外回りに向かう途中だった。
公園の花壇から、ぬるりと蛇が顔を出した。
そんなに大きくもない蛇は歩道を横切って車道に出ようとする。
すぐに車に踏み潰されるであろうことは誰にも容易に予想できることであった。
地を這う真っ黒な蛇を、180センチはゆうに越える高さから、真っ白な髪の間に覗く赤い目で彼は見た。
しかしコンクリートだらけのこの地に現れた蛇が珍しいということと、それが今すぐに死のうとしているということがちらりと頭を掠めただけで、足元の蛇の存在は特に彼の興味を引くものではなかった。
「…あっ!」
彼のすぐ後ろで女が声を挙げた。部下だ。
また何かくだらない忘れ物でもしたのだろう。
彼が溜息を吐いて振り向くより先に、彼女は前方に駆け出した。
「駄目です!駄目ダメ!!」
彼女は蛇の前に立ち塞がっていた。
首を傾けなおも車道側に進もうとする蛇を、足先で妨害し花壇の方へと誘導する。
「轢かれちゃうから…そっちじゃなくて…そうそう、そのままあっちに…」
苦労の末、蛇は大きな軌道を描いて元の花壇の中へと姿を消した。
彼女は一仕事やり切った顔で額の汗を拭った。上司は白い目で部下を見た。
「噛まれてしまえばよかったのに」
「青大将ですから、噛みませんよ。それに噛まれたとしても毒はありませんし」
田舎出身の部下は得意げに言ったが、彼にとって蛇の種類などどうでもよかった。ただ部下の行動が理解できなかった。
「どうせまたすぐに出て来るぞ」
「それでも、目の前で消える命を見捨てるわけにはいかないでしょう?」
部下は不思議そうに答えた。何故そんな当たり前のことを聞くのか、とでも言いたげに。
「…そうか」
彼は肺に溜まった息を吐き出して、再び歩き出した。
車道を通り抜ける車の運転手たちには蛇の存在など気付かれるわけがなかった。
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