君の背中


なんだか胸が高鳴って、僕は古いアパートの階段を早足に駆け上がった。乱れた息を整える暇もないままに三階の薄暗い廊下の角の戸を勢いよく開けた。

大きな窓に、白いカーテンがはためいている。暖かくも冷たい、静かな空間に僕はしばらく目を開けることができなかった。

部屋の真ん中にある大きな丸テーブルの前に、君は座っていた。白いトレンチコートの背中をこちらに向けて、中身の入ったティーカップを横に、ピアノでも弾くようにせっせと何かを書いている。しばらく見ないうちに髪が随分伸びたようだ。

僕は君の向かいに座った。君は少し顔を上げて、何も言わず微笑んでから、また視線を落とした。君は手紙を書いている。
僕も何も言わず君の揺らすペンの尻をただじっと見ていた。言葉を発することが煩わしくさえ思えた。


どこかでカタンと音が聞こえた。君は静かにペンを置いて、丁寧に手紙の封をした。そして立ち上がって、テーブルの真ん中に手紙を置いて、薄く笑った。

──時間だわ

風が強く吹き込んでカーテンを巻き上げた。陽光に溶け込むように君は僕の前から去った。
取り残されたテーブルの上には手紙とペンとティーカップがそのままあった。ティーカップの水面(みなも)には、僕の顔が映っていた。


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