩しい。それこそ純情無垢を絵に描いたように。
「えっとねぇ、本物のヘンタイさんに会ったから!」
悪意なんてそこにはない。
なんて無邪気で残酷な。
「だーかーらー…」
その時、嫌な気配を感じた。猟師だ。
見つかると厄介だ。今のうちに逃げよう。
俺はひとまず少女を諦め、駆け出した。
「またねーヘンタイオオカミさーん!」
黄色い声がどんどん遠くなって消えた。
「ヘ、ヘンタイオオカミさ…ぶふっ」
「笑い事じゃねーよ」
腹を抱えて笑い転げる友を横目で睨む。
「だって傑作じゃないか。人間の、それも女の子に返り討ちされる狼なんて」
「あいつ、頭がおかしいんだ」
「いいや。おかしいのは君だね。あんな言い方すりゃ誤解を招くのはしかたない。えーと、何だっけ。『お前を食って…」
あまりにからかうので鳩尾に思い切り蹴りを入れてやった。
友はむせながらもすぐに身体を起こす。
「そうだ、これを機にシフトチェンジすればいいんじゃないかな」
「シフトチェンジ?」
「ああ。女こどもじゃなくてさ。男大人もいいもんだよ」
にやりと笑う友に、俺は思い切り顔をしかめてやった。あんな肉の何が美味い?
「やだね。固ぇし臭ぇし食えたもんじゃねえ」
「それがクセになるんじゃないか。淡泊だし」
「お前の嗜好は理解できねえな」
「悪いけどその言葉、そのまま返すよ」
さらにそのまま返してやろうと口を開いた時、微かに草木を踏み締める音がした。
見ると二百メートルほど離れた所に猟師が歩いている。幸いまだこちらには気付いていないようだ。
「そうそう、例えばああいう肉──」
警戒する俺の横で、友は喉を鳴らして舌なめずりをした。
「まだ懲りないのか馬鹿」
猟師は立派なライフルを構えている、あれの威力と射程距離は洒落にならない。少しでも立ち向かおうものなら一瞬で餌食にされてしまうだろう。
ちなみにこいつ、友は肉を欲するあまり三ヶ月程前に猟師に襲い掛かった。結果は言うまでもないが、銃弾が運よく急所を外れていたため瀕死の重傷からようよう復帰することができたのだった。
「今度こそ死ぬぞ」
「生死の縁で勝ち取った獲物は最高に美味いに違いない。そう思わないかい?」
狂気じみている。
奴にはそれも褒め言葉になるのだろう。
「悪ぃが…てめーの命の方が大事だ」
猟師に気付かれないようそっと呟き、抵抗する友の首根っこを掴んで退却した。
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