Overtime


今日は帰れないと思え。
頭の片隅で淡い想いを巡らせていたらそんなことを突如上司から告げられたもので、悠衣は心臓を跳ね上がらせた。

「ま、待ってください、そんな急に…」

「予定でもあるのか?」

や、予定はないですが…と口ごもる部下の方を見て春夜は眉をひそめた。

「風邪か?」

見ると悠衣の顔は真っ赤である。言われた悠衣は慌てて頬に手を当てた。

「いっ、いえ、ちょっとびっくりして…」

「そうか」

風邪じゃなかったら何でも構わないとでも言いたげに春夜は適当に相槌を打って机に向かい直した。

「……あのう」

耳まで真っ赤になりながら悠衣は願いを口にした。

「着替えだけ、して来てもいいですか…?」

「馬鹿か。そんな暇があるか」

こちらも見ずに、すっぱり断られてしまう。

「で、でも…」

今日は寒いから、たくさん着込んでしまった。一番まずいのは、よれたベージュのババシャツだ。それに下着だって上下揃えてなかった気がする。ついでに化粧だって直したい。まったく、女子の身嗜みとは油断ならないものだ。

「そんなに急ぐことないんじゃ…」

「だったらお前一人でやるか?」

──何を言ってるんだ、この人は!
ぎょっとして顔を上げると二人の机の間に置かれた大きな段ボールが目に入った。中は資料でいっぱいだ。確か、これを整理して明日の七時までに…。

「ああっ!!」

突然大きな声を出した部下を、春夜は迷惑そうに一瞥する。

「こ、これっ、明日までの」

「だから急げと言っている」

「あ、はい、急ぎますけど、あの…ってことはですね、隊長、これ終わったらすぐ帰られます…か?」

「当たり前だろ」

「……ですよねっ!」

今度は自分の恥ずかしい勘違いに悠衣は顔を赤らめた。


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