私はその女の前で言ってやった。
「私は彼が好きなの。だから彼を私に頂戴」
女は緩くウェーブのかかった毛先をふわふわ揺らして、鈴を鳴らすみたいな声でころころと笑った。
「そうねえ。彼は良い人だものね」
何がそんなに可笑しいのか、にたにたした面を顔に張り付けたまま女はこう言った。
「奪いたいならどうぞお好きに。だけど無理だわ、彼は私しか愛せないもの」
私は彼に言った。
「あなたが好きなの。私にあなたを頂戴」
彼はいつものように目尻を下げて言った。
「僕には彼女がいる」
だから私は彼の目を覗き込んで甘えた声を出した。
「それでもいいの。貴方が欲しいの」
「僕には彼女がいる」
表情一つ崩さず、語調も変わらないままに彼は繰り返した。
「だったら無理矢理にでも頂いて行くわ」
私は後ろ手に隠したナイフを握り直した。絶対的支配って、ご存知?
その時地面にすっぽり穴が空いて私は真っ逆さまに暗闇に落ちて行った。
遠くなる彼の姿にからからと笑い声が響いて、ただ一言だけ耳元で声が聞こえた。
「僕は彼女しか愛せない」
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